075 透明な氷の球体
着いた。
ここが火事の現場だ。守備隊が人払いをしてる。
良かった。担当してるのは三番隊だ。
「現在、ここは封鎖されてます」
「魔法部隊の隊員なんだ。通してくれ」
「あ……。はい」
隊員の脇を通り抜けて、魔法部隊が水の魔法を使っている場所へ行く。
っていうか。ここ、イーストストリートの北側だよな。なんで三番隊が対応してるんだ?
「レティシア」
「エルロック」
「状況は?」
「市民の避難は完了してる。ただ、あの部屋に……」
二階の部屋の中から、猫が顔を出す。
「完了してないだろ」
「火の回りが激しくて、中に入れるような状況じゃない。救出を試みているが、あそこまで行くことが出来ない」
二階建てのレストラン。
火元はキッチンか?
二階が損傷してるようには見えないし、まだ間に合う。
「行ってくる」
レティシアが俺の腕を引く。
「危険過ぎる」
「危険な方法は取らない」
あっちから登ろう。
隣の家の二階のバルコニーに向かって風のロープを放って、バルコニーに登って。更に、風の魔法の補助を使って屋根に乗る。
『気を付けてねぇ』
『魔法で消せば良いんじゃないの?』
『やめておけ。エルの魔法は強過ぎる』
「わかってるよ」
どこまで火が回ってるか解らない状況でそんなことしたら、家が崩れるのは明白だ。
屋根の上に乗る時も気を付けないと。骨組みが生きてるなら、あの辺は大丈夫なはず。
風の魔法の補助を使って、燃える家の屋根に乗る。
案外、安定してるな。これなら、さっきの窓にも楽に近づけそうだ。
屋根を伝って、猫が顔を見せた窓の近くまで行って、屋根のへりを掴んで風の魔法で二階の窓に入る。
煙が酷い。
袖で鼻と口を塞ぎながら、周囲を見る。
猫の鳴き声が聞こえる。
『こっちだ』
メラニーが教えてくれた方に行くと、床に猫が居た。
良かった。無事だ。
猫を抱えて窓から外に出て、風の魔法を使って着地する。呼吸を整えていると、猫が腕の中から飛び出した。
「あ、」
走り寄って来た子供の方に行ったみたいだ。その横には母親らしき女性が付き添ってる。
「良かったぁ……。お兄ちゃん、ありがとう」
「すみません。一般の方にこんなことを」
「俺は魔法部隊の一員だ」
「え?……そうでしたか」
立ち上がって、服の埃を払う。
「危険だから離れていてくれ」
「はい」
猫を抱きしめた子供と母親が歩いて行く。
「エルロック」
誰かが俺の頭を小突く。
昔から居る古株の隊員だ。
「隊員の活動をするなら制服ぐらい着ろ」
「うるさいな。どうせ俺は火消し要因にはならないだろ」
「救助作業には関われるじゃないか」
そうだけど。
「隊長。消火作業、完了しました」
「わかった」
報告を聞いたレティシアが、三番隊の隊員の方へ向かう。
現場の引継ぎに行ったんだろう。
「なんで、一番隊が出てないんだ?」
「イーストストリートの管轄は曖昧だからな。あいつら、俺たちが関わる案件は、いつも三番隊に押し付けてるんだよ」
「そんなに嫌われてるのかよ」
「まぁな。俺たちも嫌われてる連中と組むより、三番隊の方が楽だが」
「集合!」
レティシアが魔法部隊に向かって号令をかける。
「ほら、行くぞ」
「帰る」
「活動に参加するんじゃないのかよ」
「薬品の買い出しの帰りなんだよ。近い内に、顔を出す」
「また、どこかに行く気か?」
「その予定」
カミーユは……。居た。
近くまで来てたらしい。
カミーユの方に走って行く。
「お前、燃えてる家の中に入るなんて、何やってるんだよ」
見てたのか。
カミーユに預けていた荷物を半分持つ。
「煙が酷いぐらいで、そこまで燃え広がってなかった」
「そんなこと言ってぶっ倒れても、誰も助けに行けないんだぞ」
倒れるつもりなんてない。
『心配しなくても、エルはボクが助ける。そういう約束だからね』
『周囲を氷漬けにする気なのぉ?』
『エル一人抱えて安全な場所に運ぶぐらい、今のボクなら簡単に出来るよ』
俺の為に魔力を消費する必要なんてない。
