「社外の共犯者」
会談から数日後。陽凪から、一通のメッセージが届いた。
『じょうけん、いいわすれてた』
「条件!? 今さら!?」
慌てて通話を繋いだ燈哉に、陽凪は真剣そのものの声で告げた。
『ひみつを、まもる、かわりに。……**しゅういち、デュオランク、つきあうこと**』
「……え、それだけ?」
『それだけ、じゃない。だいじな、けいやく。しゅういち。かならず。しけんまえでも、かぜでも』
「風邪の時は休ませて!?」
かくして、燈哉の週間スケジュールに「深夜・秘密のデュオランク(非公開)」が刻まれた。守秘の対価が「週一で一緒に遊ぶこと」という、史上もっとも平和な口止め契約である。
(……ほんと、あの人らしいな)
◇
新しい日常は、思いのほか賑やかに回り始めた。
デュオランクの夜は、ゲームの合間に、ぽつぽつと雑談が挟まる。陽凪の言葉は相変わらず最少だが、話題は少しずつ増えていた。
『きょうの、るいの、はいち。てんさい』
「俺のことは類って呼ぶことにしたんですか?」
『ん。ゲームのなかの、あなたの、なまえ。……ほんみょう、しらないままで、いい。**ゲームのなかの、あなたが、あなた**だから』
「————」
素性を、聞かない。顔も、本名も、要らないという。この距離感は、社外の共犯者にしか出せないものだった。
一方——社内の共犯者たちは、穏やかではなかった。
「……で。今週も行くんですか。**深夜の密会**」
「密会って言うな。デュオランクだ」
「週一で! 深夜に! 二人きりで! 通話しながらゲーム! ……それを世間では何と呼ぶか、知ってますか兄さん」
「ランク戦だが!?」
「静ちゃん、落ち着いて。あれはゲーマーの友情、ゲーマーの友情だから……たぶん、おそらく、きっと……」
「遥先輩の目が全然落ち着いてないんですが」
観客席の美咲だけが、大変に楽しそうであった。
「いやー、面白くなってきたねえ。分類不能の新勢力。審判としては目が離せません」
「「審判はいらない!!」」
(新勢力? 審判? ……最近、三人だけで通じてる話が多いんだよな)
疑問に思いつつ、深くは考えない。考えないから、平和なのである。
◇
そんなある夜のデュオランクで、事件が起きた。
連携が噛み合い、過去最高順位に到達した瞬間——燈哉は、思わず素で叫んだのである。
「よっしゃあ!! 陽凪さん、今のカバー最高でした!!」
『ん。……るい』
「はい?」
『いまの、こえ。おっきくて、たのしそうで、いい、こえ』
「……そ、そうですか?」
『まいにち、そのこえで、いれば、いいのに』
「————」
『? どうした?』
「……いえ。その声で毎日いられたら、苦労はしないなあって」
『そっか。……じゃあ、しゅういちは、そのこえで、いよ』
なんでもないことのように、陽凪は言った。
『ここは、ろっく、かかってる。だれも、きいてない。……ここでは、つくらなくて、いい』
(————ああ、そうか)
気づけば燈哉は、笑っていた。
社内の仲間たちの前では、それでも「綾芽」や「来海」の顔がどこかに残る。だがこのロビーには、VTuberの来海も、女装の綾芽も要らない。ただの、ゲームが好きな野治燈哉でいられる場所が——会社の外に、一つできたのだった。
「……陽凪さん。改めて、これからもよろしく」
『ん。よろしく。……らいしゅう、にげたら、おうちまで、いくから』
「家知らないですよね!?」
『しらべれば、わかる』
「怖い怖い怖い」
◇
——後日。守る会の定例会議で、美咲が、ぱんと手を叩いた。
「ねえねえ、そろそろ思うんだけどさ。うちらの会——**ちゃんと名前、つけない?**」
「名前、ですか」
「だって、もう五人だよ? 社長入れたら六人。『秘密を守る会』って仮名のまま、ここまで来ちゃったけど、これだけの所帯になったら、ちゃんとした看板が要るでしょ!」
「一理あります。組織には名前と規約が必要です」
「わ、私も賛成! なんかこう、正式なやつ!」
わいわいと案が飛び交い始めた会議室で、燈哉はひとり、感慨に耽っていた。
(——一年前は、社長と二人きりの秘密だった)
遥が知って。静が知って。美咲が知って。そして、社外の陽凪まで。
秘密は、五人の共犯者に守られて——いつのまにか、独りぼっちの重荷ではなくなっていた。
「じゃ、次回までに全員、会の名前を一案ずつ! 燈哉くんも!」
「俺もか」
「主役でしょ!!」
——次回、守る会・命名会議。それはのちに「実質・恋のライバル顔合わせ」と呼ばれる、新章の幕開けである。




