067 下茹で
日が暮れて来た。
そろそろ店じまいだな。
『お客さん、来なかったわね』
「来ない方が良いだろ。薬屋に来るのなんて、病人か、危ない場所を目指す冒険者ぐらいだ」
外に出していたものを片づけて、店の中に入る。
甘い匂いは収まってる。
戸締りをして、台所へ。
「ただいま」
俺に気付いたリリーが顔を上げる。
焼き上がったタルトのラッピングをしていたらしい。
「おかえりなさい……」
「どうした?」
元気がない。何かあった?
「何でもないよ。大丈夫」
本当に?
「疲れたなら、夕飯まで寝たらどうだ?」
「大丈夫。もうすぐ終わるから」
山のようにある。こんなに焼いてたのか。
「どこかに配るのか?」
「明日、キャロルが合唱団に持って行くんだって」
「あぁ。明日は休みか」
キャロルは、休日にアリス礼拝堂へ行ってシルヴァンドル合唱団の活動に参加している。
ルイスも、休みはいつも図書館に勉強しに行ってるはずだ。
「キャロルは?」
「ちょっと休むって」
「そうか」
空っぽの籠を見たリリーが驚く。
「全部、食べたの?」
「近所の子供たちが美味そうに食べてたよ」
カップとソーサーを出して、洗う。
「エルは?」
「食べたよ」
『そうね。時間かかってたけど』
悪かったな。
「ごめんなさい」
「なんで、謝るんだ?」
「甘いのに、無理させちゃったから」
「無理なんかしてない。食べたいから食べたんだ」
洗い終わった食器を水切りカゴに乗せて、リリーを見る。
「コーヒーに合うよ。そのまま食べるなら、もう少しレモンを効かせた方が好き」
「ありがとう。やってみる」
また作ってくれるらしい。キャロルも喜ぶだろう。
さてと。
「これから夕飯を作るんだ。疲れてないなら、手伝ってくれないか?」
「えっ?私、料理は……」
「菓子作りが得意なんだろ?」
「お菓子は作るけど、得意ってわけじゃないし、その……。包丁は使えないの」
意外だな。
「それで良いよ。ラッピングが終わったら手伝って」
「……はい」
包丁を使わなくても出来そうな料理か。
保冷庫や保存庫を見て、材料を確認する。カミーユが持ってきた野菜が山のようにあるな。キャベツがたくさんあるなら、あれにするか。
鍋にお湯を沸かしながら、道具と材料を出す。
「これは?」
「ミンサー。これを使って、ひき肉を作るんだ」
適当に切った肉を設置して、取っ手を回す。
「わぁ……」
ボールの中に、ミンチにされた肉が落ちていく。
「やってみるか?」
「うん」
リリーが、ミンサーを回す。
「何を作るの?」
「ロールキャベツ」
「えっと……。キャベツに、捏ねたひき肉を包んだ料理だっけ?」
「正解」
ソースは、トマトソースにするかな。玉ねぎを刻む。ついでに、端切れ野菜も刻んで入れよう。お湯が沸いた。芯をくり抜いたキャベツを丸ごと鍋の中へ。
「全部入れるの?」
「あぁ。火の通りを見て、少しずつ剥がしながら茹でるんだ」
春キャベツは柔らかいから、すぐに茹で上がる。
「終わったよ。これを捏ねたら良い?」
「捏ねるのは、塩を入れてから」
ひき肉の中に計量した塩を入れる。
「良いよ」
リリーが、ひき肉を混ぜる。
「こんな感じで良い?」
「あぁ。上手いよ」
手慣れてるな。料理も得意じゃないか。
野菜を切る作業に戻る。トマトソースの下準備もしておこう。そろそろかな。茹で上がったキャベツの外葉を菜箸でめくって剥がす。
「すごいね」
「何が?」
