「九帝、全員集合」
『V-1グランプリ優勝記念・Vmove's社内感謝祭』
その告知が出た瞬間から、SNSは一つの単語で埋め尽くされた。——**九帝、全員集合**。
現役九帝七人が同じ配信に揃うのは、実に三年ぶりだという。当日のV-ARENAには黄金の大広間が用意され、開始前の待機画面だけで同接は十万を超えていた。
「し、心臓が痛い……」
その大舞台に、V-1優勝チームとして四期生も招かれていた。楽屋エリアの隅で深呼吸する来海に、聞き慣れた声が飛ぶ。
「ふはは、何を怯えておる! 余らは優勝者であるぞ!」
「おうちゃまの心臓、一回借りたい……」
◇
配信が始まり、九帝が一人ずつ入場していく。
ソロモン、ソラ、サツキ、コノハ——見知った四人に続いて、五人目が現れた瞬間、会場の空気が、ふわりと柔らかくなった。
もこもこの寝間着めいた衣装に、枕を抱えた小柄な人影が、ふらふらと漂うように歩いてくる。
「……九帝が一人、夢廻京……。みんな、ひさしぶり……。もう、ねむい……」
「京姉さん、入場十秒で寝んといて!?」
伝説のASMR配信者・夢廻京。囁き声の解像度は業界最強、一度ファンになると抜けられないという「音の魔女」である。登録者三百五十二万。彼女がマイクに近づき、挨拶代わりにひとこと囁いた。
「……みんな、きてくれて、ありがと……」
『耳が溶けた』『十秒で眠くなったんだが』
コメント欄が、集団で眠りに落ちかけた。
「はいはい、起きて起きて! 六人目、行くよ!」
続いて現れたのは、作業用ゴーグルを頭に載せ、工具ベルトを腰に巻いた女性——東琴音。V-ARENAの開発にも噛んだ、Vmove's技術の生き字引である。登録者三百三十万。
「どーも。琴音です。今日のこの会場も、まあ、半分くらい私の作品。バグったら私のせいなんで、優しくしてね」
『会場ごと自作は強すぎる』『技術の九帝』
「——そして、最後」
大広間の照明が、すっと落ちた。
花道の奥から、鈴の音。金糸の刺繍が舞う、和服のアイドル衣装。扇を優雅に開いて現れたその人の登場だけで、コメント欄の流速が、目に見えて変わった。
「——皆の衆、久しいの」
東楓。登録者八百八万人。Vmove'sの、そしてこの業界の、絶対的エース。和服アイドルという文化そのものを作った人が、そこにいた。
「今宵は無礼講じゃ。……楽しんでいきや」
『800万の風格』『空気が変わった』『これが頂点』
(——桁が、違う。立ってるだけで画面の重心が全部持っていかれる。これが、Vmove'sの本当の看板……)
◇
感謝祭は、九帝の伝説エピソードと無茶な余興で大いに沸いた。京が余興の最中に本当に寝落ちし、琴音が会場のバグを生配信のまま三十秒で直し、楓がコノハの手裏剣を扇で受け止めて「芸が粗い」と一蹴する——どの瞬間も、切り抜きが確定していく。
そして中盤、四期生の呼び込みとなった。
「V-1優勝チーム、入場やー!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
緊張の面持ちで並ぶ四人を、楓の視線が、ゆっくりと撫でた。扇の先が、来海に向く。
「——おぬしが、明野来海か」
「は、はいっ」
「十日で百万。V-1制覇。……近頃の妾の後輩は、ずいぶん派手に暴れるのう」
会場が固唾を呑む。楓は扇を閉じ——ふっ、と笑った。
「良い。妾はの、退屈が一番嫌いなんじゃ。四期の看板、覚えたぞ。——じゃが」
閉じた扇が、ぴたりと来海を指す。
「(トップの頂から見る)この景色は、まだ誰にも譲らん。追えるものなら、追うてみや」
「——っ、はい! 追いかけます!」
『世代交代宣言と受けて立つ側』『胸熱すぎる』『これがトップの帝王学』
(……ああ、また、目標ができた。この会社は、どこまで景色が続いてるんだ)
◇
配信終了後。楽屋エリアで機材を片付けていた来海に、ふいに声がかかった。
「——ね。ちょっといい?」
振り向くと、ゴーグルを額に上げた琴音が、タブレット片手に立っていた。画面には——来海のチャンネルの、サムネイル一覧が表示されていた。
「今日の告知サムネも、いつもの配信のやつも、全部自分で作ってるんだって?」
「あ、はい。外注する余裕がなかったので、ずっと自分で……」
「ふうん。……レイヤー構成、配色設計、視線誘導。それに更新の速さ。——**素人の作りじゃないね、これ**」
琴音の目が、ゴーグルの下で、きらりと光った。技術者が、面白い機構を見つけた時の目だった。
「ソフトは何使ってるの? ショートカットは自分で組んでる? ……ね、今度さ」
彼女は、にっと笑って、親指で自分の背後——どこか——を指した。
「——**工房においで**。あんたの手の内、ちゃんと見てみたい」
(……この人の目、なんだかまずい気がする。嬉しいのに、まずい気がする)
断る理由は、見つからなかった。




