「答え合わせ」
『こんや、あいてる? ゲームじゃなくて、はなし』
数日後に届いたそのメッセージを、燈哉は少しだけ不思議に思った。
(ゲームじゃなくて、話? あの陽凪さんが?)
用件しか書かない怪物ゲーマーからの、初めての「話」の誘い。指定されたのは、いつものプライベートロビー——ただし今夜は、ゲームを起動しない、声だけの接続だった。
深夜零時。ヘッドホンの向こうで、小さな呼吸の音がした。
『……きてくれて、ありがと』
「いえ。……話って、なんですか?」
少しの、沈黙。
それから陽凪は、いつも通りの、囁くような声で言った。
『こたえあわせ、したくて』
「答え合わせ?」
『ん。——**あなた、おとこの人、でしょ**』
◇
世界から、音が消えた。
(————————は?)
心臓がひとつ、大きく跳ねて、それきり呼吸の仕方が分からなくなった。指先が冷えていく。ヘッドホンの向こうの静寂が、永遠のように長い。
『……おこった?』
「な——んの、ことですか?」
声は、裏返らなかった。演じ続けた一年半が、瀬戸際の声帯を支えた。だが。
『いまの「なんのことですか」。0.8びょう、おくれた』
「————」
『いつものあなたは、質問への反応、もっとはやい。……おどろいた時だけ、おくれる。しってる。はんとし、みてきたから』
(——観測、されてる。会話まで)
陽凪は、責める調子など欠片もなく、まるで攻略メモを読み上げるように、静かに続けた。
『きいて。けつろん、じゃなくて、とちゅうしきから、いうね』
『ひとつ。はんのうそくど。あなたのフィジカル、じょせいプロの分布から、はずれてる。だんしプロの、まんなかへん』
『ふたつ。リコイルをおさえる、うでのちから。じゅうのブレのけしかた、腕力のけしかた。……おんなのこの、けしかたじゃない』
『みっつ。V-ARENAの、からだのうごき。かたはばの、まわしかた。はしりだしの、こしの、いち。アバターごしでも、こっかくは、うそをつけない』
『よっつ。こえ。ふだんは、かんぺき。でも、しあいで、おいつめられたとき。さけびの、いちばんそこに、ひくい成分が、まざる。……V-1の、さいごのラウンドが、いちばん、おおきかった』
一つ。また一つ。積み上げられていく「途中式」は、どれも決定打ではなく——全部を束ねると、一つの答えにしか辿り着かなかった。
『はんとし、ぜんぶのアーカイブ、みた。さいしょは、ただの、ファンかつどう。つよいひとの、けんきゅう。……でも、データが、たまるほど、こたえが、ひとつになってった』
『このあいだの、さいせん。さいごの、かくにんだった。……ごめん。ちょっとだけ、しけんみたいなこと、した』
(あの夜の全部が——確認作業でもあったのか)
反論の材料を、燈哉は必死に探した。体調、回線、アバターの仕様、たまたま——どの言い訳も、この半年の観測量の前では、紙のように薄かった。
そして何より。
『……ねえ。ひとつだけ、きいて』
陽凪の声が、初めて、ほんの少しだけ揺れた。
『わたしは、あなたが、おとこでも、おんなでも、どっちでもいい。ほんとに、どっちでもいい。……でも』
『**うそをつかれたままで、ともだちを、つづけるのは、いや**』
「————————」
それは、データではなかった。
途中式の最後に置かれていたのは、理屈ではなく——半年分の、まっすぐな好意だった。
燈哉は、目を閉じた。
遥の顔が浮かんだ。静の顔が浮かんだ。美咲の顔が浮かんだ。バレるたびに世界の終わりだと思って、そのたびに、世界は終わらなかった。でも今回は、相手が違う。社外——それも、よりによって、ライバル会社の看板選手。
(否定し続けることは、たぶん、できる。証拠はない。しらを切って、距離を置いて、もう二度と一緒に遊ばなければ——)
『……へんじ、なくても、いい。きょうは、きいてくれて、ありがと』
「——待って」
気づけば、呼び止めていた。
切られかけた接続の向こうで、息を呑む気配がした。
燈哉は、大きく息を吸った。喉の奥のスイッチを、一年半で初めて、社外の人間の前で——切った。
「————陽凪さん。あなたの答え合わせ、合ってます」
自分の声だった。低い、男の声だった。
「俺は、男です。……今まで、騙しててごめん」
長い、長い沈黙。
やがてヘッドホンの向こうから、聞こえてきたのは——
『…………こえ、そっちが、ほんもの?』
「……はい」
『そっか』
そして陽凪は、世界で一番どうでもいいことを確認するみたいに、あっさりと言った。
『ん。じゃあ、これで、ともだち、つづけられる』
「…………え?」
『え? って、なに?』
「え、いや、その——怒ったり、幻滅したり、会社に報告したり、は」
『?』
心底不思議そうな声だった。
『なんで? ——**つよいは、つよい**。せいべつ、かんけい、ある?』
(————この人は)
その瞬間、燈哉が思い知ったのは、恐怖の答えではなく——自分の考えの、ちっぽけさだった。
『でも』と、陽凪は続けた。
『これ、たぶん、おおごとなんだよね。あなたのかいしゃ、だんしきんせい、だから。……だから、ちゃんと、そうだんしよ』
「相談……?」
『ん。**あなたのなかまと、わたし。いちど、はなしたい**。……わたしのことば、たりないから。ごかいされたく、ない』
——秘密を知る五人目は、社外の、最強だった。




