081 運搬依頼
明るい。
今、何時だ?
体を起こそうとすると、リリーの腕に捕まった。なんだか久しぶりだな。旅をしてる間は、毎日、こうだったっけ。
張り付いて離れないリリーの長い黒髪を撫でる。
「ん……」
起きそうだ。
「リリー」
耳元で囁くと、リリーが声を上げて俺を見る。
「おはよう」
「……おはよう」
可愛い。膨らんだ頬をつつく。
「一日中、こうしてる?」
俺としては、それでも良いんだけど。
「起きなきゃ」
リリーが体を起こす。
眩しい光の中に溶けてしまいそうなほど艷やかで美しい。
「リリーは、俺の真珠だよ」
「えっ……?」
可愛い。
グラシアルでも、真珠の意味は同じなのかな。
離したくない。リリーを引き寄せて抱きしめる。
「今日は、ずっとこうしていて」
「エルが勝ったら、良いよ」
これも、決闘で決めるのか。
「リリーが勝ったら?」
艷やかな長い髪を撫でる。
ずっと、こうしていたい。
「私が勝ったら……。続きをしよう?」
「良いよ」
リリーの額にキスをする。
負けない。
※
遅い朝食の後、マリーが来た。
俺とリリーが決闘するって話を聞きつけて、慌てて来たらしい。今、リリーが説明しに行っているところだ。
平日だって言うのに、本当に暇人ばかりだな。
「エル」
食器を洗っていると、リリーが台所に戻ってきた。
「マリーと出かけてくるね」
「昼までに三番隊に来れるのか?」
「行くよ」
『案内出来ると思うよ』
イリスが一緒なら大丈夫か。
「じゃあ、昼に」
「うん。勝負しようね。……いってきます」
「いってらっしゃい」
リリーが走って行く。
昨日の夜は緊張してたはずなのに。心配なんて一つも要らないな。
後片付けを終えて、研究室へ行って指輪を取る。
どうするかな。
『何、悩んでるの?』
『リリーに渡すんでしょぉ?』
渡したい。
この真珠を受け取って欲しい。
でも……。
『悩むなんて、珍しいな』
「なんて言って渡せば良いのかわからない」
『プロポーズするんじゃないの?』
「こんな中途半端な状態じゃ、できない」
問題が何一つ片付いてない。
『だから、決闘が終わってから渡すの?』
「それ以外にも片付いてないことが多過ぎる。ディーリシアから何らかの情報を出せたとしても、リリーを助ける方法に繋がるかわからない」
伝えられる言葉も約束も何もない。
指輪のケースを閉じる。
『えっ?あげないの?』
『何の為に用意したんだ』
『渡すんじゃなかったのか』
『せっかく、ナイショにしてたのにさー』
『そうですよ。渡さないつもりですか?』
『あたしが、あげちゃおっかぁ?』
なんで、そんなに言われなくちゃいけないんだ。
渡す方法……。
フリージアを渡す時もそうだった。なんて言えば良いかわからなくて、頭に飾ったんだ。でも、リリーは喜んで受け取ってくれて、大事に栞にしてくれた。
また、あんな風に喜んでくれたら良いんだけど。
荷物の中から、ポーラータイを出す。
シェルカメオの留め具がついたタイだ。
『可愛い。チューリップを持った妖精ね』
『懐かしいわねぇ』
昔、良く付けてたやつだ。
ポーラータイの紐に指輪を通して、首から下げる。
『落とさない?』
「大丈夫だよ」
真珠をカメオの裏に回して、服の中に仕舞う。
「今日中に必ず渡す」
『おー』
『ふふふ。頑張ってねぇ』
勝っても負けても。伝えられる言葉が何一つなかったとしても。
受け取ってくれたら嬉しい。
※
家を出て、冒険者ギルドへ。
セルメアに確実に行く方法は、まだ用意できてない。
普通に通してくれれば良いんだけど、難癖つけられた場合、入国する為の強い理由が必要だ。
何か、セルメアに確実に入れるような都合の良い依頼があれば良いんだけど……。
マーメイドの鱗。
報酬は銀貨一枚。
大赤字の依頼だな。銀貨一枚で引き受けたら明らかに損をするだけ。こんなの引き受ける奴なんて居ない。
……だから。
こういった、冒険者が明らかに損をするような意味のわからない依頼は、暗号的な意味を持っていることがある。誰かへのメッセージを込めて依頼を出すのだ。
アレクの奴。いつからこの依頼を出してたんだ?
