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071 合成魔法

 あたたかい日差しと鳥のさえずり。

 もう朝だってわかってるのに、まだ目覚めたくない。温もりを抱きしめて、長い黒髪にキスをする。幸せ。

『おはよう。エル』

「おはよう」

「おはよう……」

 腕の中から、寝ぼけた声が上がる。

『おはよう。リリー、エル』

 イリス?

 珍しいな。いつもリリーの中に居るはずなのに、今日は少し遠くから声が聞こえる。

「え?」

 リリーが急に飛び起きた。

 何かあった?

「どうし……」

 なんだ?魔力の気配を感じる。

 急いで体を起こしてリリーを抱き寄せると、ひんやりした空気と共に、人の姿をした精霊が現れた。

「イリス……?」

「イリスなの?」

『そうだよ』

 雰囲気はイリスのままだ。顔つきに面影がある。

『ボクは充分な魔力で満たされた。これで、リリーはいつでも城に帰れるよ』

 良かった。条件は満たした。

「私、帰らないよ」

『本当に?』

「うん。エルと一緒に居るって決めたの」

『そっか。もう迷わないでよ』

「迷わないよ」

「良かった。エル。リリーを頼んだよ」

「あぁ。ありがとう、イリス」

 俺の為に顕現してくれて。

 イリスが顕現を解く。

 呪いは解けた。

 女王の娘の修行の目的も果たした。

 後は、リリーの帰還の期限までに、誓約を破棄する方法を探すだけ。

 答えを見つけられないまま三年が過ぎればリリーは帰還しなければいけない。けど、帰還してしまえばもう会えない。何より、女王に選ばれればリリーがどうなるかわからない。選ばれた者は誰も帰って来てないんだ。リリーを城に返すわけにはいかない。何としてでも帰らずに済む方法を探さないと。

 俺の胸に体を寄せたリリーを抱きしめて、顔を上げてキスをする。

「本当に、奪ってないんだよね?」

 そんな不安そうな顔、しないで。

「キスして。リリー」

 昨日みたいに。

 ……してくれた。

「大丈夫?」

「もっとしないとわからない」

 膨らんだ頬にキスをして、もう一度、目を閉じてキスを交わす。

 嬉しい。

「愛してる」

 どれだけ伝えても足りない。

「愛してる」

 想いを受け取って。

「夢みたい……」

「夢じゃないよ」

 何度でも確かめて。

「リリーは俺の恋人だ」

「エルは、私の恋人……」

 幸せ。

 もっと熱いキスをして。溶けてしまいそうなほど熱い……。

 熱い?

 あれ?ちょっと、待て。

「リリー」

「うん……?」

 リリーの体が熱い。

 額と額を合わせて、顔や首に触れる。

「調子は?」

「調子……?」

 顔が赤くて、ぼんやりしてる。明らかな発熱症状だ。

「ごめん、リリー。無理させて」

 見た目には発熱以外の症状はなさそうだ。思い当たる原因はないし、感染症にも見えないし、苦しんでいるわけでもない。ひとまず薬は使わずに様子見か。

 リリーをベッドに寝かせて、布団をかける。

「私、起きるよ?」

 起き上がろうとしたリリーを止めて、ベッドに寝かせる。

「休んでて。朝食を持ってくる」

 紋章を首にかけて、クローゼットを開いて着替える。

 キャロルが作ったスープと、紅茶を淹れてこよう。

「眠かったら寝てて良いよ」

「……うん」

 

 ※

 

「おはよう、エル」

「おはよう。ルイス、キャロル」

「おはよう。早起きだね」

 そんなに早い時間だったか。

 ポットに水を入れて、お湯を沸かす。

「リリーシアは?」

「熱があるみたいだから寝かせてる」

「熱?」

「やっぱり?昨日、なんだか調子が悪そうだったわよね」

「昨日から?」

 全然、気付かなかった。

「ジンジャミエルを作っておいたのよ。紅茶にも合うと思うわ」

「助かるよ」

 体が温まるし風邪に効く。確か、リリーはジンジャが好きだって言ってたはずだ。

「私も家に居た方が良い?」

「俺が看病するから大丈夫」

「そう。じゃあ、支度してくるわ」

 そう言って、キャロルが台所から出ていく。

「薬の副作用かな……」

 昨日のピンクの薬のことか?

