表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/62

「V夏祭り・大団円」

中日の二日目も、祭りは絶好調だった。昼のふれあいの部は今日も二千人の当選者で溢れ、夜の夏祭りライブ二夜目は、九帝組の貫禄のステージで同接**十三万**を記録。「毎晩十万超え」の看板に、偽りはなかった。


——そして、最終日の夜が、来た。


V-ARENAの夜空の下、メインステージ前は、最終日の抽選を勝ち抜いた二千人のファンと、画面の向こうの視聴者の歓声で埋め尽くされていた。同接は開演前から二十万を超え、なお伸び続けている。


そして、その裏側——非公開の楽屋エリアは、開演三十分前にして、戦場だった。


「衣装データの最終チェック! 各自、破綻がないか確認して!」


スタッフの声が飛び交う中、事件は起きた。


「——す、すみません! リリカさんの衣装、袖のパーツが破損してます! 物理演算が暴走して、袖が、袖がドリルに!!」


「「「はあ!?」」」


見れば、NSJの歌姫・金銀銅リリカの浴衣の袖が、ぐるぐると螺旋を描いて回転していた。完璧主義の歌姫の顔から、血の気が引いていく。


「予備データは!?」


「本社のサーバーです! 取り寄せて検証したら、開演に間に合いません!!」


その時である。


「——見せてください」


進み出たのは、来海だった。破損データを開き、構造を辿る。目が、流れを追う。三十秒。


「……袖の階層の、この設定が二重になってるだけです。ここを切って、動きの上限をこの数値で縛れば——直ります。五分ください」


「で、できるの!?」


「うちの会場装飾、だいたい私が作ったので。**この会場のデータの癖なら、誰よりも知ってます**」


五分後——リリカの袖は、夜風に美しく揺れていた。


「……感謝しますわ。この借りは、歌で返します」


そして、その一部始終を、楽屋の隅から見ていた者がいる。


(……道具の癖を知ってて、構造が読めて、五分で直す。そういうの、なんて言うか知ってる?)


琴音は、ゴーグルの奥で笑った。


(——**技術者**、って言うんだよ。……やっぱりね)


 ◇


グランドフィナーレ・歌唱ライブは、圧巻の一言だった。


京の子守唄のようなASMRバラードで夜が開き、スカーレットとリリカの共演が会場を沸騰させ、サツキの大人のジャズが空気を蕩けさせる。同接は歌が終わるたびに階段を駆け上がり——ついに、**三十万**の大台に乗った。


『30万きた!!』『V-1決勝と同じとこまで来た』『歴史的な夜だ』


そして、最後から二番目。


「——明野来海です。……聞いてください」


ステージから、客席が見えた。最前列に並ぶ、揃いの浴衣と、動物のお面たち。昨日、くじ屋台で震える手を見せてくれた、あの猫のお面も、どこかにいるはずだった。


(——数字じゃない。**人の海**だ)


月見の宴で歌った時とは、違った。あの夜は、楓の設計した完璧な舞台で歌わせてもらった。今夜は——自分と琴音で作った会場で、会いに来てくれた人たちの顔を思い浮かべて、自分の一年を、歌に乗せる。


登録者三桁の夜。初めてのコラボ。旅の夜。V-1の死闘。仲間が増えた日々。守るものと、目指すもの。


(——全部、乗せろ)


歌声が、三十万人の夜空に伸びていく。打ち上げ花火が——燈哉が式で置いた、あの「ばらつきの規則」の花火が——歌のクライマックスに合わせて、次々と夜空に開いた。


『鳥肌やばい』『泣いてる』『来海、ほんとに大きくなったな』『花火と歌合いすぎだろ』


歌い終わって、礼をした。顔を上げると、コメントの奔流の向こうで、数字が見えた。


同接、三十万二千。


——来海のVTuber人生で、最も多くの人に、声が届いた瞬間だった。


大トリの楓が、すれ違いざまに小さく言った。


「……月見の夜より、ええ顔じゃ」


 ◇


ライブの後は、全員での挨拶と、フィナーレの大花火である。


そして——非公開の楽屋エリアの、花火が一番よく見えるバルコニーでは、音のない戦争が勃発していた。


バルコニーの手すりは、五人分。来海の右隣と左隣——**特等席は、二つ**である。


(((————))))


遥が、するりと右へ。静が、音もなく左へ。出遅れた瑠奈が、じっ、と二人を見る。


「る、瑠奈ちゃんはほら、こっち! 私の隣、見やすいよ!」


「……ん」


美咲の機転で瑠奈は右端に収まり——かに見えたが、花火の三発目で、瑠奈はごく自然に「よく見えないから」と来海の真後ろに移動した。至近距離である。遥と静の背筋が、同時に伸びた。


((後ろを取られた!?))


(しんぱくすう、じょうしょう。げんいん:はなび。……はなび、ってことに、しておく)


かくして、五人は一列半の妙な密集隊形で、夜空を見上げることになった。


「……きれい、ですね」


「ん。……きみの、はなび」


「俺のというか、琴音さんとの共作というか」


「でも、きみの、しき、が、ひらいてる」


ひゅるり、どん。光が、五人の顔を順番に照らす。誰も、それ以上は喋らなかった。


(——去年の夏は、一人でモニターを見てたんだよな)


隣に、後ろに、仲間の気配がある夏を、燈哉は静かに嚙みしめた。


 ◇


祭りの熱が冷めやらぬ、その夜遅く。


『【速報】明野来海、登録者350万人突破』


通知が、各所で鳴った。テレビからの流入、祭りの二日間、そしてフィナーレの歌——すべてが重なって、数字は一気に大台を越えた。


『350万おめでとう!!』『次は400万や』『楓様以外で400万行ったら史上初だっけ』


フルパのチャットに、美咲が書き込んだ。


『美咲:350万突破ァァ!! お祝い会しないと!!』


『遥:おめでとう!!!』


『静:姉さん、おめでとうございます。次は400万ですね』


『瑠奈:おめ。……400、いこ』


『燈哉:ありがとう。……ん、行こうか。400万』


——四百万の壁。楓以外、誰も辿り着いたことのない場所へ。


祭りの終わりは、次の物語の号砲だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