078 レイピア
今日も、朝からリリーは鍛冶屋に行っている。エイダと一緒に。
後は完成させるだけって話だから、前に使ってたレイピアの鞘も渡した。
本当に、あれにぴったり嵌まるサイズのを作るつもりなんだろう。
「出かけるの?」
「あぁ。三番隊に行ってくる」
「三番隊?何かあったの?」
「何もないよ。少し用があるだけだ」
レイピアの練習をしておかないと。勝てる気がしない。
※
王都守備隊三番隊。
中央広場の南東に宿舎があり、主にイーストの治安維持に努めるのが仕事だ。
「おはよう、ガラハド」
広い演習場で隊員の訓練を見守っていたガラハドが振り返る。
「おぅ。エルじゃないか。おはよう」
王都守備隊三番隊隊長。
最強の傭兵として名を馳せていたらしいけど、アレクが王都に連れて来てからは、ずっと、三番隊の隊長をやっている。
「珍しいな。魔法部隊を辞めて、うちに入りたくなったか?」
「そんなわけないだろ。ちょっと、稽古に付き合ってくれ」
「稽古だって?」
「レイピアの練習をしたいんだ。ついでに、明日、ここを貸してくれ」
「おいおい。何をやろうって言うんだ?」
「決闘」
「そんな理由で貸せるわけないだろう」
「なら、借りる目的は訓練で良いよ」
「理由を詳しく話せ。誰と決闘する気だ。命のやり取りをするような戦いにこの場を使わせるわけにはいかないんだぞ」
「別に、大したことじゃない。演習用の武器で相手に一撃当てたら終わりだ」
「随分、相手にとって不利な条件じゃないか」
俺の剣術のスタイルを知ってるなら、そう考えるのも当前か。それでも、今のままじゃ勝てる気がしないから、稽古に来たんだけど。
「誰と戦うんだ?」
「リリー」
「は?」
「リリーシア。知ってるだろ?」
ガラハドはリリーと戦ってるんだから。
「おい。なんで、そんなことになったんだ?」
「決闘じゃないと決められないことが出来たんだから仕方ないだろ」
「ほう」
ガラハドが、自分の顎を撫でて笑う。
「それなら仕方ない。明日の昼休みにうちの演習場を貸してやる」
ようやく許可がおりた。
「で?俺と稽古したいってわけか」
「そうだよ」
「あの子は強いぜ。まずは、うちの隊員と遊んでいけ」
「何をするんだよ」
「お前みたいに甘い奴が、ちゃんと攻撃を当てられるか見てやる」
「出来るよ」
演習用のレイピアを持って、演習場の中央に立つ。
「おーい。お前ら。そいつに一撃でも当てたら、俺が昼飯を奢ってやる!」
隊員たちから歓声が上がる。
「煽るなよ」
レイピアを構える。
重い。演習用の武器の重さにも慣れておかないとな。
「一撃でも攻撃を受けたら交代だ。三人ずつかかっていけ。……はじめ!」
ガラハドの掛け声と共に三番隊の隊員が三人、真っ直ぐ駆けてきた。
さっさと片付けよう。
右側に避けて、右端に居た一人の胴体にレイピアを当て、そのまま背後に回って残りの二人に背中から攻撃を仕掛ける。
「次!」
後ろから飛びかかって来た一人の攻撃をかわす。足の速い奴だな。側面から攻撃を当てて、続けて来た一人の胴体に攻撃を当て、最後の一人の足に攻撃して転ばせる。
「次!」
三番隊の基本装備は、動きやすい革製の丈夫な鎧と片手剣だ。稀に槍とか他の武器を持ってる奴も居るけど、その辺は好みだろう。申請すれば自分の武器を持ち込むことも可能だ。
隊員になることが出来るのは、ラングリオンの市民権を持っているか、三年以上の居住歴がある者。もちろん、犯罪歴がないことが大前提。守備隊は入れ替わりが激しく、常に隊員を募集している。
未成年の場合は予備部隊員として登録可能だ。隊員になれば剣術の稽古を受けられることから、王都では十五歳になると剣を習う為に守備隊に入るのが一般的らしい。法の守護者である守備隊員になれば法についても叩き込まれるのだから一石二鳥だろう。
