079 バロック
レストラン・シエル。
リリーは、相変わらずキッシュを食べている。
今日のキッシュは、春玉ねぎを使ったエンドウ豆とソーセージのキッシュだ。
「美味しい」
……可愛い。
「これって、普通の玉ねぎなの?」
「あぁ。春玉ねぎだよ」
「春玉ねぎ?」
「今の時期だけ食べられる収穫したての玉ねぎだ」
「収穫したて?」
知らないのか。
「普段出回ってる玉ねぎは、長期保存させる為に収穫後、乾燥させたものなんだ。だから、収穫時期の今だけ新鮮なのが食べられるんだよ」
「そうなんだ」
俺が食べてる卵とハムのサンドイッチにも、春玉ねぎが使われている。
「こんなに甘くてジューシーな玉ねぎを食べたのは、初めて」
寒冷過ぎるグラシアル北部では、あまり出回らないのかもしれない。
「あの場所では、農業はやってなかったのか?」
「ハーブとかは育ててたと思う……?」
流石に、農地まではないか。
「本当に、三番隊で稽古する気か?」
「うん」
行くらしい。
「怖くないのか?」
「怖い?」
「男だらけの場所に行って」
「女の人も居たよ?」
隊員には女性も居るけど、圧倒的に男の方が多い。
リリーは男が苦手なのに。
『あぁいうのは、大丈夫じゃない?』
「なんで?」
『なんて言ったら良いかな……』
何が違うって言うんだ。
『そういえば、鍛冶屋でも怖がっていませんでしたね』
そうだ。アラシッドの工房で働いていた職人だって、全員男のはずだ。
全然、基準が解らない。
『まーた、うるさいのが来たわねぇ』
うるさいのって……。
「よぉ。エル。リリーシアちゃん」
「カミーユか」
「こんにちは」
「こんにちは。こんなところまで、デートか?」
カミーユがこっちに来る。
そういえば、リリーはカミーユが苦手だったな。
今は、怖がってなさそうだけど。
「カミーユ。暇なら、剣の稽古に付き合ってくれ」
「お前、デートの最中に何言ってるんだよ」
「リリーは、この後、三番隊に行く」
「何だそれ。喧嘩でもしたのか?」
「してない」
「してません」
カミーユが俺とリリーを見比べる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
店員が声をかけてきた。
「あー。じゃあ、ベーコンのサンドイッチとコーヒーを頼む」
「かしこまりました」
「リリー、デザートは?」
「えっ?」
「シエルなら、ムースがオススメだぜ。今の季節なら、苺のムースだな」
苺も、リリーが好きな食べ物だ。
「じゃあ、苺のムースをお願いします」
「かしこまりました」
カミーユが席に着く。
「リリーシアちゃん。こいつは言葉足らずで馬鹿な奴だけど、君を大事に思ってることは確かだから……」
「喧嘩なんかしてないって言ってるだろ」
「じゃあ、なんでデートの最中に別行動する話になってるんだよ」
ここにはランチを食べに来てるだけだ。
「決闘するんです」
「決闘?……誰と?」
「エルと」
「誰が?」
「私が」
「は?」
『まぁ……。いきなりそんなこと言われたら、誰だってそうなるよね』
カミーユが俺を見る。
「決闘は明日の昼に三番隊の演習場を借りてやる。演習用の武器で一撃でも当てたら終わり。リリーは、ガラハドに稽古を頼んでるんだよ」
「で、お前は俺と稽古するってわけか」
カミーユがため息を吐く。
「俺だって、稽古ならリリーシアちゃんとしたいぜ」
「えっ?」
「手を出すなって言ってるだろ」
「お待たせ致しました」
店員が、カミーユとリリーの前に料理を並べる。
「どうぞ、ごゆっくり」
リリーがスプーンで苺のムースをつついて口に運ぶ。そして、幸せそうに微笑んだ。
気に入ったらしい。
「そういえば、苺は城の庭にも植えてたんだよ。春になると赤く実るの」
城、ねぇ。
グラシアルの城内は一年中温暖な気候だし、育つんだろう。
カミーユが俺に目配せをする。口を滑らせるのはいつものことだ。仕方ない
※
リリーを三番隊に送った後、研究所へ。
「なんで、研究所にこんな広い場所があるんだ?」
「実験用だよ。広い場所が必要なものもあるからな」
三番隊の演習場ほどじゃないとはいえ、決闘が出来そうなスペースは充分にある。
