077 炙り出し
「わぁ。これが、雪の魔法ですか?」
「あぁ。雪の魔法は、まだ、これぐらいしか使えない」
魔力を強く込めると目の細かい強い吹雪になって、弱くすると、そよぐ中で結晶の大きな雪が降る。
「雪の魔法にも、色んな種類があるんですね」
「これは、同じ魔法だよ」
「同じ?」
「魔力の込め方によって、魔法の出力が変わるのは知ってるか?」
「はい。威力に差が出るって」
「威力だけじゃなく、こんな風に見た目や効果が変わるものは多いんだ」
実際に試してみないとわからないことも多い。
「綺麗ですね……」
「精霊が使った魔法は、もっと綺麗だったよ」
ナターシャの使う魔法は、本物の雪だ。
本物の雪の性質を詳しく知らない俺じゃ、これ以外の魔法を使える気がしない。
「僕、雪ってあんまり知らないですけど、結晶が輝いて見えます」
結晶か。
そういえば、雪山で会った奴が盾を作ってたな。あれは氷の魔法みたいだったけど、同じ冷気に祝福された属性なら、雪の魔法でも出来るかもしれない。
雪の結晶の図柄は本で見たことがある。
吹雪の魔法を消して、目の前に結晶をイメージする。
「わぁ、すごい!」
出来た。
巨大な雪の結晶の盾。
これなら、複数作れそうだ。空間のあちこちに大きな結晶を出していくと、壁にぶつかった結晶が消滅した。流石、反属性の物質だ。この狭さなら、これが限界か。
「ユベール。これに、炎の魔法をぶつけてみてくれ」
「えっ?」
「ほら」
ユベールが、炎の魔法で作った玉を氷の結晶にぶつける。
簡単には壊れないらしい。何度か炎の玉をぶつけると、氷の盾が消えた。
「で……、出来ました」
ユベールが、肩で息をしてる。
魔法が苦手って、もしかして……。
「もう少し、違う魔法を試してみないか?」
「違う魔法?」
「魔法は、人によって使い方が全然違うものだ。誰かの真似をして上手くいくこともあれば、全く違う方法の方が上手くいくこともある。例えば……」
体の周囲に炎の矢を浮べて氷の盾に向かって放つと、氷が蒸発した。
「やってみてくれ」
「はい」
ユベールが、魔法で炎の矢を作る。
見ただけで似たものをすぐ作り出せるってことは、イメージする力が充分にあるってことだ。ユベールが炎の矢を盾に向かって振るけど、盾は壊れない。
「その動作なら、こっちの方が良いな」
魔法で炎の刃を作る。
「出来るか?」
「……はい」
ユベールが炎の刃を作って、盾を斬りつける。
すると、斬られた氷の盾が消えた。
「出来ました!」
ユベールが笑う。
「上手いな。ユベールには、こういう魔法が向いてるんじゃないか?」
「でも……。僕、もう、限界です」
ユベールが、地面に両手を着く。
かなり疲れてるらしい。
「自分の魔力を上手く使えるようになったら、もう少し楽に出せるようになるよ」
「どうしたら……」
「練習するしかないな」
浮かべた炎の刃の形を変化させる。大剣のような巨大な刃、レイピアのような鋭利な形、逆に、短剣のように小さく……。
「自由自在なんですね」
「魔法はイメージだ。そして、イメージしたものをどれだけ上手く反映させられるか」
氷の盾を壊すなら、これぐらいかな。炎の刃で浮かんでいる氷の盾をすべて破壊する。
「慣れればイメージから発動までが早くなるし、魔力の効率も良くなる。自分に合った魔法を探すと良い。ユベールはイメージする力が強いから、すぐに上手くなるよ」
「後は、精霊と仲良くするんですよね」
「そうだ」
これだけ魔法が好きなら、良い魔法使いになるだろう。
「色んな魔法を見せてくれて、ありがとうございました」
立ち上がったユベールが頭を下げる。
「ん。……そろそろ帰るか」
「はい」
結局。
ユベールに魔法を見せるのがメインで、剣の練習は、そんなに出来なかったな。
ユベールと一緒に一階のロビーに戻る。
「ただ今、戻りました」
『おかえりー』
『おかえりなさい』
『おかえりぃ』
『おかえり』
『おかえり』
「ただいま」
『……おかえり。遅かったね』
『いつものことだ』
思ったより長くなった。
「お疲れ様」
魔法部隊の隊員が、緑色のドリンクをテーブルの上のコップに注ぐ。
「ほら、飲め」