また、軽い法律違反をやった奴がボランティアで守備隊の活動に参加することもある。酔っ払って周囲に迷惑をかける等がそうで、清掃活動や治安維持活動に参加することで街の皆に許してもらうらしい。
だから、武器を扱う技術には、かなりの個人差があるとはいえ……。
普段から小隊を組んでる奴らの動きは別格だ。
俺の攻撃を、横から入ったパーシバルが防ぐ。
「いつから五人ごとになったんだよ」
五人組を相手にするのは、これで四回目。
「昼飯がかかってるもんで」
攻撃が当たらない。これだから、チームワークームが良い奴らは面倒だ。
背後を取られないように気を付けて、距離を取る。
仕方ない。多勢に無勢なんだから。
「悪く思うなよ」
風の魔法で一気に距離を詰めて、二人を斬り払う。次は、左の三人。攻撃をかわして一人を倒して、その隙に俺に攻撃を仕掛けようとしたパーシバルの片手剣をレイピアで突いて一歩引き、もう一人の脇腹を斬りつける。もう一度、斬りかかってきたパーシバルの片手剣をレイピアのガードに絡めて引き落とし、腹部を斬る。
「こんなに強いなんて、聞いてないっすよ」
「パーシバルだって、強くなったじゃないか」
それに、一撃当てるだけだ。倒れるまでやり合うって言うなら、また別の戦い方になる。
これで最後か?
「次!」
「はい」
え?
走って来た相手の攻撃を受ける。
……重い。
鍔迫り合いに持ち込まれた。
「なんで」
「レイピアが出来たから、持ってきたの」
剣を弾いて引き、更に仕掛けられた攻撃をかわして右手に引く。
「レイピアは?」
「持ってるよ」
攻撃を受け流しながら、更に後退する。
「なら、早く見せて」
ようやく攻撃の手を止めたリリーが頷く。
「はい」
ガラハドがけしかけたのか。遠くで笑ってるのが見える。
リリーが腰に付けていたレイピアを鞘ごと外して俺に向けた。
本当に、前のレイピアの鞘に収まるサイズで作ったらしい。
演習用のレイピアを地面に置いて、貰ったベルトを付ける。装着した感じは、前と全く同じ。鞘から抜いたレイピアを天に向かって掲げる。
太陽の光を受けた刀身が煌めく。
なんて、美しい剣なんだ。
しかも、軽くて良く手に馴染む。初めて持つと思えないほど、しっくり来る。重心のぶれもない。滑らかな曲線を描くヒルトの装飾も美しくて実用的だ。
「どう?」
凛とした煌めきを放つ美しい剣。
「リリー。手合わせをしてくれ」
「え?」
「リュヌリアンで良いよ」
使い心地を試してみたい。
リリーから離れて、レイピアを構える。
「はい」
持っていた演習用の片手剣を地面に置いた後、リリーが数歩離れてリュヌリアンを構えた。
冷や汗が出る。
これが、リリーの構えか。初めて対峙したけど、思ってた以上の迫力だ。背が低いリリーが持っているせいか、気迫がすごいからか。ただでさえ大きな剣がより大きく見える。
演習場の時計に視線を移す。丁度良い。
「正午の鐘の音が鳴るまでだ」
「はい」
「かかって来い」
頷いたリリーが、俺に向かって駆けて来た。
受け止める。
右手で持ったレイピアを横に向け、刀身に左手を添えて、振り下ろされたリリーの斬撃を受け止める。
手が、しびれる……。
リリーが驚いた顔で俺を見下ろした。俺が避けると踏んでたんだろう。
「完璧だ」
大剣の攻撃をまともに受けても折れないなんて。
リリーが、口に笑みを浮かべる。
「良かった」
重量も強度も完璧。
リリーが一歩引いて、もう一度剣を振り上げる。攻撃を受け流したけど、すぐに追いかけて来た。リリーが振り上げようとした大剣にレイピアの先を当てて剣先の向かう方向をずらし、リリーの左へ避ける。
剣の振りも早い。重心のバランスも俺に合ってる。しかも、良いしなりだ。柔軟性まで兼ね備えてる。こんな剣が存在するなんて。
