第2話 隠キャですが、あの子と仲良くなりたいようです。
とある県の中心地にそびえ立つ8階建てのビル、そう、ここがVmove'sの本社である。
そして今、その本社前の入り口に止まった1台のタクシーから1人の女が出てきた。
すらっと高い身長にサラサラな黒のショートヘア。そして見るからに優しいそうな目つきに整った顔立ちの女は、白のフード付きパーカーと青のジーンズを見に纏っていた。
一見ただの身長の高い可愛らしい女の人にしか見えないこの人物、実は燈哉が女装した姿なのである。
ちなみに本社にくるのは今回が初めてであり、この女装の姿を知る人物は会社には誰1人としていなかった。
「私は佐藤綾芽、私は佐藤綾芽・・・」
燈哉は何やら小声でぶつぶつ言いながら重い足取りでゆっくりと会社の入り口へと向かった。そんな時、後ろから1人の少女が燈哉に話しかけてきた。
「あ、あの、もしかして来海ちゃんの中の人だったりしますか?」
急に後ろから話しかけてれたことにビビった燈哉は後ろをサッと振り返り、話しかけてきた少女がいる方向とは反対側にバックステップで下がり、少し距離をおいた。
「あ、あなたはここの関係者ですか?」
少し身構えた様子で燈哉はいつも配信で使ってる声でそう言うと、少女は申し訳なさそうに自己紹介をし始めた。
「あ、ごめんなさい。私は稲葉遥という名前で、この会社所属のVTuber、早坂みなみ(はやさかみなみ)の中の人を勤めている者なんです!」
それを聞いた燈哉は相手一般人でないことに一安心しつつも、ここが本社で先輩たちが沢山いるということを再認識し、気を引き締めた。
ちなみに変装しているとはいえ一般人に中身がバレすということはこの会社での御法度である。
「今日は私の配信に来ることを了承してくださってありがとうございます。よろしくお願いします」
燈哉は自分の出せる全力の丁寧な言葉を遥に言い、軽くお辞儀をした。
この人があの早坂さんなのか・・・
燈哉は遥にじろじろ見られていることを悟られないように、ちょこちょこ遥の事を見る。
早坂みなみ。今年でVTuber3年目の来海の先輩であり、Vmove'sの中でも特に人気のあるVtuberの一人だ。
薄らと赤く色づいた瞳がまるで人のものとは思えないほど可愛い顔と見事にマッチしており、真っ白いサラサラとしたロングヘアがとても特徴的なアバターで、女子校の生徒が来そうな可愛らしい制服に身を包んでいる。
設定では学校を導く我らの女神という二つ名をつけられるほど人気の生徒会長というものだ。
ただ見た目が可愛いだけなら他のVTuberとも対して変わらない。Vmove'sの中でも人気を誇るその理由はその人を惹きつける人性にあった。
「「・・・」」
燈哉のよろしくお願いしますという言葉から無言で互いを見つめ合い続ける2人。
俺は何か間違えたことを言ったのか?それともこれは普通のことなのか?
ただでさえ初の本社で緊張している燈哉は、先輩である遥とのこの現状に心臓がバクバクしていた。
その一方遥はというと、
さっきよろしくお願いしますっていわれた時にすぐに言い返せばこんなに気まずい状況にならなかったのに!
第一印象が1番大事だっていうのに初対面がこれだと話しにくい相手だって思われちゃうよ!
そう、こちらもまた心臓バクバクであった。
黒いショートヘアに幼く見える可愛らしい顔立ちの小柄で何処にでもいそうに見えるこの女、実は相当な隠キャであった。
生粋の隠キャである彼女は配信でも隠キャオーラは全開であり、常に他のVTuberに支えられることが多く見られ、隠キャながら頑張っている姿から多くのリスナーに支持を得ている。
2年以上のキャリアを積んだ現在では隠キャであることをネタにしたり、他のVTuberと仲良く話したりなど、デビュー時からは大きく成長が見られるのだが、たまに配信でミスをしたり、現状のようなことになると、前のような隠キャモードへと戻ってしまうのだ。
ちなみにこの遥という女、燈哉のことを中々コラボ配信をしないことから自分と同類(隠キャ)であると勝手に判断しており、仲良くなりたいと前々からずっと思っていたのだ。
そしてたまたま燈哉が本社に足取り重く入っていく様子を見たため、思い切って話しかけたというのがここまでの流れなのだ。
相手だって戸惑っている。だったら先輩である私からこの気まずい状況を変えないと!
そう決意した遥は遂にこの気まずい沈黙に終止符をうち、燈哉との友好への一歩を踏み出した。
「わ、私はあなたの先輩、だけど多分あなたととも歳は変わらないから、話す時は気を使わないで!プライベートでは皆には遥ちゃんって呼ばれてるからよかったらあなたもっ!」
自分の思うような言葉が出なかった遥は、さらに気まずい雰囲気にしてしまったのではと思った。
だが、気まずい雰囲気は訪れることはなかった。
「遥ちゃんはちょっと言いづらいのですが、それからは親しみを込めて遥先輩と呼ばせていただきます!それと、私の名前は佐藤綾芽といいます。遥先輩こそ綾芽ちゃんって読んでください!」
燈哉はにっこりと微笑みながら遥にそう言った。
これは、遥の仲良くなりたいという思いが燈哉に伝わったからこその言葉であり、その言葉を聞いた遥は思わず燈哉に向かって抱きついた。
「よろしくね、綾芽ちゃん!」
「は、はい、遥先輩・・・」
急に抱きつかれたことに脳がショートしそうな燈哉は視線を遥から逸らし、本社のビルの上の方を見て気を紛らわせる。
見た目を偽って、偽名まで使って仲良くなってしまうなんて良心が痛む・・・
燈哉はそうは思いつつも、今まで仲の良い同僚のVTuberがほぼいなかったため、内心では結構喜んでおり、その印に先ほどから緊張というものがとても薄れていた。
燈哉から離れた遥は燈哉の手を取り、会社の入り口の方へ歩みを進めていった。
「ちなみに綾芽ちゃん、やっぱり来海ちゃんと同じで胸ぺったんこだね!私も同じだからすごく嬉しい!」
遥の率直なその言葉に燈哉は苦笑いする。
ここで一つ補足をすると、アバターと中身では見た目は大きく変えることができるのだが、身長や胸の大きさなどの体型は、自分の体に連動させて動かす都合上、ほとんど変えることができないのだ。
よって男なので身長が少し高く、胸があるわけない燈哉のアバターである来海は燈哉と同じく胸がぺったんこの高身長キャラとなっており、小柄で胸の小さいキャラである早坂の中身の遥もまた、小柄で胸が小さかった。
どうしてもこういう話題となると話しにくい燈哉は、一人の新たな友達ができたと同時に、その間にある男女の壁を感じるのであった。