プロローグ「絶対にバレてはいけない配信者生活」
※この物語はフィクションです。実在する人物・団体等とは一切関係ありません。
——あなたは、“VTuber”(ブイチューバー)というものをご存じだろうか。
2Dや3DのCGで描かれたキャラクターの姿を借りて、動画投稿や生配信を行う者たち。企業に所属する者もいれば、個人で活動する者もいて、その数は今や数十万人にのぼる。だが、VTuber一本で食べていける者となると
——ほんの一握りしかいない。
NSJコーポレーション、spoVといった大手事務所がしのぎを削り、毎月何十人もの新人がデビューしては、埋もれ、消えていく。企業の看板を背負っていてさえ、生き残れる保証などどこにもない——世に言う、“VTuber戦国時代”である。
そんな戦国の世の頂点に、一つの企業が君臨している。
その名は、Vmove’s。
「VTuber」という概念そのものを最初に作ったと言われる会社であり、所属タレントには、界隈のみならず世間一般にまで名の知れたスターがずらりと並ぶ。
この物語の主人公もまた、そんな覇権企業で活躍する人気VTuberの一人——なのだが。
◇
深夜一時。とあるアパートの暗い部屋で、一つの人影がパソコンをカチカチと操作していた。
モニターに映っているのは、編集中の配信サムネイル※。その中央で微笑むのは、長い銀髪にすらりと高い身長、薄く青い瞳をした、クールで可愛らしい顔立ちの美少女だ。白衣を纏ったその姿は、まるで化学の先生か、若きお医者さんといったところ。
※サムネイル:配信や動画の「見出し」となる一枚絵のこと。通称サムネ。
それが、この私——
……ではなく、俺のVTuberアバター、明野来海である。
改めまして。Vmove’s所属VTuber・明野来海。世界中で使われる動画サイトYtubeで、チャンネル開設からわずか十日で登録者数百万人を突破し、現在は二百五十万人超え。この戦国時代においては、我ながら悪くない数字だと思う。
ただし——さっきから「俺」と言っていることからお察しの通り、この可愛い女の子の中身は、野治燈哉。身長が少し高いだけの、どこにでもいる細身の男である。
色々と訳あってこの会社でVTuberをやることになったのだが、採用の決め手のひとつが、俺の特技だった。俺は声真似で、完璧な「女性の声」を出すことができる。地声とはまるで別物のその声のおかげで、変声器の類を一切使わずに、一人の可愛い女性VTuberを演じられているというわけだ。
そんな俺には、会社から言い渡された、絶対に破ってはならないルールがひとつだけある。
——『男だと、絶対にバレてはいけない』。
理由は単純。俺以外のVmove’s所属VTuberは、全員が女性だからだ。
大人気の女性VTuberたちの裏に、実は男が一人紛れ込んでいた——そんなことが知れたら、どうなるか。答えは簡単、各方面のファンからの嫉妬と批判の集中砲火である。ましてや、もし所属VTuberの誰かと恋愛なんてして、それがバレようものなら……冗談抜きで、命の保証はない。
俺一人が引退して済むなら、まだいい。だが実際は「なぜ会社は男が女と偽って活動することを認めていたのか」と、会社そのものが炎上するのは目に見えている。世話になっているこの会社にだけは、絶対に迷惑をかけられない。
だから俺は今日まで——そしてこれからも、女のフリをしてVTuberを続けていく。
カチッ、と最後のクリック音が響いた。
「よっしゃ。これで一週間分のサムネ、完成っと」
静かな部屋に、小さな男の声が落ちる。人影は椅子の背もたれに体重を預け、両腕を大きく上げて伸びをすると、そのまま部屋の隅の布団へと潜り込んだ。
(明日も、絶対にバレずに頑張ろう。この仕事を、続けていくために)
布団の中でそう意気込んで、燈哉は三秒で眠りに落ちた。
——そう。これは、必死に女のフリをする”絶対に恋愛のできない男”と、彼を取り巻くVTuberたちの、賑やかな人生の物語である。