リリーが、すかさず大剣を俺に向かって振った。
重いものを振り回してるとは思えないな。扱い慣れてる愛剣を持つと、こうも動きが変わるものなのか。
リリーの剣にレイピアを当てて、風の魔法で大きく下がる。
けど、リリーが走って大剣で斬りかかってきた。
早い。俺が使う風の魔法を計算に入れて来たな。
リリーの攻撃を防いで、風の魔法で回転しながら逆方向に避けて逃げようとしたところで、リリーが大剣を突き刺してきた。
見切られてる。
逃げるのをやめてレイピアを振り、剣先をガードで絡めとる。
「あっ」
一瞬、リリーの動きが止まった。
振り下ろすと、リリーの足元が揺らぐ。このまま体勢を崩してくれたらありがたいんだけど、そうはいかないらしい。リリーが持ち直す前に、その場から離れる。
でも、だめだな。これも読まれてる。
闇の魔法で影を作って、風の魔法で上空に飛んでリリーの背後に回る。
「え?」
俺の影を斬ったリリーの隣に行って、耳にキスをする。
「こっちだよ」
「!」
驚いたリリーが乱暴にリュヌリアンを振り回した。けど、そんな雑な攻撃は当たらない。
「エルの馬鹿!」
あぁ。可愛い。
大きく引くと、リリーが追いかけて走って来た。
リリーも集中が途切れたらしい。
切れのない攻撃を何度か受け止めていると、正午を告げる鐘の音が辺りに響いた。
リリーの攻撃を弾いて、風の魔法で大きく引く。
「今日は、ここまでだ」
レイピアを鞘に納めて、呼吸を整える。
やばいな。ほんのわずかな時間しか戦ってないのに、こんなに体力が削られるなんて。
攻撃が重すぎる。
「また、勝てなかった」
「今のは勝負じゃない」
長期戦になれば不利だ。早々に決着を付けないと。
借りていた演習用のレイピアを拾う。
「まだまだだな」
「ガラハド」
「隊長さん」
周囲に居た隊員たちも寄って来た。
「私、もっと強くなりたいです。……エルに勝ちたいの」
「良いだろう。稽古をつけてやる」
「は?」
「ありがとうございます」
なんで、そうなるんだ。
「俺と稽古する約束だろ」
「え?」
「そうは言ってもなぁ」
ガラハドが周囲を見る。
「うちの隊員が応援してるのは、リリーシアだからな」
近くに来たパーシバルに、演習用のレイピアを渡す。
「昼飯の恨みは大きいっすよ」
『エルに一撃でも当てたら、ガラハドが奢るって約束をしてたんだ』
イリス。
「うるさいな。お前らが弱過ぎるんだよ。有翼の三番隊が聞いて呆れる」
「煽りますねぇ……」
常に街の人の為に走り回っているイメージからか、身軽なイメージからか。三番隊は有翼の名で呼ばれている。
「お前、魔法使いじゃなかったのか?」
「なんで、こんなに剣術を鍛えてるんだよ」
「そうだぜ。薬屋には必要ないだろ」
「薬屋?錬金術師だったのか?」
「うるさいな。どうでも良いだろ」
元々、魔法も剣術も得意じゃない。
「エル。今日は、リリーシアに稽古を付けるから、お前は諦めてくれ」
「は?なんで、そうなるんだよ」
「悪いな。また、別の日に付き合ってやるよ」
それじゃ間に合わないのに。
「リリーシアさん、今から稽古していきますか?うちは大歓迎ですよ」
「うん。お願……」
「だめだ」
三番隊の隊員に囲まれているリリーの手を引いて、抱き寄せる。
「エル」
「昼が先だろ」
「そっか」
正午の鐘が鳴ったばかりだ。
「隊長さん、お昼食べてから来ても良いですか?」
「良いぜ」
「お待ちしてます」
「待ってます」
なんで、隊員の連中が喜んでるんだよ。
「良いか。リリーは俺のだ。絶対に手を出すなよ」
誰にも渡さない。
「じゃあ、なんで、彼女と戦うことになったんですか?」
「うるさいな。お前らには関係ないだろ」
リリーの手を引いて、演習場を出る。