「心配しなくても、リリーは飲んでないぞ」

「飲んだんだよ」

「は?いつ?」

「渡した時。一口ぐらいなら平気かなって」

 何やってるんだ。

「良くわかりもしない薬を人に盛るな」

「だって……。じれったいから」

「じれったい?」

「媚薬があれば少しは進展するかなっ……、いたっ」

 額を指で弾くと、ルイスがおでこを抑える。

「馬鹿なことするな。レシピは?」

「……はい」

 ルイスが出したレシピを見る。

 アンブレット、ジャスミン、イランイラン、カカオ、コーヒー、ミエル……。

 なんだこれ。

「古典的な媚薬だな。これが原因で発熱するとは考えられない」

「良かった」

 っていうか。

「現代の錬金術では、催淫剤として使われないものばかりだぞ」

「そうなの?」

『現代、ではねぇ』

「民間療法の名残として、現代でも残ってるものはある。新婚夫婦が蜂蜜酒を飲む習慣なんかがそうだ」

「精力剤になるんだっけ」

「そうだよ。でも、現代の錬金術における媚薬は、性機能障害の解消を目的として作られる薬だ。目指す効能は男女で異なる。……それに、ここに書かれてるのは日常的に摂取してるような香りや食品。今更、こんなもので特別な刺激を受けるわけないだろ」

「そうなの?せっかく、カミーユが教えてくれたレシピなのに」

 カミーユの奴……。

 

 ※

 

 温めたスープとパン、紅茶とジンジャミエルを持って、部屋に戻る。

「リリー」

「……エル」

 起きてたらしい。

 サイドテーブルにスープと紅茶を置くと、リリーが起き上がった。

「キャロルがジンジャミエルを作ってくれたんだ」

「ジンジャミエル?」

 グラシアルで言うと……。

「生姜と蜂蜜のジャム。風邪に効くんだ。紅茶に入れて飲んだら良いよ」

 カップに紅茶とジンジャミエルを入れて、リリーに渡す。

「ありがとう」

 相変わらず、顔は赤いままだ。冷やすものでも持ってくれば良かった。

「口を開けて」

 スプーンですくったスープをリリーの口に運ぶ。

「一人で食べられるよ?」

「病人なんだから、無理しないで」

 リリーが、俺の持っていたスープ皿を取る。

「もう大丈夫だよ。食べたら、鍛冶屋さんに行ってくる」

「何言ってるんだ。今日は、ゆっくり休んでろ」

「でも、行くって約束したから」

「今日は休むって俺が伝えてくる」

 力仕事が出来るような状態じゃない。

 汗もかいてるな。クローゼットへ行ってタオルを数枚出す。

『いい加減、意地張ってないで、言うこと聞きなよ』

「……はい」

 返事はしてくれたけど、元気になったら、すぐに出かけるって言い出しそうだ。

 早く連絡してこよう。

「エイダ。アラシッドの所に行ってくるから、リリーの傍に居てくれ」

『わかりました』

 いや。それだけじゃだめだ。

「リリーが勝手に出歩こうとしたら、力尽くで止めて構わない」

『力尽くですか?』

「そんなことしないよ」

 本当に?

「いつも大人しくしてられないのは誰だよ」

「え?」

『エルの言う通りだと思うよ』

 リリーが頬を膨らませる。

 いつもより膨らんでない気がする。

 早く元気になって。

 

 ※

 

 紅茶とジンジャミエルだけ残して、他の皿を持って一階に戻る。

 ルイスとキャロルは、もう出かけたらしい。

 シャワーを浴びて、ついでに使ったタオルを洗って。残りのスープとパンで軽く朝食を済ませる。

 二階は静かだよな。

『リリーが心配なのぉ?』

「目を離すと、すぐに消えるからな」

 この前も魔法部隊の呼び出しに一人で行ってしまったし。本当に、大人しくしていられない。

 ちゃんと寝たかどうか確かめてから出かけた方が良いか?

