「テレビの中での頂点」
——来海。テレビ、出るぞ」
社長室に呼ばれた綾芽は、開口一番のそれに、三秒固まった。
「…………テレビ?」
「楓のレギュラー番組だ。ゴールデンのバラエティ。『いま話題のVTuberを、楓が後輩を連れて紹介する』という特集でな——先方のご指名だ。**アバターでの中継出演**、技術班も全員つける」
「な、なんで俺——私なんですか!? もっと適任が」
「楓の指名だ。文句はあいつに言え」
数日後、V-ARENAの中継ブースで、当の楓は涼しい顔で言った。
「なに、簡単な仕事じゃ。妾の隣で、いつも通りにしておればよい。——**お茶の間は、配信とは別の国**じゃぞ。いっぺん見ておけ」
◇
収録当日。スタジオの大型モニターに、来海のアバターが映し出された。
ひな壇には、名前を知らない人がいないレベルの大物司会者と、芸人たち。そして、その中心に——**和服姿の楓が、生身で座っていた**。
(——これが、Vmove's唯一の「顔出し」……)
テレビの中の楓は、配信の女帝とはまた違う顔をしていた。芸人の無茶振りを扇子一本で捌き、お茶の間向けの言葉だけで笑いを取り、それでいて、画面の端々でVTuber文化の説明を欠かさない。
「ほんで、今日は後輩ちゃんを連れてきたと」
「うむ。うちの四期の看板、明野来海じゃ」
「はじめまして! Vmove's所属、明野来海です! 微分、積分、いい気分!」
「……なんて?」
(つ、伝わらない!! 挨拶が伝わらない!!)
配信なら『待ってました』が並ぶ決め台詞が、スタジオでは完全な無風だった。お茶の間は、配信とは別の国——楓の言葉の意味を、来海は開始十秒で思い知った。
「まあ待て。この子はの、**ノーベル賞を狙ってイグノーベル賞を十回獲った**研究者じゃ」
「狙いから外れとるやないか!」
どっ、とスタジオが沸く。楓の通訳が入った瞬間、無風が笑いに変わった。
(す、すごい。俺の設定を、お茶の間の言語に翻訳してる……!)
大物司会者が、身を乗り出した。
「しかしあれやな、ようできとるなあ。……なあ来海ちゃん、ぶっちゃけ、**中に人おるんやろ?**」
スタジオが、にやにやと注目する。VTuber番組の、お約束の質問である。
「中に人、ですか。——いません」
「おらんのかい」
「私は明野来海です。それ以上でも以下でもありません。……ちなみに中に何かいると思って開けようとすると、**契約書のクーリングオフ期間が切れます**」
「契約書あるんかい!!」
(よし、笑いで流せた……!)
その後も、理系ネタのフリップ芸(「タピオカが沈む速度で店の誠実さがわかる」)が思いのほか刺さり、来海は無事、爪痕を残した。放送の締めで、司会者は言った。
「いやー、面白かったわ。……楓ちゃん、ええ後輩持ったなあ」
「うむ。——**妾の次を追うのは、この子じゃ**」
楓は、こともなげに、全国放送でそう言い切った。
◇
放送後の反響は、配信の数字とは違う場所で起きた。
翌日、綾芽のもとに届いたのは、同接でもスパチャでもなく——**「孫に勧められて登録しました」というコメント**の山だった。
『テレビ見ました!契約書の子だ!』『母がファンになりました』『微分積分いい気分、職場で流行ってます』
登録者は一週間で、三百二十六万から三百三十四万へ。伸びの中身が、今までと明らかに違った。配信文化の外側——テレビの向こうの、広い広い世界からの流入である。
(……これが、楓さんの八百万の「カラクリ」か)
配信の中でどれだけ勝っても、届く相手には天井がある。楓はその天井の外に、たった一人で橋を架けていた。女優として、タレントとして、お茶の間の「VTuberといえばこの人」として——**世間がVTuberを知る時の、入り口そのもの**になることで。
『どうじゃ、来海。別の国の景色は』
夜、非公開の通話で、楓が愉快そうに聞いてきた。
「……広かったです。そして、遠かった。四百万の壁の向こうって、ああいう場所なんですね」
『ん。よう分かったの。——して、次じゃが』
「次?」
『社長から聞いておらんか? ……夏に、でかい祭りが来るぞ』




