「非公開ロビーでの再戦」
『再戦。今夜。ロビー番号、おくった』
相変わらず、用件しか書いていないメッセージだった。
深夜零時。燈哉は自室のPCの前で、指をほぐした。画面には、招待制のプライベートロビー。観戦者ゼロ、配信なし、記録も残らない——世間には存在しない試合である。
『……きた』
ヘッドホンから、囁くような声がした。V-1の大将戦以来の、月影陽凪である。
「お久しぶりです、陽凪さん。……お手柔らかに」
『てごころは、しない。……あなたも、しないで』
「——望むところです」
◇
結果から言えば、ボロ負けだった。
一戦目、開始四十秒で敗北。二戦目、待ち伏せを読まれて敗北。三戦目、善戦の末に敗北。
(つ、強すぎる……! V-1の時より、さらに)
『……よわくなった?』
「なってません! 陽凪さんが強くなってるんです!」
『ん。まいにち、つよくなってる。……つぎ』
V-1の大将戦で、燈哉は策を弄して一点をもぎ取った。地形を使い、心理を突き、番狂わせを起こした。——だが、同じ手は二度と通じない。この怪物は、あの一敗を、完全に解析し終えていた。
(策が全部潰されてる。なら——正面から食らいつくしかない)
四戦目。燈哉は小細工を捨てた。撃ち合いを、避けない。逃げない。読み負けたら、撃ち勝つ。
『……!』
初めて、ラウンドを取った。
『いまの、いい』
「……っし!」
五戦目、六戦目。負けて、負けて、七戦目にまた一本。気づけば時計は深夜二時を回り、二人はただのゲーム好きの子供のように、次、次、と試合を重ねていた。
『……たのしい』
ぽつりと、陽凪が言った。
『あなたと、やるの、たのしい。……ほんきで、つぶしにくるから』
「俺も楽しいです。……一回も勝ててないのに、不思議と」
『かてないのに、にげないひと、すき』
「どきっとする言い方やめてもらえます?」
『?』
通じていなかった。この人の言葉は、全部ゲームの言葉なのである。
◇
最終戦は、その日一番の激戦になった。
残り一分、一対一。陽凪の位置は読めない。読めないなら——作るしかない。燈哉は、あえて足音を鳴らして角へ走り、直前で反転した。V-1で使った騙しの、さらに裏。
来る。来た。撃ち合いは、正面。
『————』
「————っ!」
先に倒れたのは——陽凪だった。
『MATCH SET』
「……勝った。勝った! 一本取った!!」
『……ん。いまの、さいこうだった』
ヘッドホンの向こうで、ぱちぱちと小さな拍手が聞こえた。陽凪なりの、最大級の賛辞である。
『きょうの、さいごの一本。フェイクの、うらの、うら。……V-1のときの、あなたと、おなじあたま。でも、うでが、あがってる』
「毎晩ちょっとずつ練習してるので」
『しってる。ランクの、じかんたい、みてた』
「見られてた!?」
『……また、やろ。つぎは、まけない』
「はい。——また、やりましょう」
接続が切れる直前、陽凪は、いつもの倍の長さの沈黙のあとで、こう言った。
『きょう、きてくれて、ありがと』
ぷつり。
(……いい人、なんだよな。口数は最少だけど)
燈哉はヘッドホンを外し、心地よい疲労とともに伸びをした。強敵で、好敵手で——たぶんもう、友達だった。
◇
——同時刻。とある部屋。
三枚のモニターの前で、陽凪はヘッドホンを外した。
中央の画面には、今夜の全試合のログ。左の画面には、V-1の大将戦の解析データ。そして右の画面には——この半年、アーカイブを全部見て作り上げた、「明野来海」という選手の観測ノート。
『——観測メモ・最終』
指が、静かにキーを叩く。
『反応時間の分布。とっさの時の、りきみ方。リコイルを抑えるときの、くせ。V-ARENAの、からだの、うごき。声が、あがるときの、成分』
『ぜんぶ、そろった』
カーソルが、点滅する。
陽凪は、少しだけ手を止めた。画面の端には、今夜の最終戦のリプレイが、音もなく流れている。正面から撃ち合いに来た、あの無謀で、まっすぐな一手。
『……つよいは、つよい』
それだけ独り言のように呟いて、彼女はノートの末尾に、短い一行の結論を打ち込んだ。
打ち込んで、三秒だけ眺めて——そっと、画面を閉じた。
「……やっぱり」
部屋の暗闇に、その呟きだけが、ぽつりと落ちた。




