99. アルマ宮編(44) 宮殿
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマ宮の総司令官副官執務室で、アニスは机に向かい、ヴィレンスから報告を受けていた。
「ニアオーリはまだ生きているか?」
「生きています」
「おかしくなってないだろうな?」
「少なくとも、不穏な行動の報告はありません」
「まあ、昨日の今日だからな」
アニスは小さく息をつき、机の上の書類に目を落とした。
昨日の祝賀会でアニスが読み上げた、ソルト伯爵の功績を称える挨拶の原稿だった。
「それにしても、ソルト卿も東部統監でありながら大それたことをしたものだ。陛下に対する背信だ。この埋め合わせは必ずしてもらう」
アニスは顔を上げ、正面を睨んだ。
「本物のカシュー・ソルトはどこに行ったかわかったか?」
「手を尽くしていますが、まだわかりません。ここ最近ではなく、どうやら数年前から入れ替わっていたようです。手がかりが錯綜しています」
「絶対に探し出せ」
「はっ」
ヴィレンスが短く答えた。
アニスは書類を机に置いた。
「ミリスとペルラ様は?」
「アルマ宮を出たあと、ソルト伯爵邸に立ち寄り、その後、先ほどカウプテ邸に入りました」
「そうか。ペルラ様は落ちた男を気にしていたから、ミリスに救出を頼んだはずだ。もしミリスが来たら、こっそり入れてやれ。好きに連れて行かせろ」
「はっ」
アニスは椅子の背にもたれ、少し考えた。
「しかし、突然聞いて、ミリスも困っているだろうな。カウプテ様は落下機構を知っているんだろうか?」
「わかりません」
「アルマンディンの王族しか知らなかったと聞いたことがあるが……。カウプテ様が知らなかったら、ミリスが助けに来ることはないだろうな」
アニスはしばらく黙っていた。
ヴィレンスが口を開いた。
「ミリスが今日中に来なかった場合はどうしますか? 何かこちらで手を打ちますか?」
「……明日までミリスを待つ。ミリスでなくてもいい。誰かを待つ」
「明日も来なかった場合は?」
アニスは立ち上がって、窓を開けた。
アルマ宮の建物と庭園がよく見えた。
「……いずれにしても、駐留軍が自ら地下牢の扉を開けることはない」
風が吹き込んで、重いカーテンが少し揺れた。
「はっ。承知しました」
アニスは昨日の原稿を小さく破くと、楽しそうに撒いた。
「アルマ宮には落とし穴も地下牢もない。あるのは、美しい宮殿だけだ」
風が渦巻き、二人の上と窓の外に紙吹雪が舞った。




