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薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅱ-ⅳ.Heure dorée
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066 薬屋の依頼

 中央広場にあるレストラン・シエル。

「美味しい」

 上機嫌で海老とアスパラのキッシュを頬張るリリーを眺める。良かった。ようやく機嫌が直った。

 

 イーストストリート沿いの武器屋を片っ端から見て歩いた結果、リリーが納得するレイピアは見つけられなかった。

 俺は手に馴染む物さえ見つかれば良かったんだけど、リリーが駄目だって譲らないから。

 そうこうしている内に昼の鐘が鳴り響き、レイピア探しを諦めてランチの店を探すことになった。シエルは、パッセの店でリリーが気に入ったキッシュを売りにしてる店だ。すぐに入れて良かった。キャロルも待ってるだろうし、食べ終わったらすぐに帰ろう。

 買い物ができなかったから、下取りに出す予定だった折れた剣もそのままだ。この分なら、近所の鍛冶屋に処分してもらった方が早いかもしれない。

 

 食後の紅茶を飲みながら、リリーが息を吐く。

「こんなに大きな都市なのに、置いてないなんて」

「需要がないからな」

 レイピアは装飾品としての価値が重視される為、実用的なものを置いている店がない。あっても、品質の面で劣るものばかりだ。

 レイピア探しを諦めて、俺が扱えそうな片手剣を探す方が手っ取り早いかと思ったけど、それはそれで納得がいかないらしい。……リリーが。

 こうなったら、ローランまで見に行くしかないか?

「やっぱり、作るしかないのかな」

「作る?」

 作るって、まさか。

「リリーが作るのか?レイピアを?」

「うん。重さは同じで良い?」

「重さなんてわかるのか?」

「この前、物置を片付けた時に持ったから大丈夫」

 それだけで把握してるなんて。

 リリーが口元に握り拳を当てて何か呟いてる。

「リリー?」

 俯いたまま、反応がない。

『こうなったら、何も聞こえないよ』

 集中してるらしい。本気で製作を考えてるのか?

 ちらほら聞こえてくる単語は、ミスリル鉱石、プラチナ鉱石、溶岩石……。確かに、どれも武器の素材として挙がるような材料だけど、レイピアの素材には向かないものだ。ミスリル鉱石や溶岩石は頑強だけど重過ぎるし、プラチナ鉱石は柔軟性に富んで軽いものの、細過ぎる刀身への加工には適さない。

『ルミエールがレイピア作ってるところなんて、見たことないだろ』

「そうだけど……。でも、使える技法はあるよ」

 ルミエールが得意なのは、リリーの大剣みたいな重くて大振りな剣と言われている。

 片手で扱える直剣が得意なのはリグニスだ。それだって、レイピアの作品があるかは知らない。

『リリー。エルのレイピアを作るんですか?』

「うん。イメージは出来たよ」

『出来たって。どこで作るんだよ』

「あ」

 そこまで考えてなかったらしい。

『鍛冶屋なら、職人通りにありますよ』

「そっか。お願いしたら借りられる?」

「そう簡単に借りられるわけ……」

『交渉なら、私が手伝います』

「本当?」

「ちょっと待て」

 なんで、作ることが決まってるんだ。

「そんなに使うものじゃないし、わざわざ作る必要なんてない」

「私、作りたい」

 そう言われても。リリーを信頼してないわけじゃないけど、力仕事だし、怪我のリスクもあるし、俺の使用頻度を考えたら割に合わないだろうし、何よりそんな危ないこと……。

「だめ?」

 だから。その顔で、そんなに真っ直ぐ見つめられたら。

「……良いよ」

「やった」

 無理。

『また、折れてるねー』

 こんなの、断れるわけがない。

『楽しみですね』

『流石、炎の精霊だね』

 その昔、人間に鍛冶の技術を与えたのは炎の精霊だと言われている。今でも鍛冶屋が信仰するのは炎の精霊だ。

「デザートは?」

「え?」

「食べないのか?」

「えっと……。今日は、大丈夫」

 珍しいな。運動後だから、お腹がすいてるかと思ったんだけど。

「なら、土産でも……」

「それも、大丈夫」

 なんで?

