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「フルパーティー」

その日、燈哉——否、佐藤綾芽は、駅前の雑居ビルの五階にいた。


『レンタル会議室C 防音・完全個室』


美咲が探してきた、時間貸しの会議室である。配信関係者が打ち合わせに使うことも多く、防音は完璧、入口は各部屋独立で、誰が誰と会ったかは外から分からない。——秘密の会合には、これ以上ない場所だった。


「よし、機材チェックOK! 盗聴の心配なし、窓は目隠しシート、飲み物とお菓子も完備!」


「美咲先輩、幹事の才能ありますね」


「準備は完璧。……あとは」


遥が、ちらりと壁の時計を見た。開始五分前。今日の会合には、最後の一人——**社外の共犯者**が、初めて現実の姿で来ることになっていた。


(陽凪さん、か。……声しか知らないんだよな、考えてみれば)


こんこん、と。控えめなノックが、二回。


四人の背筋が、同時に伸びた。静が扉を開ける。


そこに立っていたのは——


「…………ども」


**すらりと高い、長身の美人**だった。


腰まで届く紺色の長い髪。ただし綺麗に整えられているわけではなく、毛先はところどころ好き勝手に跳ねている。灰色の、少し眉を細めたような気だるげな目。顔立ちそのものは、びっくりするほど整っている。


そして、その恵まれたスタイルに纏われているのは——どう見ても物販のイベントTシャツと、色の抜けたジーンズであった。


「「「「…………」」」」


「……へや、ここで、あってる?」


囁くようなその声は、間違いなく、いつもヘッドホン越しに聞いている声だった。


「よ、ようこそ! どうぞどうぞ!」


 ◇


「——では、自己紹介から。反町瑠奈です。……陽凪の、なかみ」


着席した瑠奈は、ぺこりと頭を下げた。


「るい……じゃなくて、ええと、こっちの世界だと、綾芽、さん? が、いつもの。で、そちらが」


「稲葉遥です! みなみの中の人!」


「社静。志穂の中の人です」


「大政美咲! ミハネやってます! わー、瑠奈ちゃん、実物めっちゃ美人! てか背たっか! モデルさんみたい!」


「……そう?」


瑠奈は自分の服を見下ろした。


「これ、去年の、spoV感謝祭の、ぶっぱんTシャツ」


「服の話はしてない!!」


(イベントTシャツを私服として着る人、実在するんだ……)


一方、瑠奈の視線は、先ほどからじっと綾芽に注がれていた。灰色の目が、上から下まで、観測するように動く。


「……あの、瑠奈さん?」


「ん。……すごい」


ぽつりと、瑠奈は言った。


「データでは、しってた。でも、じっさいに見ると——**かんぺき**。こえも、しぐさも、ぜんぶ。……プロの、うごき」


「ほ、褒められてる……のか?」


「さいだいきゅうの、ほめ」


拍手が、ぱちぱちと送られた。プロゲーマーに動きを褒められる女装。複雑な栄誉である。


 ◇


議題一、会の正式名称。


「はい! じゃあ持ち寄った案、発表ね! まず私! 『**チーム太陽と愉快な仲間たち**』!」


「先輩の立ち位置がおかしい。却下です。私の案は『**鉄の掟・血の同盟**』」


「物騒!! ワタシは『**あやめ組**』……あ、いや、これも組って時点で物騒か……」


「俺は無難に『定例会』とか……」


「「「無難すぎ!!」」」


案は出るたびに斬られ、会議は早くも迷宮入りの気配を見せた。——その時。


「……あの」


瑠奈が、小さく手を挙げた。


「いい? わたしの、あん」


「ど、どうぞ!」


「**フルパーティー**」


一同が、きょとんとする。瑠奈は、たどたどしく、しかし確かに続けた。


「ゲームで、パーティーの、わくが、ぜんぶ埋まってること、フルパって言う。……ひとりも、欠けてない、ってこと」


灰色の目が、順番に、四人の顔を見た。


「わたし、ずっと、ソロだった。……このパーティーが、はじめての、フルパ。だから」


「————」


「……だめ?」


だめなわけが、なかった。


「「「「——採用!!」」」」


かくして会の正式名称は、『**フルパーティー**』——略して『フルパ』に決定した。


 ◇


議題二、規約の改定。


「では、規約担当から新条文の提案です」


静がノートを開いた。表紙の『秘密を守る会 規約』の文字は、二重線で消され、『フルパーティー規約』に書き改められている。


「第五条・新設。『**会合の場において、燈哉は必ず女装(綾芽)の姿で参加すること**』」


「え、俺!?」


「理由を述べます。今日のようにメンバーで集まる時、そこに"見知らぬ男"が一人混ざっていたらどうなりますか。うちの会社の人間に見られたら? 週刊誌に撮られたら?」


「「「大炎上」」」


「そういうことです。**女性五人の集まりなら、誰に見られても問題ない**。綾芽姿は兄さん自身の最強の防具です。——採決を」


全員の手が、すっと挙がった。満場一致である。


「か、可決……。まあ、理屈は、わかるけど」


(会合のたびに女装確定か……いや、いつものことなんだけどさ)


——なお、この瞬間。


((………………ん? 待って))


挙手したままの遥と静の頭の中で、まったく同時に、まったく同じ計算が走っていたことを、記録しておかねばならない。


(会合では、女装。つまり——**会合じゃなければ**?)


(規約が縛るのは「会の場」だけ。個人的に、二人で、いつもの姿の燈哉と会うのは——**規約の外**……!)


((これは抜け道ではない。規約の、正しい読解である))


二人の少女は、素知らぬ顔で議事録を見つめながら、それぞれの胸の内で、まったく同じ「内緒の計画」をそっと畳んで仕舞い込んだ。互いに、相手も同じことを考えているとは、夢にも思わずに。


 ◇


会議は、お菓子とともに和やかに流れ、解散の時間になった。


「じゃ、次回の定例会もここで! 解散!」


ビルを出ると、夕暮れだった。駅へ向かう道すがら、綾芽は隣を歩く瑠奈に声をかけた。


「今日、来てくれてありがとうございました。……その、リアルで会うの、緊張しませんでした?」


「した。……でも」


瑠奈は、少しだけ考えて、言った。


「こわい、より、たのしみが、かった。……フルパの、しょかい、だったから」


「ふふ。じゃあ、次回も」


「ん。……また、らいしゅう。ランクでも、まってる」


改札で手を振って別れる。その後ろ姿を見送って、綾芽もまた、帰路についた。


 ◇


——その夜。自室に戻った瑠奈は、鏡の前で、ふと足を止めた。


紺色の髪が、一房、ぴょんと跳ねている。いつもの、見慣れた寝癖である。今まで、気にしたことは一度もなかった。


「…………」


なぜだか今日は、それが少しだけ、気になった。


瑠奈は首を傾げ、跳ねた毛先を指で摘まんで——結局そのまま、PCの電源を入れた。


(……なんだろ。まあ、いっか)


画面が灯る。いつもの、ゲームの世界。だが今夜のフレンド欄には、昨日までなかった四つの名前が、緑色に並んでいた。


生まれて初めての、フルパーティーである。

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