「こっちを借りるんだった」
「うちには、演習用の剣なんて置いてないぞ」
リリーと真剣勝負はしたくない。
「これが、リリーが作ってくれたレイピアだよ」
鞘から抜いたレイピアをカミーユに見せる。
「なんて綺麗な剣だ……。本当にプラチナ鉱石で作ったのか?」
「プラチナと星屑を混ぜた合金らしい。リリーの大剣の攻撃を受けてもびくともしなかった」
「なんだって?」
「軽さと丈夫さを兼ね備えた完璧な剣だよ」
「これ、名工の作品に匹敵するんじゃないか……?」
本当に。なんてものを作ったんだ。
ちゃんとした礼を考えないと。
「で?これだけのものを作ってくれた彼女と、何を揉めてるんだよ」
「揉めてるわけじゃない」
「決闘をするなら、答えを出したいことがあるはずだ」
言わないとだめか。
「リリーはセルメアに行きたくないんだよ。でも、俺は連れて行きたい」
「お前を行かせたくないんだろ」
「違うよ」
リリーは俺を止めようとしていない。
単に、セルメアに行きたくない理由があるらしい。
「リリーシアちゃんの為に行くのに、振られたってわけか」
「まだ、行かないって決まったわけじゃない」
「予言してやる。お前は、絶対に負ける」
「なんで」
「ほら、稽古するんだろ?」
カミーユが広場の中央へ行って、剣を抜く。カミーユと剣を合わせるのはいつぶりだろう。
向かいに立って、レイピアを向ける。
「短剣は構えないのか」
「レイピアだけで勝負する予定だからな」
「どんだけハンデ付けてやるつもりだよ」
「リリーにとって不利な内容だから」
「まぁ……。お前に攻撃を当てるのは、俺でも苦労するからな」
攻撃をすべてかわして隙を逃さずに一撃を与えるだけ。
リリーがどれだけ優秀な剣士であろうと、スピード勝負なら俺に分がある。
「本当に、甘い奴だな」
カミーユが俺に向かって剣を振る。その攻撃を受け流して右手に回避。続けて放たれた二撃目と三撃目も避ける。
養成所時代は、良く稽古につき合わされてたっけ。
『エル。もう後がないぞ』
演習場よりも狭い。
カミーユに向かってレイピアを振って、風の魔法で一気に右手へ避けて、カミーユの背後から攻撃を……。
弾かれた。
「あっぶねー」
流石だな。
「簡単にやられるかよ」
「少しは腕が鈍ってると思ってたのに」
「これでも騎士の端くれだからな」
まだ、カミーユも本気じゃない。
どうしても勝てなくなってきたら、剣を利き手に持ち替えよう。もしくは、短剣を構えるか。
セルメアに行くなら、剣の腕を上げておくに越したことはない。
※
右手で持ったレイピアでカミーユの攻撃を受け止めて、一気に懐に入って短剣で斬る。
けど、カミーユが持つ剣の柄頭に叩き落とされた。
「随分、間合いに入って来るのが上手くなったじゃねーか」
数歩引いて、レイピアと短剣を構え直す。
「斬ってやろうと思ったのに」
「殺す気か」
どうせ、致命傷にならないように避けるだろ。走り出そうとしたところで……。
「やめなさい!」
大声が響いて、立ち止まる。
「セリーヌ」
「真剣勝負なんて。怪我でもしたらどうする気?」
「しないよ」
「しない」
「その自信は、どこから来るのよ」
カミーユとの稽古は慣れてる。
「だいたい。あんたは仕事サボって何やってるのよ」
サボってたのか。
カミーユが肩をすくめる。
「エルもエルよ。暇なら、うちの研究手伝いなさい!」
「嫌だよ」
額の汗をぬぐって、レイピアと短剣を鞘に収める。
カミーユと、ここまでまともに戦えるなんて。
リリーが作ってくれたレイピアは、信じられないぐらい俺のスタイルに合ってる。ここまで思い通りに動かせる武器なんて初めてだ。
あぁ。疲れた。
「シャワー貸して」
「仮眠室の隣にある」
「あんたねぇ……」
セリーヌが、まだ怒ってる。
「カミーユ、暇じゃなかったのか?」
「暇だよ。急ぎの用はない」
「だ・れ・が・暇よ。薬学図鑑への申請書も溜まってるのよ。それに、こういう時にデータの整理と考察をしておこうって言ったのは、あんたでしょう」
珍しく、本当に暇なんだな。
「セリーヌ。俺、一か月ぐらい休暇を取るわ」
「え?」
「セルメアに行ってくる」
「セルメア?」