なんで、俺がセルメアに行くってわかったんだ。フリンに依頼する前から気づいてたみたいだから、盗賊ギルドから情報が漏れたとも考えられない。
ただの偶然?
とにかく。これは、わざわざ引き受ける必要はない。羽根ペンもそうだったけど、これはアレクから頼まれたお土産を渡す為の依頼だ。しかも、銀貨一枚と言いながら、だいたい倍以上の報酬が用意されてる。ギルドマスター曰く、俺の生存報告料らしい。
他には……。
荷物の運搬依頼も、貴重品の収集依頼も、大したものはないな。
西側に出没してる亜精霊討伐依頼なら受けても良いけど、これぐらいならいくらでも受ける奴が居るだろう。……そう思ってたら、早速、誰かが依頼を剥がして持っていった。
目ぼしいものはなさそうだ。
「仕事を探してるのか?」
知らない冒険者だ。
「あぁ。遠出のついでに出来る仕事を探してる」
セルメア行きの仕事なんて、そうそうないか。
「どこに行くんだ?」
「南」
道中のギルドに寄れば、もう少し何かあるかもしれない。
「俺と組まないか?」
「南に行く仕事でもあるのか?」
「興味あるか?かなりやばい仕事だ」
やばい?
「どんな仕事だ?」
「裏で話そう」
「ん」
ギルドマスターに頼んで、奥の個室に行く。
「俺の名前はジル」
「俺は……」
「エルロックだろ?あんた、有名人だからな」
王都を拠点にしてる奴なら、俺のことぐらい知ってるか。
「どんな内容なんだ?」
「貴重品の運搬だよ。あんたの行き先は?」
「セルメア」
「そりゃあ良い。俺の目的地も同じなんだ。無事にセルメアに運べたら、報酬は金貨一枚出す」
「物を運ぶだけにしちゃ、随分、高額な依頼だな」
「そんだけやばいものなんだよ」
かなり厄介な事情がありそうだ。
「急ぎの依頼か?俺が出発するのは明日だ」
「構わない」
「俺はセルメアに入国出来るか怪しい立場だぞ」
「だから、丁度良いんだよ。お前がセルメア行きの依頼品を持ってるなんて誰も思わないだろ?」
こいつも、俺がセルメアに入れないって思ってるのか。
「つまり、関所まで運べば良いってことか?」
「いや。セルメアまで運んで貰う。あんたでも確実に入国出来る方法があるんだ」
それは、俺が今、一番欲しいものだ。
「引き受けるよ」
「そうこなくっちゃ」
ジルが笑って、目の前に指輪のケースを出す。
「琥珀のケース?」
指輪のケースの上に、虫入り琥珀が埋め込まれている。
「セルメアの貴族のものだ」
「……貴族?」
変だな。
「養蜂で有名な家らしくて、このケースも代々受け継がれた大事なものらしい。もちろん、重要なのは中身だが」
ジルが指輪のケースを開く。
中身は、青い石の指輪。変わった意匠が掘られた宝石のインタリオだ。
ん?セルメアに関係する青い石って……。
「まさか、青い琥珀?」
「知ってたか」
リリーから聞いたばかりだ。
「詳しくは知らない。でも、国で厳重に管理されていて、国外にはほとんど出回ってないって……」
「それだけ知ってるなら、ここにあったらまずいものだってことも、わかるな?」
「あぁ」
リリーですら見たことがないものなのに。こんな大ぶりな青い琥珀が目の前にあるなんて。
「なんで、そんなものがラングリオンにあるんだ」
「セルメアの政変時に、秘密裏にラングリオンに預けられたものらしい。家督相続に関わる重要なものだから、政変の混乱を避けて安全な場所に移されてたんだ」
「家督相続って。セルメアは共和制になったんだろ?貴族制度は解体されたんじゃなかったのか?」
セルメアは政変の結果、貴族院と呼ばれる特権階級のみで構成された議会が解体され、市民が中心となった新しい議会が作られたはずだ。