「調子でも悪いのか?」

「どうして?」

『いつも甘いもの食べてるから、そんなこと言われるんだよ』

 リリーが頬を膨らませる。

 可愛い。

 元気そうだな。

 

 ※

 

 午後。

 店のカウンターに座って、眼鏡をかけて、アリシアから貰った本を開く。

 リリーとキャロルは、台所を立ち入り禁止にして何か始めるらしい。

 ルイスは、昨日出した課題の続きだ。簡単な毒薬と、その解毒剤の精製方法を試す実験。ユールが見てるって言ってたから、そんなに危険はないだろう。

 静かで穏やかな時間だ。

 

 ……と、思ってたのに。

 なんだ、このにおい。胸焼けがする。甘ったるい焼菓子のような匂いが店まで漂ってきた。

 もしかして、秘密って、二人で菓子を作ることだったのか?道理で、シエルでデザートを食べなかったわけだ。

 もう、無理。

『どうしたの?エル』

「外に行く」

『え?どうして?』

 味覚も嗅覚もない精霊には、説明が難しい。本と椅子を持って、店の外に出る。

 

 良い天気だ。

 椅子を置いて、本を開く。

『お店に居なくて良いの?』

「客が来たら店に戻るよ」

 どうせ、そんなに来ないだろう。

「そういえば、今日は出かけないのか?」

『えぇ。一緒に居るわ』

 王都では、皆、居るんだか居ないんだかわからないぐらい自由にしてる。

 特にエイダは、あちこちに顔を出しているから、今だって居るのかわからない。ポラリスのところに行くのはもちろん、いつの間にか俺の知り合いとも親しくなってるし、冒険者ギルドで誰かの仕事を手伝うこともある。……流石に、手伝いを頼まれた時は俺に確認してから出かけるけど。サンドリヨンは俺より有名な冒険者だろう。

 本当に。どこからどう見ても人間なんだよな。

 店の扉が開いて、甘い香りと共にキャロルとリリーが出てきた。

「もう。こんなところで店番?」

 どうせ客なんて来ないだろう。

「二人で何を作ってたんだ?」

「チーズタルトよ。焼き立てを持ってきたの」

 これが、匂いの正体。

 籠の中に、たくさんのチーズタルトが入ってる。

「たぶん、冷やした方が美味しいと思うんだけど……」

「冷やすか?」

『手伝う?』

 雪の魔法なら、急速冷却できる。

「だめだよ。ゆっくり冷やさないと、なじまないから。明日には、丁度良くなってるんじゃないかな」

「えー、明日までお預け?」

 雪の魔法でゆっくり冷やすのは……。難しそうだな。

「焼き立ては焼き立てで美味しいと思うよ」

「じゃあ、味見しましょう。これは、エルにあげるわ」

 キャロルが俺の膝に籠を置く。

 これ、全部?

「いっぱい焼くから、楽しみにしててね」

 そう言って、キャロルが店に入っていった。どれだけ作る気だ。

「あの、きっと、焼きたては甘いと思うから。無理しないでね」

「食べるよ」

「えっ?大丈夫?」

「二人で作ってくれたんだろ?」

「そうだけど……」

「リリー!はやくー!」

 キャロルが急かしている。

「今、行くー!……エル。ルイスがコーヒー淹れてたから、もうちょっと待っててね」

「ん」

 リリーが店に入っていった。

 どうするかな。コーヒーを待っても良いけど……。

『食べるのか?』

「食べるよ」

 一つ取って、口に運ぶ。

 甘い。想像以上に甘かった。

『大丈夫ー?』

「……平気」

 ゆっくり食べればなんとかなる。

 また、店の扉が開いた。

「エル、コーヒー持って来……。食べるんだ」

 食べるに決まってる。

 ルイスが窓台の上にコーヒーを置く。それから、本を片手に持ってる俺を見て、コーヒーカップだけ持ち上げた。

「使う?」

「あぁ」

 空いたソーサーにタルトを置いて、コーヒーをもらって飲む。美味い。

「店番、替わろうか?」

「平気」

 外に居る方が良い。

「廊下の窓も開けたから、少しはましになるんじゃないかな。この扉も開けっ放しで良い?」

「良いよ」

 ルイスが扉を開けて、ストッパーをつける。

「エルって、本当にリリーシアが好きなんだね」

「なんで?」

 今更、言われるなんて。

「恋って、人を変えるんだね。おかわりは自分で淹れてね。課題の続きやってくる」

「ん」

『あたしも行くわぁ』

 ルイスが店に入る。ユールからの報告は特にないし、ルイスの作業は順調なんだろう。

 人を変える、か。変わったつもりなんてないけど、リリーと一緒に居ると世界が変わったように感じるのは間違いない。

 

 ※

 

『子供が寄って来たな』

 この辺に住んでる子供か?

