「ゼロコンマ一秒」
特別ラウンド——三つ巴の、一対一対一。
『【総合ポイント】Vmove's:6 spoV:6 NSJ:5——この一戦を制したチームが、そのまま初代王者です!!』
開幕、真っ先に動いたのはエクス・ワイルドだった。
「オラオラァ! 化け物二人の潰し合いを待つほど、俺は利口じゃねえんだよ!!」
真正面からの強襲。それは漢の戦い方で——そして、悪手だった。突出した野生児に、最強と最速の銃口が同時に向く。
「……って、両方から挟むんじゃねえ!! こういう時だけ息合わせるな!!」
ワイルド、開始一分十二秒で脱落。NSJの戦いは、ここで終わった。
「……ハッ。完敗だ。おもしれー奴らだよ、お前ら」
悔しげに、しかしどこか清々しく笑って、野生児は舞台を降りた。
——残るは、二人。
『事実上の決勝戦だァ!! spoV・月影陽凪 対 Vmove's・明野来海!! 勝った方が、すべてを持っていく!!』
スカーレットの絶叫に、三十万の視聴者が沸騰する。
「……来海」
マップ読み込みの暗転の中、陽凪の声だけが届いた。
「……全力で、いい?」
「——お願いします」
◇
その一戦を、後に人は「0.1秒の戦争」と呼んだ。
開幕から、両者は互いの居場所を正確に読み合った。銃声は少なく、静寂が長い。動けば死ぬ間合いを、二つの影がじりじりと削り合う。
(——上手い、なんてもんじゃない。読みの精度が違う。俺がこう動くと"知ってる"みたいに先回りしてくる)
『静かすぎて逆に怖い』『これ素人目にも次元が違うのわかる』『音出せない、息できない』
裏を取ったはずが、取られている。仕掛けた罠が、罠ごと読まれている。残り時間は、あと僅か。
(正面から行くしか、ない)
来海が、動いた。同時に、陽凪も動いた。互いに互いの狙いを読み切った、完全な正面衝突——遮蔽を蹴って、二つの銃口が同じ瞬間に交差する。
0.1秒の、世界。
——パンッ。
銃声は、一つだけだった。
『……勝者、Vmove's・明野来海ァァァ!! V-1グランプリ初代王者は——Vmove's!!』
『【最終結果】Vmove's:7 spoV:6 NSJ:5』
一拍遅れて、会場が爆発した。
「「「うおおおおおおお!!」」」
「来海ちゃん!!」「やった、やったよ!!」「ふはは……ふはははは!! 余の軍勢は最強である!!」
飛びついてくる三人を受け止めながら、来海は画面の向こうの狼耳を見た。陽凪は、しばらく黙って自分の手元を見つめ——それから、顔を上げた。
「……まけた。はじめて、まけた」
「……陽凪さん」
「…………たのしかった。また、やる」
それは九文字より長い、彼女なりの最大級の賛辞だった。
◇
表彰式は、祭りの名にふさわしい大団円となった。
「……その前に、一言よろしくて?」
最終結果のボードを見つめていたクリスタが、扇子の代わりにタブレットをぴしりと突きつけた。
「FPSだけ配点が6点分あるの、どう考えてもおかしくありませんこと!? 歌は3点でしたのよ!?」
「それな!! 歌も五ラウンド制にしろ!! 俺はまだ四回歌える!!」
「ワイルドさんの歌は誰も頼んでませんわ」
『NSJの愚痴が正論すぎるw』『たしかに配点は謎だった』『来年への課題』
ひとしきり吠えたあと、クリスタは息を整え、ふ、と口元を緩めた。
「——ですが。あのspoVを、本場のゲームで正面から食っての優勝。……これは文句のつけようがありませんわね。おめでとう、四期生ちゃんたち」
「あぁ。今回は、完敗だ。おめでとさん」
素直な賛辞に、会場が温かい拍手で包まれる。
「キララ。約束、忘れないことね。音程を直して、次は私に勝ちに来なさい」
「はいっ! 絶対、リベンジしますから!」
「おうちゃまさん。……次の企画対決までに、あなたの即興を解析するモデルを組んでおきますわ」
「ふはは、余はモデル化などされんぞ! だが——また戦ってやろう、参謀!」
「ルビーさん、優勝記念に今度こそ合同会社説明会コラボを!」
「ええ、ぜひ。……ところでミハネさん、御社の福利厚生について詳しく」
「二人とも会社ごっこの解像度が高いんよ!!」
そして優勝トロフィーの授与——V-ARENA特製の仮想トロフィーは、質感も重量感も本物以上に作り込まれていた。プレゼンターを買って出たフロちゃんが、その"重量感"に負けて、受け渡しの瞬間に手を滑らせた。
「あっ」
「「「あぶないっ!!」」」
十二人が同時に手を伸ばし、トロフィーは奇跡的に、全員の手のひらの上に着地した。
『これが優勝の絵か…w』『十二人で支えるトロフィー、エモすぎる』『三社の壁、消滅』
その写真は、この大会を象徴する一枚として、長く語り継がれることになる。
◇
——配信が、すべて終わった後。
spoVの控え室で、陽凪はひとり、タブレットのリプレイ画面を見つめていた。最終ラウンド、0.1秒の交差。スローで、コマ送りで、何度も、何度も。
「……はやい」
再生。巻き戻し。再生。
「……この反応速度。女性トップ勢の、分布から……外れてる」
呟きは、誰もいない部屋の空調の音に混ざって、消えた。
彼女はしばらく画面を見つめ——やがてタブレットを伏せ、ぽつりと言った。
「…………ま、いっか。つよいは、つよい」
◇
打ち上げの帰り道。夜風の中で、燈哉のスマホが震えた。
『よくやった。……正直、ここまでとは思っていなかったよ。四期生は、もう立派な看板だ』
社長からのメッセージに、短く『ありがとうございます』と返す。
(……看板、か)
祭りの熱がまだ残る頭で、燈哉は思う。舐めプと笑われた四期が、頂点を獲った。キララの十六回の悔しさも、奈央の演じる覚悟も、ミハネの回す力も——全部が本物だった。
(俺は、いい仲間を持ったよ。……ほんとに)
そして、ほんの少しだけ。歓声の裏で、あの看板が軋む音を、聞いた気がした。人外の反射。変幻自在の声。俺という嘘を支える才能たちは、輝けば輝くほど——目立つ。
(……考えすぎだな。今日くらいは、勝利の余韻に浸らせてくれ)
◇
——同じ夜。
とある切り抜き動画のコメント欄。数週間前に付いた、一件の考察コメント。
『今の叫び声、加工なし? スロー再生してみたけど……なんか、変じゃない?』
その下に、新しい返信が、静かに増えていた。
『わかる。俺も思った』
『V-1の最終戦見た? あの反応速度、人間か?』
——返信数、2。
まだ、誰も気づいていない。この小さな棘が、やがて。




