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072 鍛冶の腕

 家を出ると、店先に子供たちが居た。

「今日は、菓子はないぞ」

「えー」

「ないのー?」

 子供たちが口をそろえて不平を言う。

「昨日、渡したので全部だって言っただろ。今日はリリーも体調が悪いし、菓子を作る予定はない」

「リリー、病気なの?」

「大丈夫?」

「心配しなくても、寝てれば良くなる」

「そっかー」

「おだいじにね」

「伝えておくよ」

 子供たちが走って行く。元気そうで何よりだ。

 アラシッドの工房に行こう。詳しい場所は知らないけど、家の近くにあるはずだ。歩いていれば見つかるだろう。

 職人通りは、鍛冶に木工、大工に細工屋といった職人たちが店を構える通りだ。俺が薬屋をはじめた店だって、元は何かの工房だったらしい。

 ……あった。

 思ったより近かったな。ここならリリーも通いやすい。

 

 鍛冶屋の中へ。

「アラシッド」

「なんだ。エルロックか。嬢ちゃんはどうしたんだ?」

「体調を崩したから、今日は休ませる」

「なんだって?大丈夫なのか?」

「あぁ。心配は要らない。明日には良くなってるんじゃないか」

「なら、良いが」

 作業台の脇に、レイピアが置いてある。

「これが、リリーが作った奴?」

「試作品だ。まだ磨いてすらいないぞ」

 材質はシルバーか。

 刀身の長さも形状も、前に俺が使ってたのと同じ。完璧だ。

 ただ、これじゃ、重い。

「お前が持つのか?」

「そうだよ」

 軽くレイピアを振ってみる。

 ……悪くない。

「じゃあ、子供たちが持ってきたレイピアも、お前のだったのか」

「そうだよ」

「何をやって、あんな粉々になったんだ」

「リリーに壊されたんだ」

「嬢ちゃんに?」

「リリーは、手練れの剣士だからな」

 良い剣だ。これだけでも、磨けば、すぐに店先に並びそうな出来だな。

 シルバー製だし、ヒルトの装飾に拘れば、飾りとしても喜ばれるかもしれない。

「なんで、ここの職人でもなんでもないリリーに鍛冶の道具を貸すことにしたんだ?」

「あの子は、ルミエールの弟子なんだろ?」

 そういえば、リリーの師匠はルミエールだったっけ。

「良く、弟子だってわかったな」

「あの大剣はルミエールの作品で間違いないからな」

「鑑定できるのか?」

 リリーの為に作られた特別な作品なのに。

「わかるさ。ルミエールの特徴をすべて備えた良い剣だ」

 特徴か。わかる奴にはわかるらしい。

「あの子は、知識も学ぶ意欲も十分ある。鍛冶に必要な力も根気もある。良い職人になるぞ」

「何言ってるんだ。リリーは鍛冶屋になんかならないぞ。剣士として、剣の製法に興味があっただけだ」

 自分の剣を作りたいって。

「それで、ルミエールに弟子入りしたって?……まさか、お前もルミエールの居場所を知ってるのか?」

 所在も工房の場所も不明なことで有名な三人の名工。ルミエール、リグニス、アルディア。

「どこに居るのかリリーに聞いたのか?」

「聞くわけないだろう」

「だったら、俺にも聞くなよ。教えられることは何もない」

 リリーは簡単に口を滑らせそうだけど。流石に、プレザーブ城の中なんて言わないか。

「重心は、もう少し剣先寄りにしてくれ」

「重心を?レイピアの重心は、普通、手前だろう」

「その方が使いやすいんだ」

 前のレイピアもそうだった。

「わかったよ。伝えておく」

 レイピアを元の場所に戻す。

 シルバーの試作品は重かったけど、完成品は、前と同じ重量にする気だったよな。

「本当に、プラチナ鉱石でレイピアが作れるのか?」

 アラシッドが、にやりと笑う。

「完成を待ちな」

 職人目線でも、可能な算段が付いてるらしい。

「ヒルトは、お前から引き取ったのを参考に作る予定だ」

「使い回せるなら同じので良いのに」

「装飾も拘りたいって話だ」

 どんどん大事になってるな。

「いくらになる?」

「値段が付くようなもんじゃないぜ。持ち込みとはいえ、あれだけ純度の高いプラチナ鉱石を大量に使った武器なんて聞いたことが無いからな」

「俺は、そんなにすごいのじゃなくても良いんだけど」

 武器なんて、そんなに使わない。

「上等な作品だぜ。うちの工房に入ってくれるって言うならタダでも良いんだがな」

「は?……冗談じゃない。完成したレイピアは俺が必ず買い取る。リリーを鍛冶屋になんてしないからな」

 工房に居た職人たちが笑う。

「子供たちが言ってたぜ。取られたくないなら、さっさと結婚でもしたらどうだ」

「うるさいな」

 からかいやがって。

 

 ※

 

 鍛冶屋を出る。

『あ、熱かったわ……』

 鍛冶屋の熱さは、雪の精霊には辛いだろう。

 イリスはどうしてたんだ?今朝までずっと、リリーに姿を見られないようにしてたはずなのに?

