「研究者×悪役令嬢、そこに咲きたての一輪の華」
「ごきげんよう、私の従者たち——そして、初めましての皆様。傾国の悪役令嬢、ソフィア・ユーフラシス・ニルバー・シー・ティルクラシアですわ。長いので、ソフィーとお呼びなさい」
プラチナブロンドの豪奢な縦ロールに、アメジスト色の瞳。深紫のドレスを纏い、扇子で口元を隠した令嬢が、優雅に一礼する。登録者七十五万人、三期の実力派である。
「微分、積分、いい気分! どうもみなさんこんにちは、明野来海です! 本日は——ソフィー先輩との、初コラボです!」
『きたああああ』『この組み合わせマジで謎』『接点あったの!?』
コメント欄は、開幕から戸惑い半分、期待半分の大盛況だった。無理もない。ぼっちで有名だった来海と、妖艶な悪役令嬢。接点など、誰も知らないのだから。
「本日の企画は——『お絵描き対決』! お題に沿って十分で描いて、リスナーの皆さんに判定してもらいます!」
「ふふ。言っておきますけど、私、サムネは全部自分で描いてますの。手加減はしませんことよ?」
「奇遇ですね。私も全部自分です。——受けて立ちます」
『は?』『両者サムネ自作勢なの?』『急に頂上決戦になった』
◇
対決は、白熱した。
お題「猫」では、来海が骨格から描き始めて時間切れ寸前まで追い込まれ(『理系の悪い癖出てて草』)、ソフィーは三分で仕上げた愛らしい猫に余裕の扇子。
お題「夏」では、ソフィーの構図に来海がすかさず口を挟む。
「あ、先輩。また右上から光入れましたね? それ、癖ですよ」
「あら。あなたこそ、影にこっそり紫を混ぜるの、やめたらどうかしら?」
「そっちこそ目のハイライト、三日月型固定じゃないですか」
「あなたのフォントの字間の詰め方も大概よ」
『仲良すぎでは???』『お互いの絵のクセ把握しすぎてて怖い』『これもう幼馴染だろ』
——リスナーは知る由もない。この「クセの暴き合い」が、つい先日、探偵と犯人として交わされたものだということを。
(……こうして表で笑いながらやり合えるんだから、世の中わからないもんだ)
◇
「さて。対決は一旦置いておいて——今日はもう一つ、大事な発表がありますの」
配信も中盤に差しかかった頃、ソフィーがすっと居住まいを正した。
「皆様、覚えているかしら。一年前、私が『見つけた』新人のこと」
『来海ちゃんのことか』『ソフィーの発掘配信は伝説』『見る目ありすぎた』
「ええ。そして本日——**私が見つけた超期待の新人、第二号**を発表しますわ」
画面が切り替わる。表示されたのは、一枚の紹介画像——桜吹雪の中、白いロングコートを肩にかけた金髪ツインテールの少女が、不敵に笑って仁義を切っている。線の一本まで気合いの入った、渾身の一枚だった。
「五期生——**極同志穂**。この子は、本物よ。私の目に、狂いはないわ」
『うおおおお』『極道!?』『初めて見たけどデザインかっこよ』『ソフィーが言うなら間違いない』『最近始めたばっかの子だ!』
その瞬間、別の場所で自分の配信の同接が跳ね上がるのを、静は呆然と見つめていた。十一万——デビューから必死に積み上げてきた登録者数のカウンターが、見たこともない速度で回っていく。
◇
「では最後に——本日の締めの企画。私たちの**コンビ名**の発表ですわ」
『待ってた』『投票したぞ』『これのために来た』『あれ、カップル名じゃないの?』
「あら。皆様、ルールをお忘れかしら? カップルを名乗るには、**カップル名での定期配信の開催**と、**本人同士の認知**——この二つが揃って初めて成立ですのよ」
「私たち、今日が初コラボですからね。定期配信の約束は、まだ何もしてないので。……というわけで、今日のところはコンビ名です」
「ま、定期でやるようになったら——その時は、その時ということで。ふふ」
『含みを持たせるな』『昇格待ったなしでは?』『てぇてぇ』
事前に募集した候補から、リスナー投票で決める——それが智恵の持ち込んだ企画だった。画面に、得票順のランキングが表示されていく。
第三位、『令嬢と博士』。まとも。
第二位、『むらさきラボ』。まあ、わかる。
そして第一位——
**『悪知恵研究所』**
「「…………」」
『しっくり来すぎる』『悪知恵www』『二人とも頭脳派だもんな』
(——おい。おいおいおい。"知恵"って入ってるんだが!? 中の人の名前の一部分、思いっきり入ってるんだが!?)
(……この子たち、なんて偶然を引き当てるのよ……!)
画面の中の二人は、綺麗な笑顔のまま固まっていた。裏でだけ、盛大に冷や汗をかきながら。
「え、えー……決まりましたね。悪知恵研究所」
「え、ええ。……そうね。とても、いい名前だと、思いますわ」
こうして、なんとも言えない名前のコンビが、正式に爆誕したのだった。——カップルへの「昇格」は、定期配信の開催をもって。含みだけが、しっかりと残った。
◇
配信終了後。
静はスマホを握りしめ、跳ね上がった数字と、智恵の描いた紹介画像を交互に見つめていた。
「……ソフィー先輩の落とし前、確かに受け取りました」
そして画面を、来海のチャンネルに切り替える。
「待ってなさい、綾芽さん。次に伸びるのは——私だから」
闘志に燃えた新人の夜は、まだ始まったばかりである。




