96. アルマ宮編(41) 昼過ぎ
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
翌日の昼過ぎ、ペルラとミリスはアルマ宮を出た。
侍女や兵士にも尋ねてみたが情報は得られず、カシューの問題でアルマ宮に協力を得るのは難しいと感じた。
そこで、第三港湾へ戻る前に、昨夜決めた通り、アルマにあるソルト伯爵邸へ寄ることにした。
◇
急に訪ねたにも関わらず、ソルト伯爵邸に着くと、すぐに応接室に通された。ソルト卿はすぐに現れた。
二人がカシューの件を一通り説明すると、ソルト卿はしばらく黙っていた。
それから、深く息を吐く。
「……よく教えに来てくださった。感謝します」
苦しそうな表情だった。
カシューとは、昨日の勲章授与式後の祝賀会で別行動して以来、会っていないのだという。
夜になっても、カシューは屋敷には帰ってこなかった。
「お二人に、今さら隠しても仕方がない」
ソルト卿は一瞬目を閉じた後、静かに言った。
「昨日のカシューは、私の息子ではありません。
本当の名前は、ニアオーリ・アルマンディンです」
ペルラとミリスは息を呑んだ。
アルマンディン家。
旧アルマンディン大陸王国の王家だ。
「アルマンディン大陸王国が滅亡した際、王族は全員死亡した――駐留軍はそう発表しました」
戦争が終わり、アルマンディン王家は絶え、王国は崩壊した。
だから今のアルマンディンには王がいない。
ムーンストーン王国に併合され、ジュニパー総司令官を頂点としたアルマンディン駐留軍が各地を統治している。
「ですが、現在も生きている王族が二人います。
一人がベゴニア・アルマンディン、もう一人がニアオーリ・アルマンディンです」
どちらも、ペルラとミリスが初めて聞く名前だった。
「ベゴニア・アルマンディンは王位継承者でした」
ただ生き残った王族がいるというだけではない。
王位を継ぐ立場にあった者が生きている。
それが公になれば、アルマンディンの統治そのものに関わる。
「二人は戦後、巡航都市プリズマへ亡命し、そこで身分を隠して生きてきました」
「プリズマ……」
ミリスの頭に、以前バサルク王国で追及をやめた救荒種の権利料のことが浮かんだ。
――中継ではなく、最終的な支払先がプリズマだったのかもしれない。
ソルト卿は少し間を置いた。
「そして現在、ベゴニア様と共にプリズマで暮らしているのが、私の本当の息子です」
「本当のカシュー様が?」
「はい。息子は今、ニアオーリ・アルマンディンの名で暮らしています。そしてニアオーリ様が、カシュー・ソルトを名乗っています」
カシューだと思っていた人が、滅んだはずのアルマンディン王家の人間だった。
「どうして……そんなことを?」
ペルラが思わず言った。
「私の息子と、ベゴニア様の婚姻を成立させるためです」
ソルト卿は目を伏せた。
「旧王家の王位継承者と、駐留軍の東部統監の息子です。そのまま二人が結ばれれば、あまりにも多くの問題が起きる」
生きていないはずの旧王族。
王位継承権。
アルマンディン各地の旧王党派。
ムーンストーン王国との関係。
どれ一つとっても、簡単な話ではない。
「そこで、カシューとニアオーリ様は名前と人生を入れ替えました」
ペルラが尋ねた。
「では、カシュー様が数年間社交界から離れていたのも、王都に戻ってきてからあれほど夜遊びをしていたのも……?」
「それも、そのためでした」
ソルト卿は頷いた。
「カシュー・ソルトとしての人生を、一度終わらせるためです。
幼い頃から彼を知る人間が近くに残っていれば、入れ替わりはいずれ露見します。特に婚約者がいれば、なおさらです」
「だから、あえて……」
「はい。あえて評判を落とし、婚約を自然に解消へ持ち込み、昔からの人間関係から距離を取りました」
ソルト卿は床に視線を落とした。
「私も、あのやり方が正しいとは思っていませんでした。
ですが、私は知ったうえで黙認しました」
ペルラが口を開く。
「では、ジュニパー様が、カシュー様はカシュー様ではないとおっしゃっていたのは……」
「ジュニパー様は正しかったということになります」
ソルト卿は顔を上げた。
「ニアオーリ様は戦争が終わるまで大宮殿、つまりアルマ宮で暮らしていました。
ニアオーリ様は、旧王宮の仕掛けを知っていた可能性があります」
「ニアオーリ様は、私とジュニパー様が穴に落ちるのを止めてくださいました。
今度はニアオーリ様のお力になりたいのです。
でも、落とし穴から助け出す方法がわかりません」
ペルラの顔が曇った。
「私は、今聞くまで、落とし穴の存在すら知りませんでした。
それに、私から誰かに聞くのも難しいでしょう」
ソルト卿は膝に置いた手に力を入れた。
アルマンディン貴族の中には知っている者もいるかもしれない。
しかし、旧王宮の仕掛けについて東部統監であるソルト卿が突然聞いて回れば、余計な詮索を招きかねない。
なぜそんなことを知りたがるのか。
誰を助けようとしているのか。
そこから、ニアオーリの正体や、ソルト家との関係まで探られる可能性もある。
駐留軍は、旧アルマンディン王族は全員死亡したと公式に発表している。
ニアオーリの生存が明るみに出れば、その発表そのものを覆すことになる。
駐留軍の高官であるソルト卿自身が表立って動くわけにはいかなかった。
ミリスが口を開いた。
「この後カウプテ様のところに伺う予定があるので、聞いてみます。何か手がかりがあるとよいのですが」
「ありがとうございます……」
ソルト卿は深々と頭を下げた。
「私たちは今日アルマを出発します。でも、第三港湾に戻ってからも、できるだけ調べてみます。
これはペルラの願いでもありますから」
ミリスはペルラをちらりと見た。
「どうかよろしくお願いいたします」
ソルト卿は目を閉じて、もう一度頭を下げた。