「手際がすごく良いなって」
「ロールキャベツは、毎日のように作ってた時期があるからな」
「こんなに手間のかかる料理なのに?」
「なかなか気に入るレシピにならなくて。色々、試してたんだ」
「そうなんだ」
リリーの手元を見る。良い感じだ。
「リリー。ちょっと止めて」
「え?」
粘り気の出た生地に、刻んだ野菜と調味料を加える。
「全体が混ざったら、八等分に分けておいて」
「わかった」
二人でやると作業が早い。
「他に、食べたいものはあるか?」
「ロールキャベツ以外にも作るの?」
「あぁ」
簡単な副菜を追加しよう。
「クリームチーズが余ってるけど、使える?」
タルトの余りか。合わせるなら……。
「クリームチーズとそら豆のサラダは?」
「わぁ。美味しそう」
決まりだ。
キャベツは、もう良さそうだ。茹で上がったキャベツを水にくぐらせて、広げた葉の芯の部分を薄くそぎ落としていく。
「エル。こんな感じで良い?」
リリーが八等分に丸めた種を見せる。
「良いよ。貸して」
リリーが分けてくれた種をキャベツで包む。
「綺麗」
「リリーもやってみるか?」
「……見てて良い?」
「良いよ」
巻き終わったロールキャベツを鍋に並べ、余ったキャベツを刻んで隙間を埋める。それから、キャベツの茹で汁をひたひたになるぐらいまで入れて、調味料と刻んだトマトを入れる。
「後は、煮込めば完成だ」
「あっという間だね」
リリーが、使い終わった調理器具を洗ってる。
「リリーこそ、慣れてるじゃないか」
「え?」
「料理」
「そんなことないよ」
「台所が常に綺麗に保たれてるのは、手際が良い証拠だよ」
次の作業にも取り掛かりやすい。
「サラダも一緒に作ろう」
「私、包丁、使えないよ?」
「使わなくて良いよ。クリームチーズにレモン汁を入れて練っておいて。それに、茹でたそら豆を加えて……」
後、もう一工夫欲しいな。
「ブラックペッパーを、」
「ブラックペッパーは?」
同じことを考えてたらしい。
台所に笑い声が響く。ただ、一緒に料理してるだけなのに。こんなに楽しいから不思議だ。
※
夜。
研究室でルイスに出した課題のチェックを終えた後、そのままソファーに座って、タルトを食べながら昼間の読書の続きをする。
焼き立ての時より食べやすいな。紅茶にも良く合う。リリーが冷えた方が美味しいって言ってたのは、こういうことなのかもしれない。
扉が開いて、髪を下ろしたリリーが来た。
「まだ、寝ない?」
「もう少し読んだら寝るよ」
「食べても平気?」
「何が?」
「苦手そうだったから」
「夜食に丁度良いよ」
読書の共にも。残りのタルトを口に入れる。甘いけど、少し慣れてきた。
リリーが、部屋の隅から何か持ってくる。
「レイピアの材料を、ルイスとキャロルにお願いして用意してもらったの。使って大丈夫?」
リリーが開けた箱の中に入ってるのは、大量のプラチナ鉱石だ。
上に乗ってる瓶に入ってるのは星屑。こっちは、研究室の棚に置いてあったやつだ。
「このプラチナ鉱石、全部、家にあったのか?」
「うん。二階でキャロルが見つけてくれたの」
「こんなに余ってたのか」
プラチナ鉱石なんて滅多に使わないから、在庫なんて把握していない。使う度に買い足してた結果がこれなんだろう。
「好きなだけ使って良いよ。足りるのか?」
「たぶん、大丈夫。ありがとう」
リリーが箱を片付けに行く。
本当に、プラチナ鉱石なんかで作れるのか?