 匂いに釣られて来たらしい。丁度良いな。

「食べるか?」

「良いの?」

「やった」

 早速、寄って来た子供が手を出そうとしたところで、籠を高く掲げる。

「誰もタダでやるなんて言ってないぞ」

「えー」

「ケチ!」

 腰に下げていた折れたレイピアと、砕けた刃の入った革袋を出す。

「これを、その辺の鍛冶屋に引き取って貰って来てくれ」

「うわぁ。折れてる」

「何やったの?」

「良いよ。持ってく」

「俺がやる」

「ずるーい」

 子どもたちが走っていく。

 職人通りには鍛冶屋も多いし、子どもたちの顔が効く職人も居るだろう。

『見てきます』

『オイラもー』

「いってらっしゃい」

 チーズタルトを齧ってソーサーに置き、コーヒーを飲みながら本をめくる。

『どうせ食べないなら、あげれば良いじゃない』

「何でもタダで手に入ると思わない方が良い。精霊だって、そうだろ?」

『そうだな』

『そうだけど』

 何かを得ようとするなら代償が必要だ。

 本を読み進めていると、不自然な方向から影が落ちた。

「こんなところで、何やってるんだ?」

 カミーユ。

「店番だよ。……なんだ、それ?」

 やたらとでかい荷物を持ってる。

「キャベツだ」

「キャベツ?」

 カミーユが見せた袋の中には、育ったキャベツが三玉と、他にも野菜が色々入ってる。

「この時期になると、本家から山のように春野菜が送られてくるんだよ」

「エグドラ家の領地か」

 カミーユは、国王陛下の近衛騎士であるエグドラ子爵の次男だ。子爵家が管理する領地は名馬の出身地として名高く、農業も盛んだ。

「お。美味そうだな」

 カミーユが伸ばした手から籠を避ける。

「お前の分はないぞ」

「は?まさか、一人で全部食う気か?」

「先約があるんだよ」

「先約?」

「食べたいなら、リリーとキャロルが台所で焼いてるはずだ」

「まじか。貰ってくる」

 カミーユが、早速、家に入って行った。

 たくさん焼いてるみたいだから、カミーユの分ぐらいあるだろう。

 ルイスの白衣の礼を言うのを忘れてたな。っていうか、今日は平日だ。仕事をサボって来たのか?わざわざ野菜を届ける為に?

  

 ※

 

『戻って来たな』

 本を読み進めていると、賑やかな声を上げながら子供たちが駆けてくるのが見えた。

 カミーユより先に子供たちが戻って来るなんて。あいつ、家で何やってるんだ?

