「四百万への地図」
夏祭りの熱が冷めやらぬ、九月の頭。社長室に、四人が集められていた。
綾芽、楓、琴音——そして、ホワイトボードの前の社長である。
「——夏祭り、ご苦労だった。350万、見事だ。……で、だ」
社長は、ホワイトボードに数字を書いた。
『**4,000,000**』
「会社として、正式に決めた。**楓以外で史上初の400万を、来海で作る**。プロデューサーは楓。技術顧問は琴音。——社運を懸けた直轄案件だ」
「しゃ、社運!?」
「大げさではないぞ。楓の800万は、良くも悪くも『楓だから』で説明されてきた。だが二人目が生まれれば、それは**道**になる。この会社の、この業界の、次の道だ」
楓が、扇子をぱちりと鳴らした。
「して、施策の本命じゃがな。——来海、お前さん、**オリジナル曲**を出せ」
「オリ曲……!?」
「歌は夏祭りで証明済みじゃ。次はお前さんだけの歌。そして——ただ曲を出すだけでは足りん。**ミュージックビデオも作る**。それも、そこらの外注仕事ではない、誰も見たことのないやつをな」
「うちと来海の共同制作でいく」と、琴音が当然のように続けた。「会場を作った実績がある。次は映像。……ふふ、腕が鳴る」
(オリ曲と、MV……。考えたこともなかった。俺はずっと、配信一本で——)
そう。デビューからの一年半、来海は生配信だけで走ってきた。歌ってみたも、ボイスドラマも、映像作品も、一つもない。**「作品」を作るのは、これが初めて**なのである。
「……あの。光栄ですけど、俺、曲作りも映像も、完全に素人で」
「知っとる。だから——**先生を、三人つける**」
楓は、指を三本立てた。
「一人目。歌の先生——**ソロモン**じゃ。あやつの発声と表現は、九帝一。お前さんの歌は素材は良いが、まだ"配信の歌"よ。"作品の歌"に引き上げてもらえ」
「二人目。絵の先生というか、相方——MVの画は、**ソフィー**に頼む。あの子の絵は、癖が強うて、強うて——**忘れられん絵**を描く。お前さんと組ませたら、面白いことになるじゃろ」
(ソフィーさんと、共同制作……!?)
「三人目。踊りの先生——**キララ**じゃ。MVには踊りを入れる。あの子、ああ見えて振付から仕込める本物じゃぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。情報量が! 歌にダンスにMVに——俺、体がいくつあっても」
「安心せい」
楓は、にい、と笑った。獲物を見つけた顔、五割増しである。
「——**全部やるんじゃ**。四百万とは、そういう山よ」
◇
その夜のフルパ定例会は、報告で持ちきりだった。
「オリ曲!? MV!? やばいやばい! 絶対いいやつじゃん!!」
「姉さんの初オリ曲……予約します。円盤が出るなら十枚買います」
「出るか分からないし、出ても十枚はいらない」
「ダンスもやるの!? 燈哉が!? ……だ、大丈夫? 燈哉、ゲーム以外の運動は」
「その反応が一番傷つくんだよなあ」
『……MV。わたし、まいにち、みる。こうかいされたら、まいにち』
「毎日!?」
賑やかな祝福の中、燈哉はふと、手元のメモを見た。楓に渡された、プロジェクトの座組表である。
歌唱指導:九頭如ソロモン。
アートディレクション:ソフィー。
振付・ダンス指導:蒼山キララ。
技術・映像:東琴音。
総合プロデュース:東楓。
(……すごい面子だ。九帝が三人に、四期の同期に、あの"好敵手"。……こんな人たちと、一つの物を作るのか)
配信一本で登ってきた一年半の、その先。初めての「作品」への、初めての一歩である。
(——楽しみ、だな。素直に)
◇
——そして、決起の夜は、思わぬ着信で締めくくられた。
『来海先輩!! お久しぶりです、西宮コトリです!!』
「コトリ!? どうした、こんな時間に」
『単刀直入に言います!! ——**ランク、上げました**!! 約束、覚えてますか!!』
「————え」
『ダイヤ帯、到達しました!! デビューから二ヶ月です!! 誰よりも早くです!! だから——』
電話の向こうで、息を吸う音がした。
『**挑戦させてください。来海先輩に、FPSで**!!』
(……このタイミングで来るか、後輩!!)
四百万への地図を広げたその夜に、足元から矢が飛んできた。断る理由は、ない。約束したのは、自分なのだから。
「——いいよ。受けて立つ。……胸を貸すとは言わない。**全力で守りに行く**」
『っっ望むところです!!!』




