080 琥珀
パティスリーで焼き菓子を買ってから、リリーを迎えに三番隊へ。
演習場へ行くと、まだ、リリーとガラハドが稽古をしていた。
もう日が暮れるっていうのに。
『おかえり、エル』
『イリスちゃん』
「ただいま」
『一日中、戦ってたの?』
『ちゃんと休憩はしてるよ』
あれ?
「なんで、片手剣を持ってるんだ?」
『エルがレイピア一本で勝負するなら、自分は片手剣で戦いたいって言ったんだよ』
いつ、俺がレイピアと短剣の二刀流で戦ってるって気づいたんだ。見せたことないのに。
「ありがとうございました」
リリーがガラハドに頭を下げる。
終わったらしい。
「エル、片付けてくるから待っててね!」
「わかったよ」
大きく手を振ったリリーに、手を振り返す。まだまだ元気そうだ。
『リリー、待ってよ』
走っていくリリーを見送っていると、ガラハドが来た。
「悪かったな。お前の稽古に付き合えなくて」
「別に、良いよ」
カミーユに頼んだし。
「代わりに、良いものをやる」
「良いもの?」
ガラハドから羊皮紙を受け取る。
赤いインクで魔法陣が描かれたものだ。
精霊の魔法陣じゃなさそうだけど……。何の魔法陣だ?
「これは?」
「傭兵時代に、ある姫さんの剣の稽古を頼まれたことがあってな」
「姫?」
「あぁ。大剣の指南をしてくれって。聞いた話じゃ、その城には大剣を扱える奴が居なかったらしい」
大剣を学びたがる姫なんて、一人しか思いつかないんだけど。
「どうやって入ったんだ」
「あの城に入口はない。変わった魔法で連れて行かれたな」
やっぱり、プレザーブ城に入るには魔法陣を使うしかないのか。
宿もあるし、外の人間を招くことも珍しくないんだろうとは思ってたけど。まさか、こんな身近に招かれたことのある奴が居たなんて。
「で。そいつは、客人が肌身離さず持ち歩かなきゃいけない護符なんだ」
「護符?」
「あの城は、相当、やばいらしいからな」
「やばいって?」
「誰も、逆らえない」
―誰も、女王には逆らえない。
グラシアルの城の中では、更に、その影響力が強いってわけか。
っていうか。
「全然、気づいてなかったぞ」
リリーもイリスも、ガラハドが知り合いだなんて一言も言わなかった。
「覚えてなくても無理はないだろ。こんな小さい頃の話だからな」
ガラハドが、子供の背丈ぐらいの高さに手を下げる。
リリー。どれだけ小さい頃から大剣を握ってたんだよ。
「負けず嫌いで可愛い嬢ちゃんだったぜ。今頃、かなりの美人に成長してるだろうな」
ガラハドが、走って来るリリーの方を見る。
「あぁ。間違いないよ」
※
夜。
研究室へ行って、荷物の中から結び目のついたリボンを出す。
『なぁに?それ』
「リリーの指のサイズを測ったリボンだよ」
元々、精霊玉の指輪を直す為に測ったんだけど、結局、直してないな。
円錐の測定器にサイズを計ったリボンを被せる。
……こんなに細いのか。
作業用の道具を揃えて、指輪を出す。
錬金術の技術で作られた指輪は人間の魔力に吸着するように作られているから、サイズが合わなくても指に嵌めるとぴったりになるように出来ているけど、魔力のないリリーには関係ない。それに、恋人に贈る指輪はサイズぴったりに作るのが通例だ。
指輪もサイズ直しの作業もリリーに見られるわけにいかないから、エイダにはリリーの足止めを頼んである。ジオも一緒に出て行ったから、時間を稼げるだろう。
―結婚するの?
……したいと思ってる。
ずっと、傍に居て欲しい人だから。
でも、今のままじゃ駄目だ。
リリーが完全に自由になって、好きに生きられるようになってからじゃないと。
―誰かに取られるぜー?