「大部分の貴族は潰されたさ。新政府と敵対した貴族はすべて、領地と財産を没収されて投獄済み。あるいは、一般市民に格下げだ。負けを見越した奴らは、早々に財産を持って国外へ逃亡したって話だな」
「なら、やっぱり貴族なんて居ないじゃないか」
「ところが、政変時に新政府サイドを支援した貴族も居たんだ。新政府もそいつらには恩がある。だからといって、市民による共和制を目指す政府が特権を許すわけにはいかない。……ってなわけで、相当、揉めたって話だ」
揉めるだろうな。
ただ、新政府サイドが支援者に対して、何の見返りも用意していなかったとは思えない。その取り決めが反故になったか、そもそも意思疎通が出来てなかったか……。
いや。共和制における国の意思決定は、必ず市民の意見を汲むことが前提だ。新政府が貴族の特権を残す腹積もりだったとしても、市民の理解が得られなければ断念するしかない。その結果、揉めてるんだろう。
「で?結論は?」
「新政府が時間をかけて領地の買い取りを進めること、現時点で所有する財産の没収を行わないことで折り合いがついたって話だ。もちろん、貴族の称号を使うことも構わないってな」
「称号には何の意味もなのに?」
「特権はなくとも栄誉は残る。セルメアが新体制へ移行する際のパトロンになった貴族だけが名を残せるんだぜ。未来永劫、名誉ある血筋として歴史に名を刻めるってわけさ」
そして、その血筋を守り続けなきゃいけない義務が生じるんだろう。
面倒なことだ。
「こいつは支援者だった貴族のものってわけか」
「そういうことだ。しかも、国宝級の琥珀だぜ」
かなり有力な貴族の所有物だ。
運搬に金貨を積むだけの価値があることはわかった。
「そんなもの、誰が預かってたんだ?」
「依頼主については言えない」
向こうの貴族と親交があるってことは、こっちも貴族だろうな。
戦時も秘密を守り続けてたってことは、セルメアとの戦争に直接関わってない貴族か?
「あんまり詮索しないでくれよ」
「ん」
依頼主も秘匿しなきゃいけないレベルの依頼なんて。
「依頼主も返却の機会は伺ってたんだ。けど、セルメアの貴族としては、大事な琥珀を最近まで戦争してた国に預けてたなんて、ばれるわけにはいかない。そもそも国外への持ち出しすら禁止されてるものだ。誰にも見つからないように運ぶ必要がある」
「それで、冒険者に運搬を依頼したってわけか」
依頼主が関わった痕跡は一切残せない。
そして、琥珀がラングリオンにあることがばれても、運搬がばれてもアウト。もちろん、失くすなんて以ての外だ。
「一応、こいつの所持がばれたら、盗賊に盗まれて奪還を頼んだって話にしてもらうことになってる。……でも、国宝級の青い琥珀の盗難なんて貴族の名折れだからな。失敗したら、報酬はないと思ってくれ」
確かに、かなりやばい依頼だ。
「あんたは、どういうルートでセルメアに入るつもりだ?」
「俺の目的地は、セルメアの西。バールディバ山脈方面を目指してるんだ」
「つまり、オートクレール地方から入るってわけか。なら、俺はジュワユーズ地方から入るかな」
「別行動にするのか?」
「あぁ。あんたは、中身を運んでくれ。俺は箱を持っていく」
「俺が中身?」
「あんたの方が、俺よりも優秀な冒険者だからな」
ランクの話か。
「頼めるか?」
「あぁ。預かるよ」
空の指輪ケースを出して、青い琥珀のインタリオを仕舞う。
「紹介状も渡しておく。こいつを持って行けば、手荷物の調査を受けずに関所を抜けられるぜ」
ラドミール・フィアルカ。
これが、青い琥珀の所有者か。
インタリオに掘られてたのと似た意匠が刻印されてる。たぶん、琥珀のインタリオは印章の役割を果たすものなんだろう。
ジルが地図を出して、都市を指す。
