068 休日の薬屋
天井付近にある南の窓から朝日が差し込む。
静かな朝だ。
あぁ。今日は休みだっけ。ルイスは図書館、キャロルは礼拝堂に朝から出かけてるはずだ。
腕の中に居るリリーの髪を撫でると、俺にしがみついていたリリーが胸に顔を擦り付けた。このまま二度寝しても良いかもしれない。特に急ぐ用事もなかったはず……。
うとうとしていると、リリーが動いた。
起きた?
リリーの頬にキスをすると、リリーが、くすぐったそうに笑う。
それから、リリーが俺を引き寄せて俺の頬にキスをした。
夢でも見てるみたいだ。
こんな、恋人みたいなこと。
抱きしめて、頬を寄せる。
幸せ。
一日中、こうしていたい。
「エル?」
目が覚めたらしい。
「おはよう、リリー」
リリーの顔を上げて、唇にキスをする。
目を開くと、目の前に膨らんだ頬が見えた。
可愛い。
「おはよう、エル」
※
昨日の残りのスープとパンで朝食を済ませると、リリーはエイダと一緒に鍛冶屋探しに出かけてしまった。
開店準備を整えて、店を開ける。
「おっそーい」
「待ってたんだから」
「昨日のお菓子、頂戴」
昨日の子供たちだ。朝っぱらから賑やかだな。
扉についている準備中の札を、ひっくり返して開店にする。
「うちは菓子屋じゃないぞ」
「リリーが、まだ家にあるって」
早起きの子供たちに絡まれたのは俺だけじゃなかったらしい。
「わかったよ。見てくる」
家に戻って台所を探すと、ラッピングされたタルトがまだ置いてあった。
キャロルはもう持って行ってるし、これは余りなんだろう。四つだけ残して配るか。タルトをバスケットにまとめて、店の外に出る。
「あったよ」
バスケットを見せると、子供たちが歓声を上げる。
「言っておくけど、タダじゃやらないぞ」
「えー」
「次は何だよ」
「銅貨三枚と交換だ」
「金取るのか?」
「ケチ!」
「そんなに持ってるわけないだろ」
「ないなら稼いで来い。但し、俺が説教しない方法でだ」
「えー」
「売るものなんて持ってないよ」
「だから、これは先にやる。誰かに高く売りつけて余りを食べても良いし、別の方法を考えても良い。今日中にバスケットと銅貨三枚を俺に返してくれ。……出来るか?」
「余裕だね」
「わかった」
バスケットを持った子供たちが走っていく。
『私、見てくるわ』
『あたしもぉ』
『オイラも行くー』
ちゃんと稼いで来れるかな。
あの出来なら、一個あたり銅貨一枚で売れるはずだ。上手く交渉すれば、もっと価格を釣り上げられるかもしれない。残りを自分たちで分ければ手っ取り早いだろう。
けど。どんな方法を使うか楽しみだ。
今日も外で読書しながら待とうかな。どうせ、客なんて来ないだろう。
しばらくして、子供の泣き声が聞こえてきた。
兄弟か?泣いている小さな子の手を、年上の子供が引いて歩いてる。
「どうしたんだ?」
「転んじゃったの」
「見せてみな」
小さい方の子供が膝を見せる。転んで擦りむいたらしい。
使ってみるか。怪我した場所に向かって、大地の癒しの魔法を使う。
「わぁ……」
傷口が綺麗に塞がった。
『そこまで力む必要はない。芽吹く程度の魔力で充分だ』
加減が難しいな。
「今の、魔法?」
「薬屋の癖に魔法使えるの?」
薬屋の癖にって、どういう意味だ。
「精霊の力を借りたんだよ。ほら、もう大丈夫だろ?」
「うん。ありがとう」
「ありがとう、薬屋さん」
子供たちが走っていく。
これが、癒しの魔法。
『まだまだ下手だな』
「悪かったな」
『癒し手が倒れては元も子もない。自分が倒れないように気をつけるんだぞ』
「ん」
もっと練習して、使いこなせるようになろう。
「エルロック。店番なんて珍しいのね」
「暇潰しだよ」
今日は、朝から暇人が多い。
「最近、朝になると鼻水と咳が止まらないのよ」
「最近?いつ頃からだ?」
「そうねぇ……。なんだか、春になると鼻がね」
「季節性のアレルギーか。カルテを確認するから店に来てくれ」
しょっちゅう店に来る客は、病歴や購入歴を記録してある。
客と一緒に店に入って、記録を調べる。
「あぁ、やっぱりそうだ。去年も桜の終わり頃から症状が出てる。この薬が良く効くはずだ」
「あぁ、そうだわ。去年も買ったわね、これ。ついでに、強壮剤も貰える?」
「疲れに効く奴なら、この辺だよ。普段使いなら、これがおすすめ」
「こっちにするわ」
会計をして、商品を包んで渡す。
「ありがとう。また来るわ」
「あぁ。体に気をつけて」
客を送り出すと、すぐに別の客が入って来た。
「いらっしゃい」
「エルロック、娘が昨日から熱を出してるの。良く効く薬をもらえる?」
「発熱だけか?他の症状は?」
「鼻水ね」
「咳は?」
「そんなに出てないけれど……」
「何歳?」
「五歳よ」
カルテを探してみたけど、記録はなさそうだ。新しく作ろう。
子供に出す薬は調整が必要だ。本人を診察していない状態で出せるものも限られる。
「調合するから待っててくれ」
この辺りの客は文字の読み書きが苦手だから、投薬の指示を簡潔にする為、薬を個別に調合することは多い。調合した薬を毎食後一定量ずつ飲むこと、薬を飲んでも症状が改善しない場合は必ず相談に来ることの二点を確実に伝えれば良いからだ。