出来た。
リリーの指のサイズに直した真珠の指輪。
今すぐ、これがリリーの指に嵌ってるところを見てみたい。
けど……。
ケースに仕舞って、薬品棚の上に置く。
『え?仕舞っちゃうの?』
「指輪のことは、リリーに言うなよ」
『あげないの?』
「渡すのは、決闘が終わってからだ」
どんな結果にしろ、結論が出てからの方が良い。
※
部屋に戻ると、髪をおろしたリリーがベッドに座っていた。
「おかえりなさい。エル」
『おかえりー』
『おかえりなさい』
「ただいま」
エイダとジオは、ずっとリリーと一緒に居てくれたらしい。
リリーの隣に座って頬にキスをすると、リリーがサイドテーブルを見る。
「ワインにする?紅茶にする?」
サイドテーブルには紅茶セットとワイングラスが置いてある。両方用意してくれたらしい。
「ワインにするよ」
残りのワインをすべてグラスに注いで、紅茶を飲んでいるリリーにグラスを傾ける。
「乾杯」
「乾杯」
軽くグラスとカップを合わせてから、ワインを口に含む。
部屋に置きっぱなしだから、かなりぬるい。季節も暖かくなってきたんだな。
「すごくね……。緊張して、ドキドキしてる」
「明日の決闘?」
「うん」
いつも、あんなに楽しそうに剣を振り回してるのに。
「どんな勝負でも負けないって。負けたら次は勝ちたいって。そうやって、ずっと稽古をしてきたの。私、誰かに勝てるようなものなんて……。自信を持てるようなものなんて何もなくて。だから、これだけは頑張りたいって、ずっと頑張ってきたの」
『本当に、リリーはいつも自分に自信がないよね』
「あんな完璧な姉妹に囲まれてたら、そうなるよ」
「完璧?」
「皆、何でも出来るから。特にアリシアなんて……」
『何言ってるのさ。ボクに言わせればリリーが一番完璧だよ』
「え?」
リリーとアリシアは違う。学んでることだって違うのに、比べるなんて無意味だ。
『リリーは、ボクのパートナーなんだから。もっと自信を持ってよ』
「ありがとう。イリス」
リリーが柔らかく微笑む。
流石、イリスだな。緊張がほぐれたらしい。
『忘れたの?リリーは、城の大会で優勝したんだよ』
そういえば、イリスが言ってたっけ。
―あれでも、城の中では最強なんだよ。
―城内の剣術大会で優勝してるからね。
「大会で優勝することは、目標の一つだったよ。ここで一番強くなれたら、外で夢を叶えることも出来るんじゃないかって」
夢、か。
「でも、外は、想像以上に広くて。そんな考えも全部吹き飛んじゃうぐらい知らない世界が広がってて……」
―死んでも、良かったんだ。
思わず、リリーを抱きしめる。
「エル?」
やっぱり、駄目だ。
置いて行くなんて出来ない。
「セルメアでは、化石の研究も盛んだって知ってるか?」
「化石?琥珀のこと?」
「あぁ」
知ってるらしい。
「面白いよね。琥珀には、太古の生き物が生きていた瞬間が、そのまま保存されてる」
この辺の知識はリリーにとって当たり前か。
「他に知ってることは?」
「えっと……。青い琥珀かな」
「青い琥珀?」
「セルメアでだけ産出される珍しい琥珀なの。海の色を映したような美しい色をしてるんだって。でも、国で厳重に管理されてるものだから、国外にはほとんど出回ってなくて。まだ、本物は見たことないんだ」
そんなに希少なものなのか。
「じゃあ、本物を見に行こう」
一緒に行って。
腕の中のリリーが首を振る。
「それを決めるのは、明日だよ」
わかってる。
それでも……。
「私、絶対に負けない」
決闘で白黒つけるしかないのか。
「俺も、負ける気はない」
自分の意志を通す。
その為の決闘だ。
カップをテーブルに置いたリリーがこちらを見上げる。
「本当はね、エルと一緒に行きたいの」
「なら……」
「でも、だめなの」
リリーが俯く。
俺と一緒に居たいと思ってくれている。でも、行かない理由があるらしい。
どれだけ説得しても駄目なのか。
もたれかかってきたリリーを抱き寄せる。
「このまま、ずっと、こうしていたい」
「このまま、時間が止まれば良いのに」
どれだけ話し合っても二人で同じ道を選ぶことは出来なかった。
決闘によって出した答えじゃないと従えないのなら、この状態のまま何も変わらない方が良い。
「一緒に琥珀の中に閉じ込められる?」
「永遠に一緒に居られるなら、良いよ」
離れたくない。
「銀の棺みたいだね」
銀の棺。氷の精霊と炎の精霊が、永遠に一緒に居る方法?
ワインを飲み干して、グラスをサイドテーブルに置く。
「あれは、駄目だ」
「どうして?」
「奪われて、遠くに攫われてしまうかもしれない」
だって、封印の棺がある場所は……。
「トリオット物語みたいに?」
物語は、恋人の棺が遠くの地に運ばれたところから始まる。しかし、死んだと思っていた恋人は実は生きていて、棺の中から外に出る。そして、お互いを探す旅が始まる。
「まだ出会えてないのか?」
「うん。出会えそうな感じがしてるのに、全然出会えないの」
そういえば、彼の方が、棺が空っぽであることを知ったばかりだっけ。そして、新たに恋人を探す旅を始めることになる。今度は、死んだ恋人じゃなく、生きている恋人を探しに。
「もし、離れ離れになってしまったら、エルは私のこと、探してくれる?」
「探すよ」
そうじゃなくても、すぐに居なくなるから。いつも探し続けてる。
「リリーがどんなところに行こうと、必ず迎えに行く」
「私も。エルに会いに行く」
どれだけ迷子になったとしても、必ず見つけ出す。
「そろそろ寝よう」
ベッドに入って横になったところで、リリーが俺の胸に顔をこすりつける。
「眠れない」
いつになく饒舌なのは緊張のせいか。俺も、すぐには眠れそうにない。
しがみついてくるリリーの背を撫でる。
「離れたくない」
「俺も離れたくないよ」
「でも、もうすぐ離れることになるから……」
俺に勝つつもりか。
「離れることなんて考えなくて良いよ」
リリーの耳にキスをすると、リリーが耳を覆って、膨れた顔で俺を見上げる。
可愛い。
「戦ってる最中にしちゃ、だめだよ?」
「じゃあ、負けそうになったらするかな」
「そんなことされたら、勝てない……」
あぁ、本当に可愛い。これ以上、虜にされたら絶対に離せない。
「俺が勝てば何も変わらない」
今まで通り一緒にいられる。
「変わるよ」
急に起き上がったリリーが、輝く瞳で俺を見下ろす。揺らがない意志で。
「私が勝ったら、変えられる」
そんなに変えたい?
リリーの頬に触れて髪をすくと、長い黒髪がカーテンのように周囲を覆った。
まるで、二人だけの世界に閉じ込められているみたいだ。
目を閉じて。今はもう何も考えないで。
このまま離したくない。
俺を、リリーで満たして。