「ありがとうございます」
「飲むなんて言ってないのに」
ユベールと一緒にドリンクを貰って、飲む。
あぁ、不味い。
「隊長から制服を預かってる」
「要らない」
「制服は、隊員に貸与しなければならないものだ。それとも、まだ予備部隊員で居たいか?」
「別に……」
扉が開いて、数人の魔法部隊員が慌ただしく帰って来た。
全員、ずぶ濡れだ。
「大丈夫か?」
「酷い目に遭ったよ」
「急に降ってきたんだもの」
……雨。
「エルロックさん、傘を持って来ましょうか?」
「レインコートを持ってるから平気だ」
残りのケイルドリンクを一気に飲み干して、テーブルの上にある制服を仕舞い、荷物から出したレインコートを羽織る。
「それって、エルロックさんが作った錬金術の袋ですよね」
「あぁ」
「ルイスも作れるんですか?」
ユベールは、年が近いからか、ルイスと仲が良い。
「作れないよ。これは、精霊の力を借りないと作れないものだから」
「魔法使いじゃないと無理ってことですか?」
これを作るには真空の精霊の力が不可欠だから、魔法使いの素質のないルイスには作れない。でも。
「誰かの協力があれば、不可能じゃないかもな」
ユベールの頭を撫でる。
「じゃあ、帰る。……頑張れよ」
「はい」
※
……雨。
バンクスに行った時を思い出すような、長く静かに降り続く雨だ。
『早く帰ろうよ』
「……あぁ」
リリーも帰っているかもしれない。
「イリスは、リリーの所に行ってたのか?」
『行ったよ。ジオとユールがうるさいから』
『ふふふ。ちょーっとだけ、一緒にお散歩行ってきたわぁ』
『リリーとエイダ、楽しそうだったよねー』
「会ったのか?」
『外から見てただけだよ。エイダも気づいてなかった』
「会っても良かったのに」
『だから、そういうわけには……』
『別に良いじゃない』
『エルが中に居る限り、私たちに出来ることはない』
『そうよ。私も行けば良かったわ。こんなに待たされるなんて思わなかったもの』
『エルだからな』
「悪かったって」
早く帰ろう。
※
家に帰ると、店に客が来ていた。
「おかえり、エル」
「ただいま、ルイス」
「よぉ。届け物だぜ」
冒険者か。
でかい箱だな。こんなもの、頼んだ覚えがない。
脱いだレインコートをコート掛けに掛ける。
「中身は何だ?」
「鎧だよ」
鎧って……。
まさか。
箱を開いて、中身を見る。
『リリーの鎧だ』
なんで?
「差出人は?」
「ポルトペスタのエイトリ・グラン・リューだ。手紙がこれ」
手紙を開くと、中から更に二通の手紙が出てきた。
一つは、ソニアからリリーに宛てたもの。もう一通は、差出人の名前はなく、俺に宛てたもの。
「傷一つ付けずに慎重に運べって頼まれてるんだ。鎧の状態を確認したら、ここにサインをくれ」
状態の確認って言っても……。
「ルイス、リリーは?」
「まだ帰ってないよ」
『良いよ。ボクが確認するから、出して』
「ん。わかった」
箱の中に丁寧に仕舞われていた鎧のパーツを、一つずつ出していく。
『裏側も見せて』
イリスに見えるように、パーツを細かくチェックする。
初めて会った時にリリーが付けてた鎧。どんなのだったかは、あまり覚えてないな。
リリーが着たら、少しは思い出すかもしれない。
「あんたが王都に居てくれて助かったぜ」
「エルは、あちこち旅してるからね」
どれも良い素材だ。兜まで揃ってる。
「僕が預かっても良かったんだけど」
「俺も、そうしたいのは山々なんだが。貴重品だからな。確実に渡せって依頼だったんだよ」
「エルは数か月居ないこともあるのに?」
「そうなったらラングリオンにしばらく足止めだな。王都なら仕事にあぶれることはないだろうが……。保管費用で依頼料が飛んでたかもなぁ」
冒険者が笑う。
グラン・リューも、その内容でも引き受けてくれる冒険者を探したんだろう。でも、笑い事じゃない。
「保管費用が発生したのか?」
「いや。まっすぐ来たぜ」
「なら、良いけど」
貴重品運搬時に冒険者が依頼主に直接渡せない事情があった場合、冒険者ギルドが代理人を立てたり、引き渡しまでの保管を請け負ってくれたりする。けど、今回は冒険者自身が確実に本人に届けるよう依頼されている上、ギルドで保管できるような品じゃない。王都ならオルロワール家に保管を依頼するような貴重品だ。保管費用は馬鹿にならない。
