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「フルパの日常」

グループチャット『フルパーティー』は、今日も平和に流れていた。


『美咲:定例会のお菓子、リクエスト受付中でーす!』


『遥:プリン!』


『静:しょっぱい系を要望します。甘いのは先輩が食べすぎるので』


『遥:食べすぎてない!』


『静:前回、五個』


『遥:数えないで!?』


そして、その賑やかな流れの下に、ぽつんと一件。


『瑠奈:(クマが親指を立てているスタンプ)』


『美咲:るなちゃんの初スタンプきたーーー!!』


『遥:記念日だ!!』


『静:保存しました』


『瑠奈:?』


——反町瑠奈、二十一年の人生で初めての、グループチャットである。既読の付け方も、話に入るタイミングも、スタンプという文化も、なにもかもが手探りだった。それでも彼女は毎晩、流れていくメッセージを、全部さかのぼって読んでいた。


(……にぎやか。フルパの、チャット)


読みながら、返信を打っては、消す。打っては、消す。結局スタンプ一つを送るのに十五分かかったことは、誰も知らない。


 ◇


一方その頃、spoVの収録スタジオでは、ちょっとした異変が囁かれていた。


「……ねえ。最近の月影さん、なんか変じゃない?」


「わかる。この間、スマホ見て——**笑ってた**」


「月影が!? あの月影が!?」


社内で「孤高の最強」と呼ばれ、収録が終われば無言で消える怪物ゲーマーが、近頃、休憩のたびにスマホを眺めている。しかも時折、口元が緩んでいる。


「彼氏でもできた?」


「いや友達でしょ。……いや、あの月影なら友達でも大事件か」


当の瑠奈は、囁きに気づく様子もなく、画面の中のプリン論争を眺めて、小さく息を漏らしていた。それが傍目に「笑った」と映ることを、本人だけが知らない。


 ◇


週一の、デュオランクの夜が来た。


『るい。きょうの、さくせん。まえのめり』


「了解。……よし、今日はダイヤ帯まで上げましょう」


契約——もとい口止め条件のデュオランクは、いまや燈哉にとっても週の楽しみになっていた。ここでは声を作らなくていい。来海でも綾芽でもない、ただの野治燈哉として、画面の向こうの相棒と銃声の中を駆け回る。


その夜の最終戦。残り十秒、絶体絶命の二対一を、二人の連携がひっくり返した。


『WINNER』


「——うおっしゃあ!! 勝った勝った勝った!! 瑠奈さん、今の完璧でした!! あーもう、心臓バクバクした!!」


素の声で、燈哉は大笑いした。誰にも聞かせない、作っていない、無防備な笑い声だった。


『…………』


「……瑠奈さん? どうしました?」


『——ん。……ナイス、ファイト』


「? はい、ナイスファイトでした!」


通話が切れ、瑠奈は、ヘッドホンを外した。


静かな部屋。モニターの灯り。いつも通りの、深夜二時。


(…………)


瑠奈は、無言で録画データを開いた。試合の解析は毎回の習慣である。敵の位置取り、連携のタイミング、反省点の洗い出し——そのはずだった。


シークバーが、するすると動く。止まったのは、交戦シーンではなかった。


『——うおっしゃあ!! 勝った勝った勝った!!』


笑い声。


もう一度、巻き戻す。


『——うおっしゃあ!!』


もう一度。


『——うおっ』


三回目の途中で、瑠奈は、はたと手を止めた。


(……?)


灰色の目が、自分の右手を、不思議そうに見下ろす。


(なんで、いま、まきもどした? ここ、はんせいてん、ない。かんぺきな、しあい。かいせき、ひつよう、ない。……のに)


理由を探して、数秒。見つからなかったので、瑠奈は結論した。


(……そうさミス)


人はこれを、そうさミスとは呼ばない。だが彼女の辞書に、まだその項目はなかった。


 ◇


——さて。フルパの平和な水面下で、二つの「内緒」が、静かに動き出していた。


その一。金曜の夜、燈哉のスマホに届いたメッセージ。


『遥:ね、明日って空いてる? 新しいマイク見に行きたいんだけど、付き合ってくれない? ……久しぶりに、"いつもの"で!』


(いつもの——ああ、素の格好でってことか。機材屋なら男の格好のほうが自然だしな)


『いいよ。何時?』


即答である。画面の向こうで少女が枕に顔を埋めて足をばたつかせたことなど、知る由もない。


その二。日曜の昼、同じスマホに届いたメッセージ。


『静:兄さん。市内に味噌ラーメンの新店を発見しました。調査への同行を要請します。もちろん、普段の格好で構いません』


(ラーメン調査って何だ。……まあ、うまいなら行くか)


『行く。夜でいい?』


即答である。画面の向こうで元ヤンが拳を握って小さくガッツポーズをしたことなど、やはり知る由もない。


なお——遥は静の「調査」を知らず、静は遥の「機材屋」を知らない。規約第五条の外側で、二つの内緒が、互いの存在に気づかぬまま、並走を始めていた。


(最近、なんか誘われることが多いな。……みんな暇なのか?)


世界一平和な感想を抱く男を巡って、水面下の戦況だけが、静かに、確実に、動いている。

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