95. アルマ宮編(40) おやすみ
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ノックの音がして、ミリスが扉を開けると、ペルラが胸に飛び込んできた。
「ミリス様!」
「ペルラ!」
ミリスはペルラを抱き止めた。
しばらくそのままでいたが、ふと目を上げると、ペルラのすぐ後ろに侍女が立っていた。
さらに廊下を見る。
総司令官護衛隊と警備隊の兵士も一人ずつ、少し離れたところに立っていた。
侍女と警備兵はともかく、総司令官本人でもないのに、護衛隊の兵士までついてくるとは思わなかった。
ペルラはアルマ宮で、ずいぶん大切に扱われていたようだ。
ミリスは三人に廊下で待ってもらい、扉を閉めた。
◇
ペルラは泣いていた。
「ミリス様、会いたかったです」
ミリスも泣きそうになったが、なんとかこらえた。
「僕もだよ、ペルラ」
「ずっと会いたかった……」
「うん。明日、ここを出よう。家に帰ろう」
「はい」
ペルラはしばらく泣いていたが、やがて顔を上げて微笑んだ。
濃い紫色の瞳が、優しく輝いていた。
ミリスが贈った赤銅色の宝石の耳飾りは、相変わらずよく似合っている。
もう片方の耳には、美しいミントグリーンの髪の合間から、青いオパールの耳飾りがのぞいていた。
ペルラは、珍しく、長い髪を結わず、そのまま流していた。
「今日は髪を下ろしているんだね」
ペルラはハッとした。
気を失った後、さっきまで寝ていた。
ベッドに寝かせる時にランが髪をほどいたに違いない。
思い出した。
ミリス様に言わなきゃいけないことがある。
「ミリス様! 私、見たんです!」
「何を?」
「助けてください!」
「えっ、何を?」
ペルラはミリスの腕をつかんで揺さぶった。
「ちょっと待って。とりあえず落ち着いて」
ミリスはペルラをベッドに座らせ、自分も隣に腰を下ろした。
「それで、何を見たの?」
「今日、祝賀会が開かれている頃、ジュニパー様と一階で絵を見ていたんです」
「絵を見たの? よかったね」
ミリスはにっこり笑った。
「絵も見たんですけど、人が落ちるところを見たんです!」
「人が落ちる? 一階から?」
ミリスは聞き返した。
「はい。すごく大きい泉の絵を見ていたら、カシュー様が急に『危ない!』って言いながら駆け寄ってきたんです」
「ああ、カシュー・ソルト様?」
「はい。そうしたらジュニパー様がすごく怒って、カシュー様に絵の前へ立つように言ったんです」
「うん」
「それで、ジュニパー様が足で床を強く踏んだら、カシュー様が立っているところの床が動いて、大きな穴が開いて、カシュー様が落ちて消えたんです」
「……落とし穴?」
ミリスも初めて聞く話だった。
「カシュー様を助けてください!」
ペルラはミリスを見上げて訴えた。
「カシュー様は、お兄様の友人なんです。床はそのあとすぐ元通りになってしまって……どうやって出してあげたらいいんでしょうか。穴に落ちて、きっと心細いと思います」
先ほどジュニパー様にお会いしたが、人を穴に落とした後だったのか。
そんな素振りは微塵もなかった。
アニス様とヴィレンス様も知らぬはずがないが平然としていた。
アルマ宮は、地上も地下も一体どうなっているのか。
――どういうことだ。何が起きた?
ペルラの話を聞いても、一向に意味が頭に入ってこない。
「ジュニパー様には聞いた?」
「はい。でも、『カシューの命は助けた。死んでいない』とおっしゃるだけで……」
「確かに、カシュー様か危険な人物か判別がつかない状態で、急に王族に近づいたら、護衛に警戒されて斬り殺されてもおかしくない」
「そうなんですね……」
ペルラはしゅんとした。
「最初に、カシュー様はどうして『危ない』って言ったんだろう?」
「それは、落とし穴がある位置に、ジュニパー様と私がいたからだと思います」
「え?」
ミリスはペルラを見た。
「じゃあ、カシュー様が言ったことは正しかったってこと?」
「はい」
「じゃあ、どうしてジュニパー様は怒ったのかな?」
「ええと……わかりません……」
ペルラは困ったように首を傾げた。
「きっと手がかりがあるはずだ。一個ずつ思い出してみて」
ペルラは下を向くと、顔に手を当てた。
「ジュニパー様は、『これを知っているのは旧アルマンディンの人間だ』と。それから、怖い声で『プリズマから這い出てくるな』とおっしゃっていました」
聞けば聞くほど、ミリスは分からなくなった。
「それで、最後『本当にカシュー・ソルトなら、そこに立て』と……そこが落とし穴の位置だったんです」
「カシュー様じゃないってことか? でも、ペルラはカシュー様の顔を知っているんだろう?」
「はい。お兄様のところに遊びに来たカシュー様と、同じ人に見えました」
ますます分からない。
「ジュニパー様の護衛はいたんだろう? その時、どうしていた?」
「ええと……よく覚えていません。私、混乱してしまって……すみません」
「いいよ、いいよ。責めるつもりはないんだ。その状況で、周りまで観察する余裕はないよな。
でも、ジュニパー様を止めなかったんだね?」
「はい」
「少なくとも、護衛たちは止める必要がないと思ったんだな」
ミリスは顎に手を当てた。
ペルラが不安そうに見上げた。
「カシュー様を助けられるでしょうか?」
「うーん……難しい……」
ミリスはため息をついた。
「そんな……お願いします……」
ペルラの顔が曇った。
「カシュー様は、私とジュニパー様が落とし穴の上にいて、危なかったのを教えてくれたんです」
「もちろん、カシュー様を助けたいよ。でも、全然状況が分からないから……」
ミリスは少し考えてから言った。
「明日、帰りにソルト伯爵邸へ寄ってみよう」
「ソルト伯爵邸に?」
「うん。みんなで一緒に考えれば、何かわかるかもしれないよ」
ペルラの表情がぱっと明るくなった。
「そうですね!」
「意外と、カシュー様はもう家に帰ってるのかもしれないし」
ペルラが笑った。
「そうですよね!」
そのとき、ペルラのおなかが鳴った。
ぐう〜。
「きゃっ! やだ! すみません……」
ペルラは慌てておなかを押さえた。
ミリスは思わず笑った。
「お腹すいたの?」
「実は、夕食を食べてなくて……おなかが空いてきました」
「え? 食べてないの?」
ミリスは驚いた。
「どうして?」
「ちょっと忙しくて」
ペルラは立ち上がった。
「私、部屋に戻って食べますね。
ミリス様、おやすみなさい! また明日」
ペルラは朗らかな笑顔で挨拶をすると、部屋を出た。
「あっ……おやすみ……」
ミリスが言い終わらないうちに、扉が閉まった。