『問題ないよ。どれも綺麗だ』
了解。
「確認したよ。全部揃ってるし、状態も完璧だ。受け取り人は俺で良いのか?」
「あぁ。ラングリオン王都の薬屋、エルロック・クラニス宛てだからな」
依頼書に受け取りサインを書く。
受取人はリリーでも良いはずなんだけど。手紙を俺に開けて欲しかったのかもしれない。もしくは、リリーの居場所がばれないようにしているのか。
「じゃあな」
「ん」
レインコートを着た冒険者が、店から出て行った。
「エル、箱に戻せる?」
「あぁ」
片付けていると、家の中から傘を持ったキャロルが来た。
「おかえりなさい、エル」
「ただいま、キャロル」
「リリーシアを迎えに行くの?」
「えぇ。リリー、傘を持ってないはずだから」
だから、傘を二本持ってたのか。
「それ、なぁに?」
「リリーの鎧だよ。家族が送って来たんだ」
「そうだったの」
鎧を盗んだ奴が誰かはわからないけど、ソニアが取り返してリリーに送ってくれたんだろう。リリーが送った手紙を受け取ったなら、グラン・リューを経由すれば俺たちに荷物を届けられることを知っているはずだ。
「じゃあ、迎えに行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。気を付けて」
キャロルが傘を差しながら外に出る。
「そろそろ、店じまいの時間か」
「そうだね」
ルイスが店の掃除を始める。
早く片付けよう。
※
鎧を箱に仕舞い終えた頃に、リリーとキャロルが帰ってきた。
「ただいま」
「ただいま」
雨は、まだ降り続いてるらしい。
「おかえり」
『おかえり、リリー』
「おかえり。キャロル、リリー」
「お店、閉めて良い?」
「あぁ」
キャロルが戸締まりをする。
「これは?」
リリーが、箱を覗き込む。
『リリーの鎧だよ』
「え?」
『中身は確認済み。一式、綺麗に揃ってたよ』
「どうして……」
俺も、まだ事態を把握出来てない。
「グラン・リューが冒険者に頼んで届けさせたんだ。これが手紙」
ソニアからの手紙をリリーに渡す。
「この鎧、二階のリリーの部屋に運べるか?」
「私の部屋?」
「キャロルが掃除してくれただろ?」
「あ……。うん。大丈夫」
まだ何もないから、自分の部屋って感覚はないか。
「物置の椅子、持っていって良い?」
「椅子?」
「鎧を着る時に使うから」
「あぁ。良いよ」
リリーが鎧を着ることなんて、もうないと思いたい。
箱の紐を引っ張り上げて、リリーが鎧の入った箱を軽々と背負う。鎧一式なんて、かなりの重量なのに。
「じゃあ、置いてくるね」
『あ、待ってよ、リリー』
イリスがリリーを追いかけて行ったらしい。
『私は、エルの傍に居ますね』
交代か。
「リリーって、本当に力持ちよね」
「エルより力があるんじゃない?」
「あるよ。あの重さの鎧を着た状態で、大剣を振り回せるんだからな」
「すごいわ。リリー」
「恋人に力で負けて悔しくないの?」
「別に、悔しくないよ」
むしろ、リリーらしい。
「いつから恋人だったの?」
「いつから付き合ってるの?」
ルイスとキャロルが、俺を見る。
別に、隠してるわけじゃない。……上手く言い表せないだけで。
「いつでも良いだろ」
「エルが照れてるなんて、珍しいね」
「ふふふ。本当ね」
「うるさいな。ほら、店の掃除をして、夕飯の準備をするぞ」
「はぁい」
「はーい」
笑いながら、二人が返事をする。
※
今夜は、ワインを飲もう。
家には料理用以外の酒は置かないようにしてるけど、これは、リリーが買ってくれたものだから。
棚に仕舞っておいたワインを出して、ワイングラスに注ぐ。
熟成された濃厚で豊かな香り。
ロマーノワインは、ワインの最高峰として名高いワインだ。
中でも、ロマーノ・ベリルの名を冠するものは、王侯貴族の口にしか入らないとまで称されるほど手に入らないことで有名だ。産地も秘匿され、取り引きを許されているのも一部の商人のみという徹底ぶりで、ロマーノ・ベリル・ロゼに至っては、その希少価値の高さから幻のワインと呼ばれている。……リリーは本物を目にしているわけだけど。
