「V夏祭り・大団円」
中日の二日目も、祭りは絶好調だった。昼のふれあいの部は今日も二千人の当選者で溢れ、夜の夏祭りライブ二夜目は、九帝組の貫禄のステージで同接**十三万**を記録。「毎晩十万超え」の看板に、偽りはなかった。
——そして、最終日の夜が、来た。
V-ARENAの夜空の下、メインステージ前は、最終日の抽選を勝ち抜いた二千人のファンと、画面の向こうの視聴者の歓声で埋め尽くされていた。同接は開演前から二十万を超え、なお伸び続けている。
そして、その裏側——非公開の楽屋エリアは、開演三十分前にして、戦場だった。
「衣装データの最終チェック! 各自、破綻がないか確認して!」
スタッフの声が飛び交う中、事件は起きた。
「——す、すみません! リリカさんの衣装、袖のパーツが破損してます! 物理演算が暴走して、袖が、袖がドリルに!!」
「「「はあ!?」」」
見れば、NSJの歌姫・金銀銅リリカの浴衣の袖が、ぐるぐると螺旋を描いて回転していた。完璧主義の歌姫の顔から、血の気が引いていく。
「予備データは!?」
「本社のサーバーです! 取り寄せて検証したら、開演に間に合いません!!」
その時である。
「——見せてください」
進み出たのは、来海だった。破損データを開き、構造を辿る。目が、流れを追う。三十秒。
「……袖の階層の、この設定が二重になってるだけです。ここを切って、動きの上限をこの数値で縛れば——直ります。五分ください」
「で、できるの!?」
「うちの会場装飾、だいたい私が作ったので。**この会場のデータの癖なら、誰よりも知ってます**」
五分後——リリカの袖は、夜風に美しく揺れていた。
「……感謝しますわ。この借りは、歌で返します」
そして、その一部始終を、楽屋の隅から見ていた者がいる。
(……道具の癖を知ってて、構造が読めて、五分で直す。そういうの、なんて言うか知ってる?)
琴音は、ゴーグルの奥で笑った。
(——**技術者**、って言うんだよ。……やっぱりね)
◇
グランドフィナーレ・歌唱ライブは、圧巻の一言だった。
京の子守唄のようなASMRバラードで夜が開き、スカーレットとリリカの共演が会場を沸騰させ、サツキの大人のジャズが空気を蕩けさせる。同接は歌が終わるたびに階段を駆け上がり——ついに、**三十万**の大台に乗った。
『30万きた!!』『V-1決勝と同じとこまで来た』『歴史的な夜だ』
そして、最後から二番目。
「——明野来海です。……聞いてください」
ステージから、客席が見えた。最前列に並ぶ、揃いの浴衣と、動物のお面たち。昨日、くじ屋台で震える手を見せてくれた、あの猫のお面も、どこかにいるはずだった。
(——数字じゃない。**人の海**だ)
月見の宴で歌った時とは、違った。あの夜は、楓の設計した完璧な舞台で歌わせてもらった。今夜は——自分と琴音で作った会場で、会いに来てくれた人たちの顔を思い浮かべて、自分の一年を、歌に乗せる。
登録者三桁の夜。初めてのコラボ。旅の夜。V-1の死闘。仲間が増えた日々。守るものと、目指すもの。
(——全部、乗せろ)
歌声が、三十万人の夜空に伸びていく。打ち上げ花火が——燈哉が式で置いた、あの「ばらつきの規則」の花火が——歌のクライマックスに合わせて、次々と夜空に開いた。
『鳥肌やばい』『泣いてる』『来海、ほんとに大きくなったな』『花火と歌合いすぎだろ』
歌い終わって、礼をした。顔を上げると、コメントの奔流の向こうで、数字が見えた。
同接、三十万二千。
——来海のVTuber人生で、最も多くの人に、声が届いた瞬間だった。
大トリの楓が、すれ違いざまに小さく言った。
「……月見の夜より、ええ顔じゃ」
◇
ライブの後は、全員での挨拶と、フィナーレの大花火である。
そして——非公開の楽屋エリアの、花火が一番よく見えるバルコニーでは、音のない戦争が勃発していた。
バルコニーの手すりは、五人分。来海の右隣と左隣——**特等席は、二つ**である。
(((————))))
遥が、するりと右へ。静が、音もなく左へ。出遅れた瑠奈が、じっ、と二人を見る。
「る、瑠奈ちゃんはほら、こっち! 私の隣、見やすいよ!」
「……ん」
美咲の機転で瑠奈は右端に収まり——かに見えたが、花火の三発目で、瑠奈はごく自然に「よく見えないから」と来海の真後ろに移動した。至近距離である。遥と静の背筋が、同時に伸びた。
((後ろを取られた!?))
(しんぱくすう、じょうしょう。げんいん:はなび。……はなび、ってことに、しておく)
かくして、五人は一列半の妙な密集隊形で、夜空を見上げることになった。
「……きれい、ですね」
「ん。……きみの、はなび」
「俺のというか、琴音さんとの共作というか」
「でも、きみの、しき、が、ひらいてる」
ひゅるり、どん。光が、五人の顔を順番に照らす。誰も、それ以上は喋らなかった。
(——去年の夏は、一人でモニターを見てたんだよな)
隣に、後ろに、仲間の気配がある夏を、燈哉は静かに嚙みしめた。
◇
祭りの熱が冷めやらぬ、その夜遅く。
『【速報】明野来海、登録者350万人突破』
通知が、各所で鳴った。テレビからの流入、祭りの二日間、そしてフィナーレの歌——すべてが重なって、数字は一気に大台を越えた。
『350万おめでとう!!』『次は400万や』『楓様以外で400万行ったら史上初だっけ』
フルパのチャットに、美咲が書き込んだ。
『美咲:350万突破ァァ!! お祝い会しないと!!』
『遥:おめでとう!!!』
『静:姉さん、おめでとうございます。次は400万ですね』
『瑠奈:おめ。……400、いこ』
『燈哉:ありがとう。……ん、行こうか。400万』
——四百万の壁。楓以外、誰も辿り着いたことのない場所へ。
祭りの終わりは、次の物語の号砲だった。




