表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は孤高のVTuber?  〜俺が男だとバレたら即引退なので、今日も美少女のフリして配信します〜  作者: こっこ
第一章「絶対にバレてはいけない配信者生活」
2/62

「爆弾は、笑顔と一緒に落ちてくる」

 

20xx年3月20日。

のちに野治燈哉が「人生の分かれ道だった」と振り返ることになる一日は、いつも通りの配信から始まった。


「まっちゃさん、ゆきちゃんさん、ふじさん、参加ありがとう! また遊びに来てね〜」


画面の中で、白衣の銀髪美少女——明野来海がひらひらと手を振る。マイクの前でその声を作っているのは、もちろん燈哉だ。彼の出す「来海の声」は地声とはまるで別物で、澄んでいて、よく通り、耳に心地いい。変声器の力を借りない、正真正銘の生声である。


配信前の白湯と、喉のストレッチ。デスクの端に貼られた『俺・だろ・うめぇ 禁止』の付箋。——バレないための小さな儀式を、燈哉はこの一年、ただの一度も欠かしたことがない。


今夜の企画は、人気FPSをリスナーと一緒に遊ぶ参加型配信。索敵よし、エイムよし、反射神経は人外の域——雑談を挟みながらも的確に敵チームを溶かしていく来海のプレイは今日も冴えわたり、同時接続数は一万人を超えていた。


——その時だった。


「こんちは〜」


気の抜けた挨拶とともに、一人のVTuberがボイスチャットに滑り込んできた。


「え、法ちゃん!? こんにちは!」


法々ミハネ。来海と同じVmove's所属のVTuberだ。青みがかった黒のショートヘアに、エメラルドを溶かしたような緑の瞳。純白の白衣の来海とは対照的に、海外の学生服めいた真っ黒のローブを纏い、頭には教授がかぶるような、上が四角く平たい黒帽子を載せている。登録者は百一万人。デビューから二年、大台を超えてなお伸び続ける四期の看板の一人である。


同接の数字が、見る間に一万五千へと跳ね上がっていく。


Vmove'sのVTuberには、それぞれ公式の「設定」がある。ミハネは『Vmove'sの危機に皆を守る、自称・最強の法律家』。ちなみに来海は『ノーベル賞を狙った結果、イグノーベル賞※を十回受賞してしまったVmove's No.1研究者』だ。


※人々を笑わせ、考えさせる研究に贈られる賞。ノーベル賞のパロディである。


同じ四期生としてデビューした間柄もあり、ミハネは何かと来海を気にかけてくれる。理由は単純——来海が、他のVTuberとほとんどコラボしないからだ。企業勢最大の武器を使おうとしない同期を、彼女は「人付き合いが苦手なのでは」と本気で心配している。


もっとも、真相は別にある。

関わる人間が増えるほど、中身がただの男だとバレる危険は膨らむ。コラボ回避は、燈哉にとって生命線の防衛策なのだ。


「勝手に入っちゃってごめんね〜。今日はどうしても、来海ちゃんに伝えたいことがあって来たんだ!」


「え、伝えたいこと?」


乱入からの意味深発言。コメント欄が一気に加速する。画面の中の来海は不思議そうに首を傾げた——が、傾げさせている当の燈哉は、一瞬で答えに辿り着いていた。


(明日の、デビュー一周年記念のことか。そういえば「当日を楽しみにしてて」としか聞かされてないんだよな……)


嫌な予感が、胸の奥でことりと音を立てる。


「なんと明日! 来海ちゃんのデビュー一周年を記念して、お誕生日会を午後七時から配信しまーす!」


「ええっ!? 初耳なんだけど!」


——VTuberの『誕生日』とは、多くの場合デビュー日のことを指す。中の人の誕生日とは別の、キャラクターとしての生誕記念日である。


コメント欄が沸騰する。ここまでは、いい。サプライズとしては満点だ。


「さらに! なんとーーーっ!」


(……さらに、なんと?)


「遂に来海ちゃんが、先輩たちとコラボしまーすっ!」


これ以上ないドヤ顔で、ミハネは爆弾を投下した。


数秒の、沈黙。

本来なら飛び上がって喜ぶべき場面で、来海の口から出たのは——


「えぇぇーー!?」


魂からの絶叫だった。


(おいおい、嘘だろ? 一年かけて避け続けてきたのに……!)


だが、燈哉の頭は絶望の中でも高速で回る。ここで断ればどうなる。この企画を立て、忙しい先輩たちの予定を掻き集めてくれたミハネの苦労は踏みにじられ、最悪「コラボ嫌いの来海に無理強いした悪者」として彼女が叩かれかねない。


だから——俺は、空気を読んだ。


「黙ってて、本当にごめんね?」


来海の反応に、ミハネの声が少ししぼむ。そこへすかさず、来海は明るい声を継いだ。


「ううん、違うの。実はね、前々から先輩たちとコラボしてみたかったんだ。でも、デビューしたての頃は『私なんかが先輩の配信を台無しにしたらどうしよう』って怖くて……。いつか変わりたいって、ずっと思ってた。だから私——これを機に、変わるよ!」


その瞬間、コメント欄はこの配信最大の盛り上がりを見せた。


『先輩たちと仲良くなってね、来海ちゃん!』

『遂に正式コラボか! 楽しんでこい!』

『みんないい人だから大丈夫。安心しな!』


温かい言葉が、滝のように画面を流れていく。来海の孤立を案じていたのは、ミハネひとりではなかったのだ。


(本心ですらない俺のセリフに、みんな、こんなに……)


胸を刺す罪悪感。それごと呑み込んで、燈哉は決めた。


(——だったら俺は、この期待に全力で応える。それが偽者にできる、唯一の誠意だ)


その後、ミハネが緊急参戦したFPS配信はいつも以上の賑やかさで走り切り、惜しまれながら幕を閉じた。


 ◇


配信終了後。スマホが震え、ミハネの中の人から電話がかかってきた。


「ほんっとーにごめんね!? どうしてもサプライズにしたくて……えっと、それでね、明日の流れなんだけど」


電話越しの声は、配信で聞くアイドル調より少しだけあどけなく、素朴だった。律儀な謝罪に続いて、明日の段取りが説明されていく。


整理すると、こうなる。

正午、本社の撮影スタジオに集合し、先輩たちとのコラボ配信。機材はすべて会社持ちで、手ぶらでいい。そして午後七時から、本命の一周年記念・お誕生日会配信。


つまり——画面越しではなく、直接会う。


この見た目のまま行けば、開始零秒で男だとバレる。


「……遂に、コイツを使う日が来たか」


深夜のアパートの一室。姿見の前に立った人影が、両手に持った女ものの服をそっと体に当てた。


服とウィッグは、入社が決まった日に社長が「いつか必ず要る」と半ば強引に持たせてきた一式だ。正直、使う日など来ないと思っていた。……あの人の勘の良さが、今日ばかりは恨めしい。


鏡の中には、覚悟を決めた男の顔がある。


「よし。明日を全力で乗り切ったら——明後日は絶対、美味いもん食いに行く」


ささやかすぎるご褒美を自分に約束して、燈哉は静かに支度を始めた。


"絶対にバレてはいけない初対面"まで、あと半日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