一方で、ロマーノ・ガラは、産地が公開されており、比較的手に入りやすいものとして知られている。ロマーノ・ベリルシリーズとの違いは公表されていないものの、味の良いものはロマーノ・ベリルに匹敵する風味を備えた上品なワインだ。
リリーがくれたワインは、まさに、今、一番飲み頃で美味いと評されるもの。
そして……。
「エル、何してるの?」
寝る支度を整えたルイスが、台所に顔を出す。
「内緒」
「そんなお酒、家にあった?」
ばればれだな。
「たまたま手に入ったんだよ」
「飲んでみて良い?」
「成人したらな」
ルイスが肩をすくめる。
「子供は飲んじゃいけないって法律はないのに」
「未成年者への酒の提供は禁止だ」
未成年へのアルコール類の販売や提供は禁止されている。未成年の飲酒は罪にならなくても、買えないんだから、実質、飲酒禁止と言える。
「美味しいお酒なの?」
味見用に注いだワインを口に含む。
舌にまとわりつく重厚な香りと味。年代物らしい深い味わいを口内に広げた後、最後に爽やかな香りが抜けて、思わずため息が出る。
「素晴らしい出来のワインだよ」
「素晴らしい出来?」
「ワインは年によって出来が変わるんだ。この年のロマーノ・ガラは、今、一番飲み頃として有名なんだ」
「あ。これ、皇太子殿下がお生まれになった年?」
「良く気付いたな」
ラングリオン皇太子が生まれた年のものとして更に箔の付いたワインは、最早、探したって手に入らないレベルだ。
「早く大人になりたいな」
「どうせ、すぐに大人になる」
「今が一番美味しいのに?」
その気持ちはわかる。
俺の周りの大人たちもこんな気持ちだったのか。
「成人したら、ワインをプレゼントするよ。誕生日に一緒に飲もう」
「それ、良いね」
ルイスが微笑む。
「約束だよ」
「もちろん」
「ありがとう。おやすみなさい、エル」
「おやすみ」
ルイスが台所から出て行く。
たぶん、ルイスよりも俺の方が楽しみにしてる。その日が来るのを。
空のグラスの香りを嗅ぐ。
部屋でゆっくり飲もう。
※
エルロック様
先日は、すまなかった。
グラン・リュー氏から、貴殿が信頼に足る人物であると聞かせて頂いた。
どうか、リリーシア様のことを頼む。
ソニア
これだけの内容を書くにしては、余白が多過ぎる。
「メラニー。魔法の気配は?」
『特にない』
だよな。俺も魔法の気配は感じない。闇の魔法で文字を隠す方法もあるんだけど、今回は使われてないらしい。
炎の魔法を手紙に当てる。
すると、文字が浮かび上がってきた。
『不思議ね』
「炙り出しだよ」
追記
現在の城の様子は、かなり不穏だ。
お前を殺してでもリリーシア様を帰還させるよう、女王陛下が指示されているという話もある。
グラン・リュー氏とのやり取りも、第三者の介入の恐れが出てきた。
主要な連絡手段として使わない方が良い。
アリシア様を知っているなら、アリシア様を頼ってくれ。
あの方の味方は多い。
今、リリーシア様が帰還されるのは危険に感じる。
どうか、リリーシア様を頼む。
これが、手紙の内容のすべて。
炎の魔法で手紙を燃やし尽くす。
『え?燃やしちゃうの?』
「もう、読み終わったからな」
リリーに見られたくないから、わざわざ文字も隠してたんだろう。
グラスにワインを注ぐ。
部屋の中に雨の音が響く。
『エルは、セルメアに行くんですよね』
「あぁ」
『考え直す気はありませんか?」
エイダまで止めるのか。
「何があっても行く。もう決めたことだから」
『そうですか……』
セルメアには、因縁がある。
あの日。
フラーダリーが死んだ日。
砦近くの村で、敗走した魔法部隊から話を聞いた俺は、フラーダリーを殺した相手を探しにオリファン砦へ向かった。
そして、砦に向かって魔法を放った。
闇の魔法で動きを封じ、炎の魔法で焼き尽くし、彼女を死に追いやったすべてを壊してやるって。
脅しのつもりだった。
そこまで出来るなんて思ってなかったから。捕まえるのは一人だけで良い。フラーダリーを殺した奴だけ炙り出して、決着をつけられれば良いって。それなのに……。