『アラシッドの店に頼んできました』

 近所の鍛冶屋だ。

『無事に売ってきたよー』

 売れたのか。あそこまで砕けたレイピアなら、下取りなんて不可能だと思ってたのに。お金に変えてくれるところを探したらしい。

「ほら、売ってきてやったぜ」

「じゃあ、報酬だ」

 革袋を受け取って、菓子の入った籠を渡すと、すぐに子供たちが食べ始めた。

「うまっ」

「おいしー」

『すごい食べっぷりだわ。すぐになくなっちゃいそう』

『エルが遅いだけだ』

 遅くて悪かったな。

『皆、喜んでますね』

『そうだねー』

『施しではなく、自らの力で手に入れた報酬だからな』

『そうね。頑張ったご褒美だものね』

 革袋の中身は、蓮貨か。

「こっちもやるよ」

 革袋をひっくり返して、出てきた蓮貨を配る。

「やった」

 人数分入ってたってことは、アラシッドも子供の駄賃のつもりで入れたんだろう。

「ごちそうさま」

「またねー」

 空っぽの籠を戻した子供たちが元気に走って行く。あっという間だったな。もう少し、貰っておけば良かったかもしれない。

「相変わらず、すぐ子供に懐かれるな」

 カミーユが店から出て来た。

「遅かったな。ルイスと何かしてたのか?」

「ちょっとな」

 野菜を置きに来ただけじゃないらしい。

「用件は?」

「まずは、これ」

 カミーユからメモを受け取る。

「酔い止め薬のレシピか」

「お前が作ってた奴の方が副作用がなさそうなんだよな」

「当たり前だろ」

「はいはい」

 多少の違いはあれど、結局、似たような成分に収束する。ただ、このレシピの方が安定して作成できそうだ。

「で。こっちが本題。こいつを粉にして欲しいんだ」

 カミーユが鉱石を出す。

 トルマリンだ。

「良いよ」

 膝の上に紙を広げて、カミーユからトルマリンを受け取る。

 手の中のものが砂になるイメージで、集中する。

『エル、何をしてるの?』

『鉱石を粉末に加工してるんだ』

『すごいわ』

 できた。

「ありがとう。助かったぜ」

 きらきらと光る砂の山となったトルマリンの粉末を、カミーユが丁寧に包む。

『これって、バニラの魔法なの?』

『違う』

『じゃあ、誰の魔法?』

『エルは、元々出来るみたいだねー』

 魔法使いが元から使える魔力の利用法はいくつかある。でも、それは感覚的なことで説明が難しい。

 例えば、魔法の玉に蓋をする時。

 魔法の玉に目的の魔法を込めた後、流入口である穴に魔力で蓋をするんだけど、どうやって閉じるかは説明しにくい。感覚的なもので、魔法使いによって違うのだ。

 俺の場合は、魔法の玉を魔力で包む感じで閉じる。人によっては、円を描くイメージだとか、風船の口を結ぶイメージだとか、様々なやり方がある。

 鉱石の粉砕も似たようなものだから、やり方の説明はできない。そのせいか、知り合いの中では、俺以外に出来る奴が居ないらしい。

「いくらだ?」

「タダで良いよ」

「研究所からの正式な依頼だぜ?」

「ルイスの白衣、買ってくれたんだろ?」

「あぁ、気にするなよ。ルイスは、俺の弟子でもあるからな」

 師弟契約を結んでないとはいえ。俺が居ない間、ルイスの面倒を見てるのはカミーユだからな。

「毒薬のレシピを教えたんだって?」

「中級の解毒剤を完璧に作れるんだ。下手な薬屋よりも優秀だよ」

「なら、教えて良いやつも増やして良いんだな?」

「良いよ」

 毒の知識は、薬屋には不可欠な知識だ。そこから広がるレシピは多い。

「お前さ」

「ん?」

「この間、呪いの話してただろ。ついでに、監視下にあるって話も」

 リリスの呪いと、女王と繋がってるって話か?

「あぁ」

「それだけじゃなさそうだぜ」

「どういうことだ?」

「さっき、ちょっとカマをかけてみたら、喋ったんだよ。誓ってしまったって」

「誓った?」

「詳しいことは聞けなかったけどな」

 他にも、帰らなければならない理由がある……?

 っていうか。

「カマをかけたって、何したんだよ」

「ちょっとからかっただけだって」

「泣かせたわけじゃないだろな」

「そこまでしてないって」

 本当に?

「じゃあ、またな」

「ん」

 カミーユが手を振って帰っていく。

 誓いって、なんだ。他にも、帰還を強制させる何かがある?単純に、命令に背かないこととか、帰還することを誓った?

 グラシアルでは、魔法使いは女王の娘に逆らえない。つまり、このシステムを使って、逆らえない立場の相手に誓いを立てたんだろうな。

 女王に?

 いや。ポラリスの言ってることが正しいなら、グラシアルには初代女王が君臨し続けている。リリーは初代女王の存在を知らないみたいだし、リリーは女王に直接会ってない。

 だとすれば、呪いをかけたリリス?悪魔に誓いを立てるのか?

 もしくは、王族を管理する立場の人間に?元女王の娘とか?

 今のところ、女王に選ばれた者がどうなるのかはわかってない。城に引きこもって姿を見せない初代女王に代わって、外交的な面を取り仕切っている可能性はあるけど……。グラシアルの人間は、誰も女王の顔を知らないんだよな。

 それに。

―誰も、女王に逆らえない。

 これは、イリスも言い続けてる言葉だ。

 イリスが話す女王は、初代女王を指している可能性が高い。女王の娘が女王になるはずがないんだ。

 でも、リリーは、選ばれた娘が女王としてこの国に魔力を捧げる存在になると言っていた。

 選ばれた女王の娘は、その後、どうなるんだ?



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