「三人目の共犯者」
翌日から、極同志穂の様子がおかしくなった。
「本日は! わ、私と……あ、姐さ……**ねえさん**!? の、初コラボです!」
「志穂ちゃん、落ち着いて?」
初の正式二人コラボ配信。台本通りに進めるだけの冒頭挨拶で、志穂はすでに三回噛んでいた。
『志穂どうしたw』『緊張しすぎだろ』『初コラボで姐さん呼び矯正しようとしてる?』
(「兄さん」って言いかけて軌道修正してるんだよなあ……気持ちはわかるが、頼む、落ち着いてくれ……!)
「じ、じゃあ企画いきます! 私が考えてきた、その、二人の……**カップ**——じゃない! コンビ企画!!」
『今カップルって言いかけたw』『てぇてぇ』『圧が強い』
配信そのものは、結果として大いに盛り上がった。ポンコツ化した最強系新人と、それを拾い続ける来海の構図が「新しい」と評判になったのである。……本人の胃に、多大な犠牲を払いながら。
「〜〜〜っ、すみませんでした兄さん!! 私、本番であんなに噛んだの初めてで……!」
「いいって。面白かったし。……ただ、その」
配信終了後の通話で、燈哉は言いにくそうに切り出した。
「……呼び方。配信中の『兄さん』は、さすがにまずい」
「わ、わかってます! わかってるんですけど……口が! 口が勝手に!」
「口が勝手に、で会社が飛ぶんだよなあ……」
◇
——その配信を、画面の前で正座して見ていた者がいる。
稲葉遥、である。
「…………」
遥は、無言でアーカイブを巻き戻した。三回目の視聴だった。
噛む志穂。フォローする来海。志穂の、あの目。あの声のうわずり方。あの——距離感。
(……おかしい)
遥の中の何かが、ざわざわと警報を鳴らしていた。
(静ちゃん、前から来海ちゃん大好きだったけど……これは、違う。この慌て方は、"好きな先輩の前"のやつじゃない。これは——)
覚えが、あった。ありすぎた。毎週末、機材を見に行こうと誘う口実を考えては消している、自分と同じ症状だった。
(——これは、"男の人として意識してる"やつだ!!)
がたん、と椅子から立ち上がる。
(で、でも、静ちゃんは燈哉が男だって知らないはず。知らないのにあの反応はおかしい。ということは、つまり、まさか——)
◇
翌日。本社の空き会議室に、遥は静を呼び出した。
「し、静ちゃん。単刀直入に聞くけど」
「……なんですか、みなみ先輩。改まって」
「昨日のコラボ、見たよ。……あなた、**知ったでしょ**」
「なっ……に、を、ですか」
「来海ちゃんの——燈哉の、こと」
「〜〜〜っ!? と、"燈哉"って、なんで先輩がその名前……」
言った瞬間、静は自分の失言に気づいた。遅かった。
「……その反応、確定だね」
「そ、そっちこそ! なんで本名を呼び捨てなんですか!! まさか先輩も——」
「わ、私は先だから!!」
「は?」
「私は! あなたよりずっと先に! 知ってたから!!」
会議室に、火花が散った。
「……いつからですか」
「……い、一年前。初めて会った日の夜には、もう」
「初日!? ……くっ、さすが三期生、キャリアが違う……!」
「そ、そこは関係なくない!?」
睨み合いは、しばし続いた。やがて静が、ふっと目を細めた。獲物を見定める、元ヤンの目だった。
「……なるほど。読めてきました。先輩、あなた——兄さんのこと」
「に、兄さん!? あなたそんな呼び方してるの!?」
「質問してるのは私です。あなた、兄さんのこと、**ただの友達だと思ってませんね?**」
「〜〜〜っっ!!」
遥の顔が、音を立てそうな勢いで赤くなった。それはもう、答えのようなものだった。
「そ、それを言うなら静ちゃんこそ! 昨日の配信のあれ、完全に、その、い、意識してるやつだったし!!」
「なっ……あ、あれは違います! 驚きすぎて心臓がバグってるだけで!!」
「バグって一ヶ月も続かないよ!!」
「まだ二日目です!!」
「「〜〜〜〜っっ!!」」
二人は同時にそっぽを向いた。数秒の沈黙ののち、どちらからともなく、探り合うような視線が戻ってくる。
「……一つ、確認です。先輩」
「……なに」
「この秘密は、二人で守る。それは絶対。……でも」
静は、まっすぐに遥を見た。
「——それ以外のことでは、あなたに譲る気、一切ないので」
「……っ、く、癪だけど、同感。秘密は一緒に守る。でも、それ以外は——**ワタシも、譲らない**」
先行者と、新参者。二人の少女は、無言で睨み合い——それが恋の戦いの開戦式だと、互いにはっきり自覚しながら、しかし決してその単語を口にはしなかった。
◇
その夜、燈哉のスマホに、二件のメッセージがほぼ同時に届いた。
『遥:明日の帰り、ちょっと時間ある? 三人で話したいことがある』
『静:明日、三人で会議です。拒否権はありません』
「……三人?」
嫌な予感と、賑やかな予感が、半分ずつした。




