98. アルマ宮編(43) 望み
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ミリスは穏やかな微笑を浮かべ、口を開いた。
「実は……人としての純粋な気持ちをお持ちのお二人に、ご相談したいことが……」
オーニチェが苦笑した。
「なんか嫌な入り方だな」
「やはり、困っている友人は見過ごせないですよね?」
「うーん」
オーニチェは腕を組んだ。
「オーニチェ、そこは悩むな!」
カウプテは笑って、オーニチェの肩を叩いた。
「では、ペルラの望みなら叶えてくれますか?」
ミリスは微笑んだまま、オーニチェを見た。
「なんだコイツ? 汚いぞ!」
オーニチェは足を組んで、椅子の背にもたれた。
「まあまあ」
カウプテは笑いながらオーニチェをなだめた。
ミリスは姿勢を正した。
バサルク王家やパセリ家の人間なら、アルマンディンの古い王宮について何か知っているかもしれない。
「アルマ宮の落とし穴をご存知ですか?」
「聞いたことないなあ」
カウプテが言った。
オーニチェは首を回しながら答えた。
「知らん。アルマ宮には一回も入ったことがないし。
古い井戸ではないのか?」
「大きな泉の絵の前にあって、床の模様を踏むと、床が動いて穴が開いたそうです……」
カウプテが眉をひそめた。
「そんな仕掛けが? オーニチェ、お父上に聞いてやったらどうだ?」
「父上に? まあ一応聞いてみるか。ミリス、一緒に来い」
「はい」
オーニチェは廊下を進み、一つの客室の扉を開けた。
ミリスはついて行った。
バサルク国王は、ベッドの上でうつ伏せになっていた。
「父上。アルマ宮の落とし穴をご存知ですか?」
「あ、あるまきゅー?」
「ああ、大宮殿ですよ。王都の大宮殿」
「大宮殿か。それがどうした? イテテ……」
そばにいた使用人が、国王の腰をゆっくりとさすった。
「落とし穴があるんですか? 大きな泉の絵の前らしいのですが」
「泉の絵? ああ、あるな。危ないから、あそこで遊んじゃいかんぞ。わしが子供の頃、大宮殿へ遊びに行くたび、あそこには近づくなときつく言われたものだ。イテテテ……」
ミリスは目を見開いた。
――やはり、存在したのだ。
オーニチェが振り返る。
「おい、あるらしいぞ」
使用人が湯たんぽを用意し、国王の腰にそっと載せた。
「ちょっと熱いぞ」
国王が言い、使用人はすぐに湯たんぽを下ろした。
「人が落ちたんです。どうやったら出せるのか聞いてもらえませんか?」
「人が落ちた?」
オーニチェは驚いて、もう一度国王を振り返った。
「父上、人が落ちたらしいです。どうやったら出せますか?」
「落ちた?」
国王が血相を変えて起き上がった。
「本当か? もう助からんぞ……」
ミリスとオーニチェは黙った。
オーニチェがミリスを見る。
「おい、助からないって言ってるぞ」
「あの……生きていることは確かならしいんです。お願いします。どうやったら出せますか?」
オーニチェは再び父王へ向き直った。
「何とか生きてるらしい。出せないのか?」
「生きてる? もう死んでるはずだ。あきらめろ」
国王は寝台の端に座り、暗い顔をした。
しばらくして、ミリスを見る。
「お前の知り合いなのか?」
「あ……申し遅れました。ムーンストーン中央貴族、ヘーゼル侯爵家のミリスと申します」
ミリスは礼をとった。
「ミリス? 何か聞き覚えがあるような……ハテ」
オーニチェが横から口を挟んだ。
「……ペルラの新しい婚約者です」
国王は黙った。
「それから、先日、私を暗殺――」
「コホン!」
ミリスは咳払いをした。
「私の知り合いというか、難しいところなのですが……」
その時、開いていた扉の向こうからカウプテが顔を出した。
「長いな。何を盛り上がっているんだ?」
「ああ、今ミリスが自己紹介していたところです」
「おお、勇気あるなあ」
「違うんです、違うんです。話の流れで……」
ミリスが慌てて否定する。
オーニチェはカウプテへ向き直った。
「落とし穴はあるらしい。落ちたら死ぬ。そしてミリスの知り合いが落ちたんだと」
「ええっ? 誰だ?」
「あのー、それが……」
バサルク王家やパセリ家は、旧アルマンディン王国時代から続く名家だ。
おそらくアルマンディン家と浅からぬ関係があるに違いない。
実際、バサルク国王は、限られた人しか知らないとジュニパー様が言っていたアルマ宮の落とし穴を知っていた。
それなら、正直に明かした方が助けてもらえるのではないか。
――これは賭けだ。
ミリスは大きく息を吸った。
「ニアオーリ・アルマンディン様です!」
全員がしばらく黙っていた。
カウプテが最初に口を開いた。
「ニアオーリ様が落ちた? 穴に落ちると死ぬと言ったか?」
オーニチェは慌ててカウプテを引っ張ると、小声で言った。
「カウプテ様! ニアオーリ様は……ほら、あの……」
「あ」
カウプテはオーニチェを見た。
その後、両手を広げて、声を張り上げた。
「オーニチェ、聞いたか? ニアオーリ様は生きてたんだな! 驚いたな!」
「そうですねえ! 夢にも思いませんでしたね、カウプテ様!」
オーニチェは大きく何度も頷いた。
ミリスは無言で二人を見た。
――さては、知っていたな?
国王はそんなやり取りには構わず、沈んだ声で呟いた。
「小さなニアオーリが落ちたのか……。だから、あそこで遊んじゃいかんのだ。かわいそうに」
「まだ生きてるそうですよ!」
オーニチェが国王の肩を叩いた。
「それにニアオーリ様も、もう小さくないですから、落とし穴くらいじゃ死にませんよ。
助けてやりましょう」
カウプテが国王へ言った。
しかし、国王はゆっくり首を振った。
「あそこに何があるか、見ればわかる。いや、見ない方がいいかもしれない……」
オーニチェとカウプテは顔を見合わせた。
ミリスは迷った後、口を開いた。
「ジュニパー様は『絶対死んでいない』とおっしゃっていたそうです」
カウプテがミリスを見た。
「ジュニパー様が言った?」
カウプテの表情が変わった。
「ジュニパー様がニアオーリ様を落としたのか?」
カウプテがミリスの肩を強くつかんだ。
「カウプテ様。今は落ち着いてください」
オーニチェの声が割って入った。
「気持ちはわかりますが、詳しい話は後にしませんか?
ミリスの話が本当なら、ニアオーリは生きている。だが、アルマ宮に任せていたら出してもらえるかわからない。
落ちたのが昨日なら、まだ望みはある」
カウプテの手から力が抜け、ミリスの肩から離れた。
国王は大きなため息をつき、目を閉じた。
「望みは……」
そして、重い声で続けた。
「あの穴の先は地下牢につながっている。奥から三番目、右側の地下牢だ。そこから入ると聞いたことがある」
国王は三人を見た。
「行くなら、覚悟しろ」




