「三人歩き」
土曜日、昼前の雑貨街。
待ち合わせ場所に立つ黒短髪の青年の前に、二人の少女が、ほぼ同時に到着した。
「と、燈哉! お待たせ!」
「兄さん、五分前行動です。私は十分前に着いてました」
「なっ、私だって七分前には——って、張り合うところじゃないでしょ!?」
白いパーカーの遥と、オーバーサイズの黒パーカーにダメージジーンズの静。かたや白髪ロング、かたや金髪ツインテール。並ぶと、大変に目立つ二人である。
(そして俺は、その二人の真ん中を歩くわけだ。……人目が、痛い)
かつて「素の燈哉と外を歩ける唯一の人間」は、遥だけだった。その聖域は、先日のアパート事故により崩壊している。今日は記念すべき——そして胃の痛い——初の三人歩きであった。
◇
「マントは黒ですね。結社ですから」
「仮面は逆に安っぽいやつがいいよね、大喜利企画だし」
雑貨屋のマントを広げては畳み、パーティ用の仮面をかけては外し——「資料集め」は、たいへん賑やかに進行した。なお言うまでもなく、配信の衣装は燈哉がPCで作るデジタル素材であり、この外出に実務的な意味は、ほぼない。
(……それ、結局俺が一から描くんだけどな)
とは、言わない約束である。マントを翻して「結社ごっこ」をする二人が、あんまり楽しそうだったので。
問題は、道中である。
車道側を歩こうとすると、静がすっと外側に回り込む。
「兄さんは内側へ。車道側は私が歩きます」
「いや、普通逆じゃない!?」
「昔から染みついてるんです。弱きを内に、が」
「俺は弱きか」
荷物を持とうとすると、これも静が先に全部さらっていく。
「持ちます。鍛え方が違うので」
「わ、ワタシだって持てるし! 半分ちょうだい!」
「先輩は転ぶので却下です」
「転ばないよ!? ……たぶん!」
(元ヤン流エスコート、俺のやることが何もない……)
一方の遥は、経験値で勝負に出た。
「あ! ゲーセンだ! ね、ちょっとだけ寄ってこ!」
クレーンゲームのコーナー。ガラスの中には、例の配信でも使えそうな、仮面をつけたクマのぬいぐるみ。
「ふっふっふ。見てて。この配置なら、ワタシでも——」
五連敗した。
「なんで!? 前より腕上がってるはずなのに!?」
「……先輩。どいてください」
静が百円を入れ、レバーを握る。目つきが、抗争前のそれになった。
——一発だった。
「なっ……」
「昔、これでシマ……縄張りの駄菓子屋の景品を取り尽くして、出禁になったことがあります」
「経歴が物騒!!」
だが静は、取れたクマを見下ろし、それから遥をちらりと見て——ぶっきらぼうに、突き出した。
「……あげます」
「え」
「先輩が五回も粘ったクマです。私が持って帰っても、意味がないので」
「……し、静ちゃん……!」
「か、勘違いしないでください。べ、別に情けをかけたわけじゃなく、これは戦利品の適正な分配で——わっ、抱きつかないでください!!」
(……なんだかんだ、この二人、仲良くなってきてるんだよなあ)
真ん中の燈哉だけが知っている、秘密の観察記録である。
◇
昼は、ラーメン屋に入った。
「おでかけといえばラーメン。これは譲れない持論」
「奇遇ですね先輩。私の地元では『迷ったらラーメン』が条例でした」
「条例ではないだろ」
意外な共通点で盛り上がる二人と、ネギ抜きを注文して二人から「子供舌」と同盟を組まれて糾弾される燈哉。騒がしくも平和な、昼下がりだった。
(——ああ、そうか。俺、いま……普通に、楽しいな)
女装も、声も、設定もなしで、同年代とラーメンを啜っている。一年前には想像もできなかった土曜日が、そこにあった。
◇
——事件は、帰り道に起きた。
「あら〜〜?」
聞き覚えのある、色気のある声。振り向いた三人の顔から、血の気が引いた。
買い物袋を提げた私服の莉音が、にんまりと笑って立っていたのである。
「遥ちゃんと、静ちゃんじゃな〜い。仲良しだねぇ。……で?」
莉音の視線が、真ん中の黒短髪の青年に、ゆっくりと移動する。
「——こちらの、イケメンくんは?」
(((まずい!!!)))
莉音は、素の燈哉の顔を知らない。知らないが——「遥と静が、見知らぬ男と休日に三人歩き」という絵面は、あらゆる意味で燃える。
「「い、従兄弟です!!」」
遥と静の声が、綺麗に重なった。
「……あら。二人の?」
「「…………」」
しまった、という顔を二人が同時にする。遥の従兄弟と静の従兄弟が同一人物である確率は、天文学的に低い。
「わ、私の従兄弟で! 静ちゃんとは、その、最近仲良くなって!」
「そ、そうです。先輩の従兄弟さんに、企画の、荷物持ちを頼んで」
「ふ〜ん? 従兄弟くん、ねぇ……」
莉音は、値踏みするように青年を眺めた。青年は限界まで気配を殺し、会釈だけを返す。声を出したら、終わる。
「……ま、いっか! 邪魔者は退散するね〜。若者たち、楽しんで!」
ひらひらと手を振って、莉音は雑踏に消えていった。
三人は、角を二つ曲がってから、同時に息を吐いた。
「「「あぶなかった……!!」」」
——なお、その頃。
雑踏の中の莉音は、スマホを取り出し、独り言のように呟いていた。
「従兄弟くん、ねぇ。……あの子たち、嘘つくの下手すぎ」
その口元は、面白いおもちゃを見つけた顔で、にんまりと緩んでいた。