 

 家に戻る途中で、ボロいフードを被った男が近づいて来た。

『フリンだな』

 調査結果の報告か。通りから曲がって日陰に入る。

「エルロック。お前、なんでこの女を調べてるんだ?」

「なんで、理由を話す必要があるんだよ」

「悪いが、俺が調べられたのはここまでだ。これ以上は、手を引かせてくれ」

 メモを受け取る。

 簡易地図だ。セルメアのバールディバ山脈に印が付いてる。

「現在の居場所か?」

「生死の確認は出来てない。情報が国の管理下にある」

「国って、セルメアの?」

「あぁ。何をしでかした奴か知らないが、生きていても軟禁状態にあると考えて良い」

「なんで?ただの傭兵のはずだろ?」

「それは、こっちが聞きてーよ。国境戦争に参加してたのは事実だ。でも、その後の足取りは不明。現在の状況がこれだ」

 国境戦争後に、そのまま国に拘束された可能性が高いってことか?

 かなり危ないルートを使って調べてくれたらしい。

 銀貨を三枚出して、渡す。

「これ以上は何も調べられないぞ」

「充分だ。俺が調べてたって話は他言しないでくれ」

「わかったよ。あいつにも何か奢っておく」

 ギルドに居た、ディーリシアに直接会ったことがある奴か。

「頼むよ」

 ディーリシアは、一体、セルメアで何をしたんだ?ディラッシュで聞いた話では、清廉潔白な傭兵の印象しかない。それが、国を敵に回すような事態を引き起こしてるなんて。まさか、そのせいで帰還できない?

「暇なら、ちょっと顔貸せ」

 早く帰りたいのに。

「何の用だ」

「慈善活動ってやつだ」

「慈善活動?お前が?」

「良いから、着いてこい」

「どこに行くんだよ」

「アリス礼拝堂だ」

 礼拝堂。

 本当に慈善活動っぽいな。

『行くのか?』

 リリーが心配だけど、何故、俺に声をかけたのか気になる。

 歩き出したフリンに付いて行く。

「施療院って知ってるか?」

「施療院?……貧困者向けの医療施設のことか?」

「あぁ。最近、礼拝堂にできたんだ」

 知らなかった。

 礼拝堂は市民活動を支援する為の色んな設備が備わってるけど、医療設備は充実していなかったはずだ。

「昔、養成所の貴族がエンドで慈善活動をやってから、この辺にも薬が出回るようになったんだが……。まぁ、ギルドでは粗悪な奴も回してるからよ」

「薬屋でもないのに薬を扱ってるのか」

「うちは何でも買い取ってやるし、欲しいやつには何でも売ってやるんだ」

 盗賊ギルドの流通に乗るものなんて、そんなものか。

「で、そんなことやってるから、まともな医者や薬屋は、ただでさえ金のないエンドの連中を相手にしなくなったってわけだ。お前も、この辺で商売やってんなら知ってんだろ?」

 俺がエンドに店を構えたばかりの頃、そういった訴えを良く聞いた。貧困者は医者に相手にしてもらえないのだと。

 理由は、高額な医療費を支払えないだけじゃない。

 エンドの人間にとって、高価な薬は自分で使うものではなく金に換えるものだ。医者や薬屋が、善意で医療や薬を安価に提供したとしても、治療方針にも従わず薬も転売されると知れば関わりを諦めるしかなかったんだろう。

