表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/65

「装備の調達とメンテナンス」

『モニター、こわれた。かいかえ。……ついてきて、ほしい』


その珍しいお願いは、深夜のデュオランク中に、ぽつりと落ちてきた。


「いいですよ。じゃあ土曜に……あ」


言いかけて、燈哉は気づいた。相手は社外の人間で、こちらは男。素の姿で街を歩けば、万一知り合いに見られた時に説明がつかない。


——だが、その問題には、もう答えが用意されていた。規約第五条。**会の活動は、綾芽の姿で**。


「——土曜、綾芽の姿で行きます。それなら、女子二人の買い物ですから」


『ん。……きやすめ、じゃなくて、ほんとに、かんぺきだから。あなたの、へんそう』


「プロのお墨付きが一番安心なんですよね」


 ◇


土曜日、昼前の電気街。


待ち合わせ場所に現れた瑠奈は、いつものイベントTシャツにジーンズ、そして深めのキャップという出で立ちだった。長身にその服装は、逆に人目を引くのだが、本人はまったく気にしていない。


「お待たせしました、瑠奈さん」


「ん。……きょうも、かんぺき」


すれ違う人が、二度見していく。モデル級の長身にラフすぎる服の美人と、清楚な黒髪の美少女(中身は男)の二人連れは、電気街でもそれなりに目立った。


「……見られてますね、俺たち」


「だいじょうぶ。だれも、なかみが、さいきょうゲーマーと、おとこ、とは、おもってない」


「その安心の仕方でいいのかな!?」


 ◇


モニター売り場での瑠奈は、早かった。


「これ。おうとうそくど、いちばん。いろは、みない。……かう」


「三秒!? 色とかデザインとか見なくていいんですか?」


「モニターは、そうび。そうびは、せいのう」


即決した144万——もとい十四万円のモニターと、ついでにマウス二つ、キーボード一つ。会計を終えると、当然のように大きな段ボール箱が積み上がった。


「……はいたつ、たのむの、わすれた」


「でしょうね!? ……しょうがない、持ちましょう」


綾芽は、モニターの箱をひょいと抱え上げた。十数キロの大箱である。ついでに紙袋も、まとめて左手に提げる。


「……もてるの?」


「あ——え、えっと、ほら、私、鍛えてるので! 配信は体力なので!」


(しまった、つい素で持ち上げた……!)


慌てて取り繕う綾芽の隣で、瑠奈は、じっとその手元を見ていた。


細い腕。完璧に女の子の見た目。なのに、箱はびくともしない。


(……ちから、つよい)


知っている。中身が男の人であることは、知っている。データでも、理屈でも、ぜんぶ知っている。——なのに。


(なんで、いま、みた。もういっかい)


じっ。


「る、瑠奈さん? 顔が近いです」


「ん。……なんでもない」


 ◇


帰り道は、車道沿いの歩道だった。


歩き出してすぐ、綾芽の位置が、すっと変わった。瑠奈の右側——車道側へ、自然に、当たり前のように。


(……いま、いれかわった)


瑠奈がそれを認識した、数十秒後だった。


ちりんちりん——と、背後から自転車のベルが鳴った。かなりのスピードで、歩道を突っ込んでくる。


「瑠奈さん、こっち」


肩を、軽く引き寄せられた。


自転車が、さっきまで瑠奈のいた場所を走り抜けていく。綾芽は箱を抱えたまま、何事もなかったように歩みを再開した。


「危なかったですね。歩道であのスピードは——瑠奈さん?」


「…………」


瑠奈は、止まっていた。


灰色の目が、瞬きを二回。それから、自分の肩に一瞬だけ触れていた手の位置を、見下ろす。


(——しんぱくすう、じょうしょう。すいてい、140)


(げんいん:ふめい。てきしゅう:なし。ダメージ:なし。なのに、けいかいレベルが、あがってる)


(……こしょう? わたし、こしょうした?)


「瑠奈さーん? 置いていきますよ?」


「……いく」


小走りで追いつきながら、瑠奈は胸の奥の異常値を、そっと保留フォルダに入れた。原因不明のバグは、再現条件が揃うまで観測を続ける。それが彼女の流儀である。


——この後、ゲームセンターのガンシューティングで瑠奈が歴代スコアを三倍更新して人だかりができ、二人で逃走する事件があったが、それはまた別の話である。


 ◇


その夜。自室に戻った瑠奈は、買ってきたモニターを設置し終えて、ふと、暗い画面に映った自分と目が合った。


紺色の髪。今日も毛先が、あちこちで好き勝手に跳ねている。


「…………」


気づけば、引き出しの奥から、ずっと使っていないヘアブラシを発掘していた。いつかの物販のおまけである。


しゃ、と一度、髪を梳く。


(……なんで、いま、かがみ、みてる? なんで、かみ、といてる?)


理由は、見つからなかった。見つからなかったが、手は止まらなかった。


しゃ。しゃ。


静かな部屋に、髪を梳く音だけが、規則正しく響く。


(……ま、いっか。そうびの、めんてなんす)


その夜、反町瑠奈の「装備メンテナンス」の項目に、生まれて初めて「髪」が追加された。


理由の欄は——空白のまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