「あれぐらい、自力でどうにか出来るよ。……水の玉だって持ってるし」
水の玉は、水の魔法を込めた玉だ。割れると大量の水が噴き出す仕掛けになっている。
二階の部屋で使っても良かったな。その方が、消火活動も早く終わったかもしれない。
「お前、水の玉のこと、今まで忘れてただろ」
忘れてたけど。
※
カミーユと一緒に家へ。
「おかえり、エル。……いらっしゃい、カミーユ」
「ただいま」
「邪魔するぜ」
「すごい量だね。手伝う?」
「カミーユが居るから平気。リリーは?」
「まだ帰ってないよ」
帰ってないのか。
カミーユと一緒に研究室へ行って、薬品を整理する。
「リリーシアちゃんは、また、マリーに連れ回されてるのか?」
「鍛冶屋で、俺のレイピアを作ってる」
「は?彼女は、お姫様じゃなかったのか?」
本人は、お姫様じゃないって言ってたな。
「ルミエールの弟子なんだ」
「弟子?」
「リリーが持ってる剣は、ルミエールがリリーの為に作った特注品なんだよ」
「まじか。今度、じっくり見せてもらうかな」
「持てるのか?」
「そこまで腕はなまってないぞ」
カミーユは、これでも騎士の家系の出だ。
「だったら、その内、稽古に付き合ってくれ」
「良いぜ。今からやるか?」
「今日は無理」
レイピアもないし、リリーが、いつ帰るかわからない。
「新しいレイピアに剣の稽古なんて。お前、何をするつもりだ?」
「セルメアに行く」
「なんだって?」
だから、魔法を使わないで済むように剣術の稽古を……。
急に、カミーユが俺の肩を掴む。
「お前、馬鹿か?なんで、セルメアなんかに……」
「用があるんだよ」
「……リリーシアの為か?」
「あぁ」
ディーリシアを探しに行く。
「お前、自分がセルメアでなんて呼ばれてるか知らないわけじゃないだろうな」
―セルメアの悪魔。
「わかってるよ」
カミーユの手を振り払って、薬品の整理に戻る。
「入国出来るかどうかすら怪しい国だぞ」
シャルロにも言われたな。
「入国制限の通達なんか受けてない。大陸では、冒険者の往来の自由が保証されてる。魔法使いってばれなきゃ平気だ」
「生きて帰れないかもしれない」
「軍が一般人を攻撃するわけないだろ」
「間接的に手を下す方法なんていくらでもある」
「その手の撃退方法なら慣れてる」
―吸血鬼。
道端で堂々と攻撃されることなんてしょっちゅうだし、要人護衛の依頼だってやってる。
それでもリリーに危険が迫るようなら、冒険者ギルドで護衛を雇っても良い。
「あぁ、本当に。お前は、そういう奴だよ」
もう、行くって決めたから。
「俺も行く」
なんで。
「お前には関係な……」
「一人で行かせられるわけないだろ」
「リリーも一緒だ」
「そんな危ない場所に彼女を連れて行くって?」
俺と行動すれば危険が伴うことぐらい、わかってる。
でも。
「もう離さないって決めたんだ。傍に居たい。何があっても守る」
ただでさえ、すぐに誘拐されたり、戦いに巻き込まれたりするのに。別々に行動するなんて考えられない。
「あ」
この薬。
「ルイスに変なレシピを教えるな」
ピンク色の薬をカミーユに見せる。
まだ、こんなに残ってたのか。
「飲んだのか?」
「こんなもの効くわけないだろ」
「ってことは、上手くいったんだな」
「俺の話、聞いてたか?」
どうやったら、その結論になるんだよ。
「彼女の返事は聞いたのか?」
「聞いたよ。リリーはもう帰らないし、返さない」
必ず自由にする。
「ほら。やっぱり、媚薬が効いたんじゃないか」
「違う」
リリーの気持ちを聞けたのは、その前だ。
「照れんなって」
しつこい。
こんなもの効かないって言ってるのに。蓋を開けて、薬を一気に飲み干す。
「おい、馬鹿、何やって……」
「香水にしか使われないようなハーブに、日常的に摂取してる刺激物を加えただけで、媚薬になるわけ……」
あ……。れ。
ふらついた俺をカミーユが支える。
「原液をそのまま飲む馬鹿がどこに居るんだよ」
原液?
「薄めないと駄目なんだよ。ちゃんとレシピにも書いておいただろ」
そうだっけ……?