「盗賊ギルドが違法な薬の売買を行う限り、貧困者向けの施療院ができても根本的な解決にはなってないんじゃないのか」

「施療院では基本的に薬を渡さない。せいぜい一晩分の薬だけだ。薬が欲しけりゃ、入院するか毎日通えって方針だ」

「良い案だな。転売対策としては充分じゃないか」

 毎日、症状の観察ができるし、薬も必要最低限の処方で無駄にならない。

「でも、毎日、通えなんて横暴だろ。そんな暇人ばかりじゃないんだ」

「病人なら大人しくしてれば良い」

「そんなわけにはいかねぇだろ。働かざる者食うべからずだ。だいたい、お前の薬は、うちのギルドじゃ売れないだろ?売れない薬なら、たくさん出せるんじゃないのか」

「俺の薬が転売不可能なのは、個別の症状に合わせて作ってるからだ。それに、俺の薬は値段相応で買わせてる。転売しても儲けなんてでない上、本人以外に使っても無意味な薬なんだよ」

「じゃあ、あれはお前にしかできない芸当なのか」

 できないってわけじゃないけど、個別の処方は錬金術師の腕次第だ。そもそも、転売可能な薬は、安全性と販売価格が決まっている薬学図鑑のレシピで作られたものを指す。

「つまり、お前は俺に、転売不可能な薬の作成方法を施療院に教えて欲しいってことか?」

「そうだよ。できるか?」

「さぁな」

 案はある。

 

 ※

 

 アリス礼拝堂。

 入ってすぐの場所には天井の高い祈りのホールがある。結婚式や葬儀といったイベントを行える場所だけど、何もない今日も人が集まって談笑している。市民活動の拠点として誰でも利用可能な施設だ。

 正面にあるステンドグラスからは光がふりそそぎ、遠くからピアノと合唱の声が聞こえる。キャロルが参加してるシルヴァンドル合唱団の練習かな。歌声は、ホール右手から聞こえる。

「こっちだ」

 施療院は、ホールの左手にあるらしい。

 ホールの外周には廊下があり、右手側の廊下沿いには台所や子供を預かる部屋などが、左手には市民が利用できる活動室が並んでいて、左右の廊下はホールの裏手で繋がっている。

「ここだ」

 施療院は、左手の廊下の一番奥に設置されていた。廊下を真っ直ぐ進めば、礼拝堂裏手にある生活困窮者向けの居住施設へと繋がっているから、そちらの管理も兼ねているんだろう。

「この時間は医者が居るから、頼んだぜ」

「ん。わかった」

 ノックをして、施療院の中へ。


 施療院は活動室を加工して作った場所で、そこまでの広さはないものの、必要最低限の設備は整っているようだった。

 また、施療院の医者は専任ではなく、研究所や地域の医者が交代で回しているらしい。申し送りをスムーズに行う為、個人が調合した薬の処方はせず、薬学図鑑に掲載されているレシピで対応するルールにしているという話だ。まぁ、順当だろう。

 だから。

「……っていう方法で対応したらどうだ?」

「確かに、それなら可能かもしれません。他と共有してみます」

「あぁ。頼む」

 当番の医者に簡単な方法を伝えて部屋を出ると、フリンが待っていた。

「上手くいったのか?」

「どうだろうな。他の医者と相談待ちだ」

「すぐに変わるわけじゃないのか」

「俺のレシピは難しいんだよ」

『レシピ?』

「そうなのか」

 盗賊ギルドが薬の転売なんかしなければこんなことにはならないのに。……いや。盗賊ギルドが関わらなくても、転売する可能性はあるか。

「じゃあな」

「あぁ」

 フリンが足早に去っていく。

『エルって、薬の作り方を教えたわけじゃないわよね?』

『そうねぇ。でもぉ、良い方法だと思うわよぉ』

 加水して薬品名を変更しろって指示しかしてないからな。

 薬学図鑑のレシピは厳格で、加水すると図鑑のレシピの薬として販売不可能になる。加水すると薬効が著しく変わるものはともかく、処方後数日以内に消費するという条件なら、大抵の薬に使える方法だろう。飲む時の量が通常より増えるものの、こんなの誤差の範囲だ。仮に中身を知ったところで、元の量に戻そうと知識のない奴が安易に加熱すれば薬効が変化し使い物にならなくなるのは目に見えてるし、そもそも面倒な処理が必要になって元は取れない。

 薬品名を変更して施療院だけで出回る安価な薬という位置づけにすれば、簡単にできる転売対策の完成だ。

 ……あ。本屋だ。

『帰らないのか?』

「地図を探す」

 フリンからもらった地図をセルメアの詳細な地図と比較しなきゃいけない。

 たぶん、オートクレール地方から入るのが良さそうなんだけど、セルメアの地理には詳しくない。

『リリー、大丈夫かしら』

 エイダが一緒だから大丈夫だとは思うけど……。

 ないな。

 この本屋にはセルメアの地図は置いてない。何軒か回って、昼までには帰ろう。



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