「この馬鹿のお守りだよ」
セリーヌが俺を見る。
「セルメアなんて……。本気なの?」
もう、何度目だ。
「明後日に行くって決めたんだ。でも、カミーユは付いて来なくて良い」
「じゃあ、お前が決闘に負けたら、俺が付いてくってのはどうだ?」
「決闘って、何の話よ」
「良いよ。……絶対に負けない。リリーは連れて行く」
「決まりだな」
負けるわけにはいかない。
「あんたたちは、本当にもう……」
※
研究所でシャワーを浴びる。
リリーは、まだ稽古をしてるのかな。
迎えに行くのは夕方って約束してあるし、少し手伝っていくか。
※
カミーユの研究室には、いつものメンバーが揃ってる。
「エル」
「聞いたよ。決闘をやるって」
「別に、そんな仰々しいものじゃない」
どうせ、一撃当てれば終わりだ。
散らかった資料を見る。
「滅茶苦茶だな」
「ずっと忙しかったんだから、しょうがないでしょう。……あ、ちょっと」
資料をまとめて、一つ一つ見ていく。
酷いな。後回しにされてきたものが多過ぎる。
「ルードは、この統計資料。ノエルは、こっちのデータの精査。アシューは……。このレポートを書き直して。セリーヌは、この辺の関連資料の紐づけ。終わったらこっち」
「俺は?」
「お前は、薬のレシピの書き直しだ。作業行程の記述が全然足りてないし、単位が揃ってない」
この前、ルイスに渡したレシピだって、使用時の希釈についての記述が関係ない所に書いてあったせいで見落としたんだ。
「ちゃんと書いてるはずだぞ」
「これじゃ薬学図鑑の掲載基準を満たしてない」
「いつもやり直しをさせられるのよね。カミーユのせいで」
「夜中までかかるからね……」
そんなに難しいことは要求されてないはずなのに。
「少し手伝っていくから、早くやれ」
「本当?助かるよ」
「なんか学生時代を思い出すな」
「あぁ……。レポートの締め切り時間ぎりぎりまでやってたよな」
「やめてよ。そんな昔のこと」
皆が、ため息を吐く。
やってることは、学生時代と大して変わってない気がするな。
※
適当な時間で切り上げて、研究所を出る。
夕方までまだ時間がある。
あの店を見てみるか。
『どこに行くのぉ?』
『また、寄り道?』
そんなところ。
セントラルにある宝石店・リュシオル。
「いらっしゃいませ」
マリー御用達だから、良い店だろう。
「真珠を見せて欲しいんだ」
「指輪をお探しでしょうか」
指輪は……。
「何でも良いよ。彼女に似合う色を探してる」
「かしこまりました。少々お待ちください」
『リリーへのプレゼント?』
頷く。
『真珠、ねぇ』
レイピアのお礼だ。
『何か特別な意味があるの?』
『ある』
店員が真珠の指輪や首飾り、イヤリングを出す。
『素敵』
球形も美しい柔らかな色合いの真珠が並ぶ。青系もあれば、ピンク系、黄色系もあるな。
『綺麗ですね』
一つ一つ貝の中で育まれ、他の宝石のようにカットされたり加工されることなく使われる真珠は、唯一無二の存在だ。
どれにしようかな。
どれも似合いそうだ。
一つ一つ手に取って見てみる。
やっぱり、連れて来て一緒に見れば良かったか。
「こちらは、いかがでしょう。グラシアルで産出されたものですよ」
透き通るような青系の真珠。
リリーの雰囲気にも合っているし、間違いなく似合うだろう。今まで見た中では、これが一番良い。けど……。
今、プレゼントしたいのは、これじゃない。
「少々、お待ちください」
店員が奥へ行って、別の真珠を持って来た。
「多少、形は崩れますが、こちらもお薦めです」
ピンクに煌めく卵型の真珠。
可愛い……。
愛らしい卵型の真珠を、土台となるリングが抱きかかえるように包み込んでいる。脇に添えられたピンクのメレダイヤも良い。
何より、淡く柔らかな光沢を放つ真珠は、リリーの肌に馴染む色だ。
絶対に似合う。
「これをくれ」
「お気に召していただけて光栄です。サイズのお直しも承っておりますが、いかがいたしましょう」
「土台は、プラチナ鉱石の収縮素材か?」
「はい」
「なら、このままで良いよ。ケースに入れて包んでくれ」
「かしこまりました」
錬金術の素材で作られたリングなら、自分で直せる。