―エル。落ち着いて。
放った魔法は一気に膨れ上がると、砦をすべて包み込んだ。暗闇に包まれ燃え盛る砦から叫び声を上げながら次々と兵士が飛び出して逃げていく。これが自分が放った魔法だなんて、信じられなかった。
―悪魔。
自分の意思で放ったものなのに、自分の力では止められない。コントロールを離れた魔法に魔力が吸い取られて、全身の力が奪い取られていく……。
それが、急に楽になったと思った瞬間。
顔を上げると、隣にエイダが居た。
―大丈夫よ。
―あなたを悪魔になんかしないわ。
エイダが魔法をコントロールしてくれたおかげで、結局、死人は一人も出なかったらしい。そして、バニラが教えてくれた。
―エル。
―仇は居ない。刺し違えたんだ。
その後、最後まで砦の兵士を逃がすことに尽力していた奴を捕まえて、セルメアの大統領に宛てた書簡を持たせた。
直ちに、戦争を終結させること。
国境をローレライ川に定めること。
この二点を、セルメアの大統領とラングリオン国王に提案する、と。
後で聞いた話だと、書簡を届けたのは、オリファン砦を制圧したセルメアの英雄だったらしい。昼夜を問わず馬を走らせ、直接、セルメアの大統領に書簡を届けたという話だ。
セルメアの大統領からの返事は、俺がラングリオンの王都に帰還するまでに国王陛下の元に届いた。
最も、その手紙の内容は、これが陛下の意思であるのか尋ねる内容であったらしい。
その間、お互いに侵攻がなかったことからも、一時的な休戦に持ち込める内容だったのは確かだろう。
戦争における最新の情報の到達速度は異様に早い。
城内では、俺の勝手な行動はかなり問題になっていて、戦争推進派の貴族の中には、今すぐ俺を殺さなければ気が済まないという過激な奴も居たらしい。
戦争が終わらないのなら死んでも良かった。
そうじゃなくても、軍における権限なんて何もない俺が、勝手に戦闘行動をして勝手に書簡を送ったんだ。こんな馬鹿げた話はないだろう。
なのに、陛下は戦争の終結と新しい国境ラインの取り決めに同意してくれた。
更に、戦争の終結は俺の功績だとして、報酬まで出してくれたのだ。
……けど。
俺は、戦争を無理矢理力でねじ伏せただけだ。平和の為の貢献なんて何一つしてない。
今の平和があるのは、すべて陛下のおかげだ。山のような戦後処理に、ローレライ川の周辺に点在する村や都市に暮らす人々の処遇、領地の問題を、すべて話し合いによって解決してくれたおかげで、現在、セルメアとの国交が正常化してる。
だから。
―セルメアにとって、お前は人の姿をした兵器だ。
これだけ事態を引っ掻き回した俺が、今更、セルメアに行くべきじゃないってことは、わかってる。どちらの国にとっても得にならないことだって。
それでも。
「エル」
目の前でリリーの声が聞こえて、顔を上げる。
「リリー。……おかえり」
「ただいま」
いつ部屋に入ってきたんだ?
全然、気づかなかった。
「大丈夫?」
横に座ったリリーが、心配そうな顔で俺の顔に触れる。
「傍に居て」
リリーに体を寄せると、リリーが俺の肩を抱く。
……雨の音が聞こえる。
手にしたままのグラスを持ち直して、ワインを飲む。
香りが、しない。
考え事をしながら飲んでたのは覚えてるけど、どれぐらい飲んだのか……。
もう一口、口に含んでワインを転がすと、仄かな香りが鼻に抜けた。
「リリー。セルメアに行こう」
「もう旅に出るの?」
「あぁ。ディーリシアの居場所がわかったんだ。一緒に会いに行こう」
後は、レイピアの完成を待つだけ。
「少し考えさせてもらっても良い?」
「何を?」
「セルメアに行くかどうか」
まさか、断られるなんて。
「会いたくないのか?」
「会いたいよ。でも……」
リリーが俯く。
なんで?離れるなんて考えられない。絶対に連れて行く。
グラスを置いて、リリーを抱きしめる。
「一緒に行こう。離れたくない。どんなことからも守るから。……お願い」
ようやく気持ちが通じ合えたのに。
ずっと、一緒に居られると思ってたのに。
「ごめんなさい。やっぱり、エルとは行けない」
「なんで?」
「理由は言えない」
なんで?