体が熱い。視界がぼやける。
「エル」
「はな、せ」
感覚が……。
「馬鹿、大人しくしてろ」
カミーユが俺をソファーに置く。
「相変わらず軽い奴だな」
「うる、さ、」
「調子は?」
「最っ、悪」
激しい動悸と息切れ。呂律も回らないし、視界もぼやけて体も動かせない。
「なんで、お前は、いつもこうなんだよ」
それは、こっちの台詞だ。
『もーぅ。どぉして、こんな奴の薬を飲んじゃうのよぅ』
『作ったのはルイスじゃないの?』
『レシピは、カミーユのよぅ』
こんな症状を引き起こす成分なんて、レシピには書いてなかった。レシピにない成分が入ってる。
「中和剤を作るから待ってろ」
ただの民間療法の詰め合わせじゃなかった。
視界が霞む。呼吸が落ち着かない。くらくらする。熱い。
『エル、大丈夫?』
大丈夫じゃない。
薬効が強過ぎて動けない。
「起きれるか?」
起こして。
「ほら」
カミーユが持ってるビーカーに口を付ける。
味も良くわからないし、一口飲み込むのにも苦労する。
「学習しない奴だな。少しは警戒しろよ」
カミーユを睨む。
また、怪しいものでも混ぜたっていうのか。
「ちゃんとした中和剤だ。全部飲めよ」
中和剤の作り方は簡単らしい。こんな症状を引き起こすのは……?だめだ。ハーブの組み合わせが複雑で思いつかない。でも、何か知ってる気がするんだよな。この感覚。カミーユが作ったやつだからか?
ようやく飲み終わった。
「後は、水分をたくさん摂れ」
無理。だるいし、眠い。
カミーユが俺の顔をタオルで拭く。
病人にでもなった気分だ。
中身を知ってたら一気飲みなんてしなかったのに。
レシピに材料が書いてなかったのは、まだルイスが扱えない薬品だったからだろう。必要な量だけレシピと共に用意して渡したってところか。
「大分、落ち着いてきたか」
確かに。鼓動も呼吸も落ち着いてきたし、急性の症状は過ぎた。
「もう少し休んでろ」
カミーユが俺を寝かせて、ブランケットをかける。
体が重い。動けそうにない。
「片付け、終わってないのに」
「俺がやっておく」
眠い……。
「プラチナ鉱石は片付けなくて良い」
「了解」
リリーがまだ使うかもしれない。
『エル、大丈夫なの?』
『大丈夫よぅ。カミーユの馬鹿が作った薬だからぁ』
『何それ。こいつ、信用出来るの?』
「ん……」
『信用して良い』
『カミーユは、エルの声を治療しているからな』
『声?』
『エルは、喋れない時期があったんだよー』
『えっ?そうなの?』
あの日からずっと声も出なかったし、耳も聞こえなかった。ラングリオンに来る頃には音を聞けるようになってたけど、声は出ないままだった。でも、カミーユが俺の声を取り戻す薬を研究して、完成させた。
『あたしはぁ、知らないけどぉ』
『そんなに昔の話なの?』
『メラニーだって知らないわよぅ』
『私と契約したのも、喋れるようになった後だ』
『あ、そうだよね』
『エルが小さい頃のことを知ってるのはぁ、ジオだけねぇ』
ジオは、俺が砂漠に居た頃からの友達だ。砂漠で再会した時に契約した。
『バニラは?』
『私が知っているのは、ラングリオンに来た後の話だ』
バニラはフラーダリーと共に、ずっと俺を見守ってくれていたから。養成所時代のことには詳しいだろう。
かなり楽になってきた。
このまま少し寝よう。
※
ひんやりとした冷たい空気に包まれる。
ここは……?
幻術にかかった時のように周囲が白い霧に包まれている。なら、その内、俺を騙すような何か現れるんだろう。
警戒していると、目の前に丸い球体が現れた。
どこかで見たような……。そうだ。グラシアルの城下街で見た球体に似てるんだ。足元まで白い霧で覆われているせいで、浮いてるのかどうかまでは確認できない。
あれ?球体の中に何か居る?
その姿は……。
「リリー?」
なんで。
思わず近づいて、球体に触れる。
冷たい。
これは、氷?
「リリー」
氷の中のリリーが、俺を見上げる。
……うつろな瞳。
早く助けないと。
ここから出さないと。
叩いても全然壊れそうにない。
炎の魔法を使おうとしても、魔法が使えない。
なんで。
なんで、こんな時に限って、何も出来ないんだ。
「リリー」
一体、どうしたら……。
氷の中のリリーが口を動かす。
「契約を果たせ」
契約?
「契約って、何の……」
「お前が交わした契約だ」
俺の契約……?
「エルロック。待っている」
違う。
リリーじゃない。
「お前、誰だ」
氷の中のリリーが笑って、その姿が揺らぐ。
「私の元へ来い」
まさか……。