『ふふふ。そんなエルにぃ、朗報でぇす』

「朗報?」

『あたしとぉ、ジオでぇ、ぴったりの合成魔法を作ったのよぅ』

「合成?……真空と風の魔法で?」

『そうだよー』

 そんなの不可能だ。真空と大気は、対になる関係で相反する魔法。合成しようとしても打ち消し合う関係だ。

『ほらぁ。アリシアがぁ、エルを捕まえたやつぅ』

「アリシアが使ってた、切れない風のロープのことか?」

『正解ぃ』

『あれ、風の魔法だけじゃなかったからさー』

 風の魔法で作ったロープだと思ってたのに、真空の魔法じゃ相殺出来なかったんだよな。

『あれぇ、真空の力を感じたのよねぇ。だからぁ、ジオとぉ、遊んでみたのぉ』

「遊んだって……。本当に、反属性同士を組み合わせることなんて可能なのか?」

『やってみてー』

『手伝ってあげるわぁ』

 本当に?

『まずは、オイラの力だよー。エルがいつも作ってる風のロープの、細い奴をいーっぱい作るんだよー』

 細いって……。

 これぐらいか?

『いい感じだねー』

『次はぁ、あたしがそれを吸収しまぁす』

「消えるだろ」

『ふふふ。加減してねぇ?』

 説明になってない。

 駄目だ。消える。

『オイラとユールの力を同じにするんだよー』

 もう一度……。

『上手くいけばぁ、リリーも掴めるかもしれないわよぅ』

「なんで?」

『エル。合成魔法の基本はぁ?』

「合成魔法は、ベースとなる魔法に他の魔法を足すことで作れる魔法だ。だから、基本的に合成魔法の属性はベースとなる魔法に依存する」

 たとえば、炎の魔法に風の魔法を加えて炎の竜巻を作れば、それは炎と風の合成魔法で、炎属性の魔法になる。

 ただ、この時、炎の力が弱ければ炎が消えて風の竜巻になる。これは、合成魔法ではなく、ただの風属性の魔法だ。

 属性同士には相性があって、合成魔法として上手くいくベースや組み合わせはある程度限られる。

『じゃあ、あたしたちの力で作るのはぁ?』

「風がベースじゃないのか?」

『違うよー』

『同じにするのよぅ』

 同じ?

 反属性同士を足せば、相殺されるのに?

 細かく作った風の魔法のロープに、同じだけの真空の魔法を重ねていく。

 あぁ、わかってきた。目の前で、風の魔法と真空の魔法が絡み合って編み上がっていく。でも、全く同じ力で作ったものならベースの属性はない。つまり……?

「まさか、無属性?」

『正解でぇす』

 完成した。安定的に存在する真空と風の魔法を合成した無属性のロープ。

 こんなことが出来るなんて……。

 集中が途切れて、ロープが霧散する。

『ふふふ。練習してねぇ』

『頑張ってー』

「ん」

 もう一度、同じように……。

 難しいな。

 そもそも、無属性とは、すでに自然に存在している不変なものを指す言葉だ。

 人間が触れることの出来るものすべて。

 その意味は広く、大地の魔法で作られた自然の岩や、自然現象として残る雪など、魔法で生み出された物理的なものも含まれる。要は、相手の魔力に働きかけないものだ。

 風のロープではリリーを掴めなかったけど、魔力に干渉しない無属性のロープなら、リリーを掴める……?

 出来た。

『おー』

『良い感じねぇ』

 感覚は掴んだ。後で、リリーに試してみよう。

 二階を見上げる。

『心配なのか』

「あぁ」

『病は魔法ではどうにもならないからな』

 光の魔法でも、水の魔法でも、大地の魔法でも、どうにもならない。

『エルの専門分野だろう』

 そう。人間の知識と知恵の分野。

 もう一度、診ておこう。


 階段を上がって部屋へ行くと、顕現したエイダが口元に指を当てた。静かにベッドに近づいて覗くと、穏やかな寝息をたててリリーが眠っていた。

 良かった。悪い病気ではなさそうだ。

「エイダ、イリス。リリーを頼む」

『はい』

『了解』

「いってきます」

『いってらっしゃい』

『いってらっしゃい』



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