客と世間話をしながら得た子供の情報を整理しつつ、薬を調合していると、また、扉を開く音が聞こえた。
「エル、居るんだって?うちの婆さんが、足をひねったんだ。良い薬はないか?」
「エルロック。最近、体がだるいんだけど、何かない?」
「咳止め薬が欲しいんだけど、ちょっと相談に乗ってくれない?」
朝から客が多いな。
「順番に聞くから、待っててくれ」
まずは、子供用の薬から。
※
なんで、こんなに混むんだ。
次から次へと来る客の相手をしていたら、いつの間にかリリーが帰ってきてた。俺が相手を出来なかった客の話を聞いてくれてたらしい。
一段落したところで、リリーが店を閉める。
「お疲れ様」
「お疲れ様、エル」
もう昼だ。
「今、昼を作るから待ってて」
手早く作れるもの……。パスタでも作るか。
「薬の補充しておく?」
「出来るのか?」
「うん」
『エルが研究室に居る間ずっと、ルイスから教わってたからね』
「なら、頼むよ。ランチが出来たら呼ぶ」
「わかった」
※
「美味しい」
ガーリックを効かせた辛さ控えめのペペロンチーノ。具材にベーコンと菜の花も入れてある。
リリーは、何でも美味しそうに食べてくれる。
「鍛冶屋は見つかったのか?」
「うん」
『アラシッドの店に頼んだんです』
「親切な職人さんばかりだったよ。師匠から聞いてたのと違う技法も色々教わったんだ」
「午後も行くのか?」
「うん。もう少し色々教わってから、合金の試作をしてみる」
順調らしい。
「怪我には気をつけて」
「大丈夫。サンドリヨンが付いててくれるから」
『任せて下さい』
エイダは、顕現してリリーに付き添ってたのか。
「お店、手伝わなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ」
急ぎの客は、もう居ないだろうし。混むことはないだろう。
「欠品しそうなのがあったら教えて。気がついたら、研究室のボードに書いてくれても良い」
「えっと……。強壮剤の減りが早かった気がする」
「あぁ。一緒に買ってく客が多いからな」
暇を見て作っておくか。
「エルって、頼りにされてるんだね」
「この辺の薬屋は、うちぐらいだからな」
高額な商品を取り扱う薬屋は、基本的に貧困者を相手にしないらしい。荒事も多く衛生環境の悪いエンドには、薬や治療が必要なのに。
ここに店を構えてからは、この辺の衛生環境も幾分かましになったように感じる。医療へのアクセスが身近にあるからこそ、知識の周知や予防医療にも繋がる。
「エルのお店って、特別に安くしてたりするの?」
「一般的に売られてる薬は他の店と同じ価格だ。そういう決まりになってるからな」
「そうなんだ」
不当に価格を下げる行為は市場に影響を与えるし、薬に対する評価を下げる。
それに、広くレシピが公開されている薬には決められた価格が存在する。これは、成分と効果、安全を国が保障している証拠だ。
「ただ、うちには一般的な薬屋にはない廉価版をかなり置いてるんだ。風邪薬にしても、総合的に何にでも効く奴は高いからな。症状やリクエストを聞いて、細かく対応してる」
錬金術師が個人的に作ったレシピには、国の保証も決まった価格も存在しない。
すべては、錬金術師の腕次第。だから、安価な成分を配合したり、自分で育てた薬草を使うことで価格は落とすことが可能だ。もちろん、価格を上げることも。
「エルもルイスも、すごいんだね」
「リリーだって、あれだけ美味いタルトを作れるじゃないか。昨日、食べた子供たちが、またねだりに来てたよ」
バスケットを持って行ったきり、まだ帰らないけど。
「あれ、子供たちにやって良かったか?」
「うん。早めに食べないと悪くなっちゃうし」
なら、問題ないな。
「残りは、ルイスとキャロルが帰ってきたら、皆で食べよう」
「うん」
※
鍛冶屋に行くリリーを見送って、また、外に出る。
一日中、心地好い日差しだ。読書もはかどる。
「エルロック」
バスケットを持った子供たちが来た。
「ちゃんと稼いできたぜ」
籠の中には、ちゃんと銅貨が三枚入ってる。
『この子たち、すぐにお菓子を食べちゃったのよ』
「どうやって稼いだんだ?」
「なんでも良いだろ」
「盗みをしたわけじゃないだろうな」
「んなことやってないぞ」
「してないもん」
『そんなことしてないわ。あちこちの店でお手伝いをしてたのよ』
ちゃんと働いて稼いだのか。
「なら、手間賃はやる」
子供たちに蓮貨を三枚ずつ配る。
「やった」
「くれるの?」
「これ、銅貨三枚を崩しただけだよね?」
「リリーが、その菓子はお前たちにやるって言ったから。バスケットが戻ってきたなら、中身はお前たちのだよ」
「そうなのー?」
「そうだよ」
「まぁ、良いや」
「お菓子、もうないの?」
「ないよ。うちは菓子屋じゃないって言っただろ」
「リリー、また作ってくれる?」
「作るんじゃないか?」
菓子作りは好きみたいだから。
「本当?じゃあ、やっぱり、ずっと一緒に暮らすんだ」
「結婚するの?」
「え?いつ?」
「早くしろよ」
「誰かに取られるぜー?」
「うるさいな。お前たちには関係ないことだろ」
子供たちが賑やかに笑う。
「お菓子、また頂戴ね」
「余ってたらやるよ」
「やった」
「じゃあ、またねー」
子供たちが走っていく。
『元気ね』
本当に。




