表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/62

「四百万の壁」

リベンジマッチから一週間。来海のチャンネルは、明らかに空気が変わっていた。


登録者、三百十万——から、三百十八万へ。


「一週間で八万……!?」


分析画面を前に、燈哉は目を疑った。コラボの切り抜きが軒並み百万再生を超え、spoV側のファンが大量に流れ込み、「来海×陽凪」のタグは一週間経った今も生きている。


社長室に呼ばれたのは、そんな折だった。


「見たぞ、数字。——気づいているか? お前は今、**四百万の壁**の射程に入った」


「四百万の、壁」


「楓の八百万は別格だ。あれはテレビの向こう側まで取り込んだ、例外中の例外。……だがそれを除けば、この業界、四百万を超えた者は一人もいない。九帝ですら、最高は京の三百五十二万。ソロモンもソラも、三百の手前で頭打ちだ」


社長は、窓の外を見た。


「箱の力でも、初速のバズでも、四百万には届かん。届いた者がいないんだから、届き方を知る者もいない。——だがな、燈哉。私は、お前なら地図を描けると思っている」


「……なんで、俺なんですか」


「十日で百万をやった男が、コラボを解禁し、三社の看板と殴り合い、V-1を制した。……この一年、前例のないことしかしていないだろう、お前は」


(前例のないこと、しか……まあ、女装の時点で前例はないか)


「四百万。次の目標として、頭の隅に置いておけ。——以上だ」


 ◇


一方その頃、spoV側でも、余波は広がっていた。


「月影さん、リベンジマッチ大反響ですよ! 月一の定期開催、正式に決まりました!」


「ん」


「それでですね、次回に向けて対戦相手の研究を——って、もうまとめてある!? この資料どこから!?」


「はんとしぶん、ある」


「半年!?」


社内の誰も、その資料が「研究」ではなく年季の入った何かであることを知らない。そして当の瑠奈は、正式決定の通知を三回読み返してから、カレンダーアプリに予定を入れた。


『るいと、こうしき』——月一。


『るいと、ランク』——週一。


『フルパ、ていれいかい』——隔週。


画面を眺めて、瑠奈は満足げに頷いた。ソロ六年のカレンダーは、真っ白だった。今は、色がついている。


 ◇


事件は、第二回の定期コラボで起きた。


企画は視聴者参加型のデュオ戦。来海と陽凪が即席チームを組み、視聴者ペアと連戦する——「宿命のライバルが手を組む」という、ファン待望の企画である。


そして、これが、まずかった。


チームを組んだ途端、二人の連携が——**完成されすぎていた**のである。


「陽凪さん、右!」


『ん』


言葉より先に、カバーが入る。来海が投げ物を使えば、示し合わせたように陽凪が裏を取る。視線もサインもないのに、二人は完全に、互いの次の手を知っていた。


『え、この連携何?』『初めて組んだよね?』『息ぴったりすぎない?』『宿命のライバル、本当に初コンビ?』


(——まずいまずいまずい! いつもの連携が出てる!!)


慌てる来海の隣で、陽凪は絶好調だった。むしろ、公式の場で堂々と組めることが嬉しくて、いつも以上に乗っていた。


『るい——』


(!!!!!)


「**ルーキーみたいな動きしないでください来海さん!** って言われた気がしました! すみません陽凪さん、今の私のミスです!」


来海の音速のかぶせで、『るい』は『ルーキー』に上書きされた。心臓に悪いにも程がある。


『今の何?』『来海が急に自分に厳しくなった』『ストイックか』


(る、瑠奈さーーーん!? いま『るい』って言いかけましたよね!?)


『……(しまった、の顔のクマのスタンプが裏チャットに一枚)』


(配信中に裏チャット送らない!!)


——その後は、なんとか「初コンビとは思えない天才同士の噛み合い」という物語で乗り切った。むしろ『企業の壁を越えた奇跡のデュオ』としてまたバズり、結果オーライではあったのだが、来海の寿命は確実に縮んだ。


 ◇


配信後の、フルパ緊急反省会(通話)である。


「——というわけで、本日の反省会を始めます。議題:『るい』事件について」


『ごめん。……こうしきで、たのしくて、つい』


「楽しいのはいいんです! いいんですけど、名前だけは! 名前だけは頼みます!」


『ん。……つぎから、「くるみ」って、よぶ。れんしゅうする』


「お願いします……」


『くるみ。くるみ。……くるみ』


「今練習しなくていいです!?」


素直な怪物の練習音声を聞きながら、通話の向こうで、遥と静と美咲は、それぞれ別のことを考えていた。


((……また、距離が縮んでる))


(審判ノート:第三選手、公式戦でも絶好調。両者の連携値、観測史上最高を更新。……この戦い、どうなっちゃうの〜〜!)


 ◇


その夜、燈哉は一人、分析画面を眺めていた。


登録者、三百二十六万。第二回コラボで、さらに伸びた。


(四百万の壁、か)


一年前、三桁だった数字を思い出す。誰にも見つからなかった、あの頃。今は、三百二十六万人が見てくれて、隣には仲間がいて、ライバルがいて——守るものと、目指すものが、両方ある。


(……行けるところまで、行ってみるか)


スマホが震えた。フルパのチャットに、瑠奈からの一件。


『くるみ。よびかた、れんしゅう、かんりょう。……ごほうびに、あした、ランク、つきあって』


(ご褒美の方向がおかしい)


苦笑して、『いいですよ』と返す。


——四百万の壁と、三つ巴の恋の戦線。表と裏の両方で、物語は次の高みへ登り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