「他に必要なものは?」
「刀身の材料はこれで作るつもりだけど、ヒルトの装飾は決まってないの。まだ、悩んでて」
「必要なものがあったら言って。プラチナ鉱石も、足りなかったら買ってくる」
「同じ純度の物を?」
「あぁ。研究所に頼めば、大抵のものは用意出来る」
「そうなんだ」
鍛冶屋は鍛冶屋で、武具に向いた素材の仕入れ先を持ってるんだろうけど。一から仕入れ先を探すぐらいなら、研究所に頼んだ方が早いだろう。もしくは、冒険者ギルドに頼むか。
「明日、道具を貸してくれるところを探しに行ってくる」
『なら、私も付いて行きますよ』
「ありがとう。エイダ」
エイダが付いて行くのは構わないけど。
「行く当てはあるのか?」
「ないけど……。この辺の鍛冶屋さんに聞いてみる」
『そうですね』
「もし、場所と道具を借りられなかったら、材料と作り方の希望を伝えて、お願いしてくるよ」
職人が、そう簡単に仕事場を貸してくれるとは思えない。何より、リリーみたいに華奢な体躯の女の子が突然、鍛冶をやらせてくれって言ったところで、冷やかしにしか見えないだろう。
ただ、プラチナ鉱石を使ったレイピアの製法には興味を持つかもしれない。上手く興味を引ければ、借りることも不可能じゃないか。
リリーが小さくくしゃみをする。
「先に寝てて良いよ」
「待ってる」
「風邪ひくぞ」
「一緒に居たいの」
ブランケットをリリーの頭からかけて、引き寄せる。
「キスして良い?」
「えっ?だめだよ」
「なんで?」
「だって、奪っちゃう」
「じゃあ、リリーからキスして」
「えっ。そんなの……」
「呪いが解けるかも」
「え?」
「今まで、リリーからキスして貰ったことはないだろ?」
「でも……」
「試して」
リリーが首を振って俯く。
「好きな相手じゃないと、嫌?」
「そうじゃ、なくって……」
他にも理由がある?
「誰かを好きになるなんて、私は、しちゃいけないの」
呪いがあるから?
制約があるから?
だから、今まで全部諦めてきたって?
「好きだよ。リリー」
俺は、諦めきれない。
「リリーになら、いくら奪われても構わない。キスしても簡単に気を失わないことだって知ってるだろ?それ以外に、出来ない理由があったら言って」
好きだから。
「キスして。リリー」
今朝みたいに。
リリーが欲しい。
「じゃあ、目を閉じて?」
目を閉じて待つと、リリーが俺の肩に手を置いて。ほんの一瞬だけ、柔らかい感触が唇に触れた。
離れようとしたリリーを引き寄せて胸に抱く。たった一瞬なのに、こんなに心臓が高鳴ってる。リリーが俺に触れてくれたことが、ただ嬉しくて。
「やっぱり、こんなのだめだよ」
「なんで?」
「私、酷い事してる。こんなに、いっぱいしてる。エルから魔力を奪うことに抵抗がなくなってるのが怖い」
「ちっとも酷い事なんかじゃないし、何一つ怖がる必要なんてない」
今、どれだけ嬉しいか伝われば良いのに。
「だめ。もっと、自分を大切にして。エルのことを大事に想ってる人も、エルを必要としてる人も、たくさん居るんだよ。こんな危ないこと、しないで」
その中に、リリーが居ないなら意味がない。
「今は、リリーのことしか考えられない」
どれだけ拒否されたとしても、傍に居てくれるなら、なんでもする。
「あのね……。本当は、ずっと一緒に居ることは出来ないの」
「三年以内に帰らなくちゃいけないから?」
「そうじゃなくって……。帰らなかったとしても、三年以上、外に居ることは許して貰えない」
「許してもらえない?強制的に連れ戻されるってことか?」
「わからないの。自分がどうなるのか。でも……。誰も、女王には逆らえない」
グラシアルの誰もが口にする言葉。
震えるリリーの背を撫でる。
何が起こるのか具体的なことは何も伝えられていないのに、恐怖を覚えさせるには十分な関係。城の外ですらそうなんだ。生まれた時からずっと城の中で育ったリリーにとって、女王は絶対的に逆らえない相手なんだ。
「ディーリシアに会いに行こう」
「え?」
「今、居場所を調べてるんだ」
「どうして……?どうして、エルがイーシャのこと知ってるの?」
「帰還しなければどうなるのか知りたいんだ」
発見できれば、女王の娘に何が起こるのかはわかる。どんな内容であろうと、リリーが自由になる方法のヒントだってあるはずだ。
「どうして、エルは、そんなに私のこと知ってるの?私、何も言ってないのに。全然、話してないのに。エルは、どうやって……」
リリーの顔を上げて、唇で口を塞ぐ。
何も言う必要なんてない。
「言っただろ?自由にするって」
約束は必ず守る。
だから、傍に居て。
「私……。私、」
リリーが俺にしがみつく。
泣かないで。