「旅をするのが嫌なのか?」
「嫌なわけじゃないよ」
「なら、時期をずらすか?」
リリーが首を振って、輝く瞳を真っ直ぐに俺に向ける。
「一緒には行けない」
揺らがない。
本当に?
「レイピアは、いつ完成する?」
「たぶん、明日には」
早い。
けど、これで予定が決まった。
「三日後。ベリエの二十日に出発する」
輝く瞳が揺らぐ。
リリーが俺の服の裾を掴んで、俯いた。
連れて行きたい。
「一緒に行こう」
リリーの頭が揺れる。
そんなに行きたくないのなら……。
「リリー。賭けをしよう」
「賭け?」
「明後日、俺と勝負してくれ」
「勝負?何をするの?」
「決闘」
ラングリオンの流儀に従って。
「三番隊に頼んで、演習用の武器を借りられるようにしておく。俺が勝ったら、どんな理由があろうとセルメアに一緒に行ってもらう。……リリーが勝ったら、好きにして良いよ」
ラングリオンでは、意見が割れた場合、決闘で解決する。
「勝利条件は?」
「相手に一撃でも攻撃を当てること」
決闘における勝敗の付け方はいくつかある。でも、俺に攻撃が当たらないことを悔しがってたリリーには丁度良い。
「怪我をしない?」
「演習用の武器なら刃も落とされてるし、大した怪我にはならない」
強く斬られたら怪我はするだろうけど、お互いに、そこまでの衝撃を与えないように加減が出来るだろう。
「使う武器は?」
「好きな武器を選んで良いよ」
「大剣でも良いの?」
「もちろん」
リリーが本気を出せるもので良い。
「わかった。受けるよ」
受けるのか。
そこまで行きたくないなんて。
リリーの胸に顔を寄せる。
「俺が嫌いになった?」
「そんなわけない。好きだよ。離れたくなんかない。でも……」
一緒には行けない?
「理由は話せないのか?」
「今は……」
今は、だめ?
なら、いつか話してくれるのかもしれない。
「ワイン、いっぱい飲んだの?」
酔うほどは飲んでない。
「すごく美味しいよ。ありがとう」
リリーの頬にキスをする。
「雨だと、調子が悪い?」
雨……?
そうだ。
今日は、雨が降ってるんだった。
急に、雨の音が耳の奥まで入り込む。
まるで、今、全身が雨に濡れているような感覚に陥る。
「雨は、嫌いなんだ」
良いことなんて何もない。
リリーが俺の耳を両手で塞いで、キスをする。
……溺れそう。
もっと触れて。
雨のせいか、いつもよりお互いが濡れてる気がする。しっとりと貼りつくような感触。
もっと、リリーを感じたい。呼吸が出来なくなるぐらいキスをして。リリーだけに集中したい。他のものなんて要らない。
目を開くと、輝く瞳と目が合った。
あぁ。
本当に綺麗。
「綺麗な紅」
―エルの瞳の方が綺麗だよ。
リリーの顔を撫でて、指先で頸動脈に触れる。もし、俺が吸血鬼なら……。
「いつか、噛むかもしれない」
「良いよ」
本当に?
リリーの首筋にキスをすると、リリーが俺の頭を撫でる。
「あんまり痛くしないでね」
「怖くないのか?」
「怖くないよ。だって、エルだから」
「俺だから?」
「うん。エルだから、大丈夫」
全然、理由になってない。
「痛くするかも」
「してみて」
「途中で止められない」
「大丈夫」
大丈夫なわけがない。
「止めて。拒否して。リリーが傷つくことなんてしたくない」
リリーが俺の頭を撫でる。
「大丈夫だよ」
その自信はどこから来るんだ。
いつか、また魔力を暴走させたら?
いつか、本当に吸血鬼のようなことをしてしまったら?
いつか、運命のせいで失っ……。
「一人じゃないから」
本当に?
「愛してる」
離れたくない。
「愛してる」
重ね合えば重ね合うほど更に情熱的に愛し合いたいって。
もっと、甘えさせて。
リリーで満たして。
ずっと、こうしていて。
ずっと、離れないで。




