「来海、作詞する」
曲は、届いた。
外部の作家から上がってきたデモは、疾走感の中に切なさが差す、文句なしの名曲だった。ソロモンのレッスンで、歌う準備も整いつつある。
問題は——**詞**である。
「作詞は、来海本人。これは譲れん条件じゃ」と、楓は言った。「借り物の言葉で四百万は越えられん。**お前さんの言葉**で書け」
そして、二週間が過ぎた。
深夜の自室。モニターの前の燈哉の手元には、書いては消した歌詞の残骸が、デジタルの山を築いていた。
(……書けない)
書けるわけが、なかった。
『ありのままの自分で』——嘘だ。俺は名前も声も性別も偽ってる。
『夢を諦めないで』——夢? 俺の始まりは、夢じゃなくて、生きるための必死だった。
『いつでも君のそばに』——そばにいるのは、作られた「明野来海」だ。
(本当のことを一つも書けない人間が——**本当の歌なんて、書けるのか**?)
ペンは、止まったままだった。
◇
異変は、すぐに仲間に伝わった。デュオランクの精度が落ち、定例会で上の空になり、三日目には全員が気づいていた。
その夜、フルパの通話に、四人が集まった。
「——というわけで、緊急・歌詞会議です! 議題:燈哉くんが煮詰まってる件!」
「べ、別に俺は」
「顔に書いてあります。……兄さん。何に詰まってるんですか」
観念して、燈哉は白状した。本当のことを書けない自分が、本当の歌を書けるのか。ありのまま、も、夢、も、自分が使うと全部嘘になる——。
沈黙が、少しだけ流れた。先に口を開いたのは、美咲だった。
「……うーん。じゃあさ、**嘘じゃない部分だけで書けば**いいんだよ」
「嘘じゃない、部分」
「そう! 名前は嘘でも、配信が楽しいのは本当でしょ? 声は作ってても、歌ってる時の気持ちは本当でしょ? ……嘘の中にだって、本当は、いっぱい埋まってるよ」
「先輩の言う通りです。……兄さん。私は、兄さんの秘密を知ってから一つも、兄さんの言葉を嘘だと思ったことはありません。**兄さんの一年半は、嘘じゃないですよ**」
「ワタシも! ワタシ、燈哉の配信もぜんぶ見てきたけど……画面の中の来海ちゃんが笑ってる時、隣の燈哉も、ほんとに笑ってたよ。ずっと。**ワタシたちが、証人**」
「————」
言葉が、出なかった。代わりに、目の奥が熱くなった。
そして——最後に、それまで黙っていた瑠奈が、ぽつりと言った。
『……るい。わたし、むずかしいこと、わかんないけど』
「……はい」
『**ひみつが、あっても。たのしい、は、ほんとう**。……わたしが、そうだった』
「————っ」
『ソロのとき、わたし、ずっと、ひとりで。いまは、ひみつだらけの、へんなパーティーにいて。……まいにち、たのしい。これ、ぜんぶ、ほんとう。——**それ、うたえば?**』
一番言葉が少ない人の一言が、一番深いところに、まっすぐ刺さった。
(……秘密があっても、楽しいは、本当。……そうか。それで、いいのか)
書くべきものが、見えた。
嘘を抱えたまま生きている。それでも、今日が楽しい。守りたい人がいて、届けたい人がいる。——**秘密を抱えたまま、それでも今日を生きる、全ての人への歌**。
「……みんな、ありがとう。書ける気がしてきた。——書けたら、一番に聴いてくれ」
「「「(『)もちろん!(ん)」」」
◇
その夜から三日間、燈哉は書いた。
書いて、消して、書いて——最後に残った言葉たちは、飾り気もなく、嘘もなく、ただ静かに本当だった。
サビの終わり、一番大事な一行に、燈哉はこう書いた。
『**言えないことだらけの今日を、それでも好きだと言えるんだ**』
読み返して、少しだけ笑う。
(……これ、世界で五人だけ、本当の意味が分かる歌詞だな)
かくして、歌詞は完成した。曲と、詞が揃った。——残るは、絵と、踊りである。




