「企画会議」
翌日の夜。本社近くのファミレスの、一番奥のボックス席。
燈哉——今日は綾芽の姿である——の向かいに、遥と静が並んで座っていた。並んで、というのは物理的な話であって、二人の間の空気は国境線のそれだった。
「……で。三人で話って、何?」
「はい。本日の議題はこれです」
静がテーブルに置いたのは、一冊の大学ノートだった。表紙には極太のマジックで、こう書かれている。
『**秘密を守る会 規約(案)**』
「なにこれ」
「読んで字のごとくです。兄さんの秘密を知る者が、私を入れて三人になりました。人数が増えれば、事故も増える。なら、ルールを作るべきです」
「し、静ちゃんにしては、まともな提案……」
「先輩。一言余計です」
規約案は、意外にも実用的だった。
一、公の場での呼称は「来海ちゃん/綾芽ちゃん(さん)」に統一。「燈哉」「兄さん」は三人だけの時のみ。
一、連絡はこの三人のグループチャットで行う。名称は無難に『企画会議』とする。
一、危険を感じた時の合図を決める。(例:「今日は冷えるね」=人が来る、話題を変えろ)
一、秘密を知る者が今後増えた場合、本会で共有し対応を協議する。
「……いいと思う。ちゃんとしてる」
「でしょう。……で、ここからが本題の第五条です」
静は、ノートのページをめくった。
『一、会員は兄さん(燈哉)に対する**過度な接近**を禁ずる。違反者は次回の菓子代を全額負担する』
「「は?」」
「必要な条文です。先輩、心当たりありますよね。クレーンゲームのクマとか」
「なっ、なんでそれを知って——って、ちがっ、あれは機材の買い出しで!!」
「ほう。機材の買い出しで、クマ」
「そ、それを言うなら静ちゃんだって、夜に一人でお宅訪問してるでしょ!! 規約で言えば一発アウトだよ!!」
「あれは業務です! 企画ノートの受け渡しです!!」
「クマも実質業務だし!!」
「クマのどこが業務ですか!!」
「あ、あの、お二人さん? ドリンクバー、取ってこようか?」
板挟みの綾芽が挙手したが、二つの視線に「「座ってて」」と封殺された。結局、第五条は「双方痛み分け」として削除され、規約は四条で可決された。
(……俺の平穏、どこいった。というか、この二人はなんの縄張り争いをしてるんだ? クマ?)
争いの中心にいるのが自分だとは、微塵も考えていない男である。
しかし、と燈哉は思う。テーブルの上で、敵同士のくせに一冊のノートを覗き込む二つの頭を見ながら。
(——悪くない、んだよな。この感じ。俺の秘密が、俺を縛る鎖じゃなくて……人と人を繋ぐ何かに、なってる)
◇
——事件は、会議の帰り道に起きた。
「あーっ!! 綾芽ちゃんと遥先輩と志穂ちゃんだ!!」
ファミレスを出た三人の前に、部活帰りらしき制服姿の美咲が、自転車ごと現れたのである。
「な、なんでこんなところに!?」
「うちの高校この近くなの! えー、何、三人でご飯? いいなー! 最近この三人、やけに仲良くない!?」
美咲の目が、きらきらと輝く。太陽系女子の無邪気な好奇心ほど、恐ろしいものはない。
「私も混ぜてよ! ね、今度四人で——あれ?」
美咲は、ふと首を傾げた。
「……そういえば三人って、何の集まり? 共通点、あんまなくない?」
(((まずい)))
三人の背中に、同時に冷たいものが走った。四期のよしみで綾芽と美咲、旅行のよしみで遥と静——だが「この三人」を繋ぐ線は、表向き、存在しないのだ。
「「そ、それは——」」
遥と静が同時に口を開き、同時に詰まった。その半瞬——二人の視線が、初めて「敵」ではなく「相方」として交差した。
「——**企画会議**、です」
「「そう、企画会議!」」
「三人で、その、新しいコラボ企画をね!」
「私と兄さ……姉さんと先輩の、三人コラボの構想を練ってるんです。発表まで内容は極秘です」
「えーっ、何それ何それ! 絶対面白いじゃん!! ずるい、私も出たい!!」
「か、完成したら真っ先に声かけるから! ね!?」
「約束だよ!? やった、楽しみにしてる!!」
美咲は疑うことを知らない笑顔で手を振り、自転車で走り去っていった。
残された三人は、電柱の陰で、同時に息を吐いた。
「……あ、危なかった……」
「……グループチャット名を『企画会議』にしておいた私の先見性に、感謝してください」
「く、悔しいけど今のは静ちゃんのファインプレー……」
「先輩の『真っ先に声かける』も、悪くない引き取りでした」
顔を見合わせる。敵同士が、初めて共闘した瞬間だった。
「……言っておきますけど。今のは共同作業であって、和解ではないので」
「わ、ワタシも! 秘密は守る、でもそれ以外は譲らない! それは変わらないから!」
「はいはい。……じゃ、締めましょう。秘密を守る会、第一回会議——」
綾芽が右手を差し出す。遥と静は一瞬睨み合い、それから渋々、その手に自分の手を重ねた。
「「「——解散!」」」
◇
(……ちなみにこの後、本当に「三人コラボ企画」を作るはめになった。美咲に嘘をつかないために。……まあ、それも悪くないか)
夜道を歩きながら、燈哉は一人、笑った。
秘密を知る者、三人。守る会、発足。恋の戦線、水面下で膠着。
——賑やかな共犯生活が、始まった。




