「五期生、二人目」
『Vmove's五期生・二人目、デビュー決定!』
社内の業務連絡にその一報が流れた日、誰よりも大きな反応を見せたのは、静だった。
「こ、後輩……! 私に、後輩ができる……!!」
「静ちゃん、落ち着いて。まだ会ってもいないでしょ」
「先輩はわかってません。五期生はずっと私一人だったんです。同期会を開いても、一人。五期生グループチャットも、一人。既読が、つかないんです。自分のメッセージだから」
「その話は悲しいからやめて」
新人の名は——**命冥リツ(めいめい りつ)**。泣き虫のお化けをモチーフにした新人だという。
「よし。……私が、立派な先輩になってみせます。兄さんと先輩たちが私にしてくれたこと、全部あの子に返します」
決意する静の目は、真剣そのものだった。……この時までは。
◇
初顔合わせの日。会議室で待つ静(と、付き添いを頼まれた綾芽)の前に、その新人はやってきた。
——半分だけ。
「ひっ……あ、あの、し、失礼、しますぅ……」
ドアの陰から、白い前髪と、涙目が半分だけ覗いている。入ってこない。三分経っても、入ってこない。
「……押忍。五期生の先輩、極同志穂だ。よろしく」
「ひぃっ!! ご、極道……!! 私、消されるんですかぁ……!?」
「極道じゃない! キャラ名です!! って、待って、透けないで!? どこ行くの!?」
「ごめんなさいごめんなさい、私なんかが五期生とか、おこがましくて、もう、成仏しますぅ……」
「デビュー前に成仏しないで!!!」
(……前途多難だなあ)
命冥リツ、もとい中の人の少女——館山穂花は、筋金入りの豆腐メンタルだった。挨拶で泣き、褒められて泣き、お茶を出されて「私に、お茶を……?」と泣いた。
だが、静は投げ出さなかった。
「いいですか。配信で一番大事なのは、機材でも企画でもありません。『また来たい』と思ってもらえる場所を作ることです」
「ば、場所……」
「あなたは泣き虫でいい。泣き虫のままで、愛される場所を作ればいいんです。……私も、勢いと気合いしかない状態から始めたので。保証します」
(……静ちゃん、いつの間にそんな先輩の顔を……)
受け売り九割、実感一割。それでも、その一割は本物だった。熱海の夜に自分が受け取ったものを、静は不器用に、確かに手渡そうとしていた。
◇
そして、デビュー配信当日。登録者ゼロからの、スタートである。
「う、うぅ……こ、こんばんは……命冥リツ、です……。今日は、来てくれて、ありがとうございますぅ……」
初配信は、案の定、涙で始まった。同接の数字に怯えて泣き、コメントの優しさに泣き、自己紹介を三回噛んで泣いた。
『泣きすぎw』『大丈夫かこの子w』『見守り隊結成』
だが——歌枠に入った瞬間、空気が変わった。
透き通った、それでいて胸の奥を掴むような歌声。泣き虫の少女は、歌っている間だけ、誰よりも堂々としていた。
『え、うま』『声どうなってんの』『ギャップやば』『泣き虫お化け、歌で化けるじゃん』
「……ふふん。でしょう? うちの後輩、すごいでしょう」
ゲスト席の志穂が、我がことのように胸を張る。その隣で来海も、素直に拍手を送った。
「本当にすごい。……ね、リツちゃん。どうして配信の世界に?」
「……あ、あの。私、ずっと、人と話すのが怖くて。でも、志穂先輩の配信を見て……あんなに真っ直ぐな人でも、頑張ってるんだって。それで、その……勇気を、もらって」
「〜〜〜っ!!」
志穂が、明後日の方向を向いた。耳が赤い。
「し、志穂先輩は、私の憧れで……あと、面接の時、社長さんが言ってたんです。『うちには、君のような子を放っておけない先輩がたくさんいる』って……本当でした……」
(——社長。あんた、また"そういう子"を見つけてきたんだな)
二百人から一人を選ぶ、あの人の目。勢いと気合いの元ヤンを拾い、泣き虫の歌姫を拾う。この会社の景色が面白いのは、きっとあの人の目のせいなのだ。
◇
配信終了後の、帰り道。
「……はぁ〜〜、緊張しました。先輩って、あんなに大変なんですね」
「お疲れさま。いい先輩だったよ、今日の静ちゃん」
「っ、当然です。私は、その、兄さんみたいに、ちゃんと向き合ってくれる人がいたから、今があるので。あの子にも同じように——」
「——静ちゃん?」
「…………あ」
夜道に、沈黙が落ちた。今の通話、スピーカーである。そして画面の向こうには、会議通話中の遥がいる。
『……静ちゃん。今、通話中って忘れてたでしょ』
「わ、忘れてません! 今のは一般論で!」
『兄さんみたいに、の部分、議事録に残しました』
「消してください!!」
(……賑やかだなあ、ほんとに)
笑いながら夜道を歩く。秘密は増え、後輩は増え、目標は増え——日常は、確かに豊かになっていた。
——そしてこの平和が、次の"爆弾"の導火線とともにあることを、燈哉はまだ知らない。