「無事に関所を抜けたら、モーガのギルドで落ち合おう。良い鍛冶屋が揃ってることで有名な大都市だ。報酬は、その時に払う」
「ん。わかった」
「頼むぜ」
「上手くやるよ」
個室を出て、ロビーに戻る。
「気が向いたら、いつでも声をかけてくれ」
「もっとましな話だったら、乗っても良いよ」
「連れない奴だな」
そう言って、ジルが食堂の方へ行った。
『連れないって?』
『色々、あるのよぅ』
今回の依頼は、組んでることがばれたら成立しない。
「なんだ。ジルと組むんじゃなかったのか?」
また、知らない冒険者だ。
「面倒事は嫌いだ」
「あいつ、よっぽどやばい仕事抱えてるのか?」
「さぁ?報酬はろくでもなかったぜ」
「安かったのか」
「話にならない。この前だって、酷い依頼に当たったばかりだからな」
「酷い依頼って?」
「盗賊退治に銀貨十枚」
「は?……引き受けたのか?」
「付き合わされたんだよ。もう、タダ働きはごめんだ」
『それって、もしかして……』
『キルナ村の話ですね』
あんなの、冒険者が引き受けるような仕事じゃない。
大した依頼もないし、帰ろう。
ギルドを出る。
セルメアに確実に入国出来る方法が手に入った。このタイミングで。
これは、偶然なのか?
セルメアの貴族が青い琥珀を預けた相手は誰なんだ。何故、返却が今なんだ。
何もかもが俺がセルメアに行くことと結びついていて、気味が悪い。
……会いに行こう。
※
城門を通り抜けて、桜の庭へ。
もう、ピンク色はほとんどなくなって、葉桜になってる。これはこれで美しいんだよな。リリーにも見せたかった。
「エル」
「アレク」
バルコニーに立ったアレクが、俺を見下ろす。
「こんなにしょっちゅう来るなんて珍しいね」
「話がある」
「上においで。一緒にランチにしよう」
「のんびり食べてる暇なんてない」
「決闘には間に合うようにするよ」
知ってるのか。
「私も見に行きたいからね」
また、勝手に抜け出す気か。
風の魔法の補助を使って、木を伝ってバルコニーまで上る。
城壁に居た兵士がこちらを見たけど、咎められることはなかった。
「いつから、俺がセルメアに行くって考えてたんだ」
「何の話かな」
「琥珀はセルメアの特産品だ」
「マーメイドの鱗と呼ばれる琥珀は、セルメア以外でも産出されているよ」
「有名なのは、セルメアのバールディバ山脈だ。知ってたんだろ?」
「丁度、琥珀のブローチが欲しかったんだ。良いサイズのものを探して来てくれるかい」
アレクが微笑む。
何も語るつもりはないらしい。
「青い琥珀を用意したのは誰だ」
「困っていたみたいだから恩を売っただけだよ。陽動は別に出している。本物は、優秀な冒険者なら確実に運搬出来るだろう」
「やっぱり、これもアレクの依頼なのか」
「つまらない質問だね」
青い琥珀を預かっていたのは、アレクじゃない。でも、運搬の指揮を取っているのはアレクだ。
「そんなに狙われてるのか?」
「宝石の価値が高いことはもちろん、家督相続に関わる大事なものだからね」
アレクが俺の首にかかる鎖に触れる。
「人によっては、この紋章と同じぐらいの価値があるんだよ」
「そんな大事なものを、他人に持たせておいて良いのか」
「良いんだよ。こういうものは、本来の持ち主の元に必ず戻るように出来ているからね」
本来の持ち主、か。
「御昼食の準備が整いました」
今日は、ベランダに用意したらしい。
テーブルに並んだ料理とコーヒーが温かい湯気を立てている。
「エルは、誰の為にセルメアに行くんだい」
「リリーの為だよ」
ようやく見つけた手がかりだから。
「目的を忘れないようにね」
ディーリシアを探し出して、期限を過ぎても帰還しなければどうなるのか調べる。
それが、俺の目的だ。




