91. アルマ宮編(36) 一報
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマンディン駐留軍総司令官副官の執務室。
アニスは執務机の前に立ち、ヴィレンスの報告を聞いていた。
祝賀会はまだ続いている。
本来ならアニスも大広間にいる時間だったが、ヴィレンスから報告があると言われ、途中で抜けてきたのだ。
そして今、その報告を一通り聞き終えたところだった。
「……本当に?」
アニスが聞いた。
「本当です」
ヴィレンスは答えた。
「見たのか?」
「はい。その場におりました」
アニスは大きく息を吐いた。
そして両手で顔を覆った。
「うわあああ……あのバカ王子が……」
そのまま応接用のソファに崩れ落ちた。
クッションをポカポカ叩く。
ヴィレンスは立ったまま、静かに言った。
「半分くらいはジュニパー様のせいではありません」
「そんな正論は聞きたくない!」
アニスはソファに伏せたまま叫んだ。
確かに、見知らぬ男が突然ジュニパー様とペルラ様に駆け寄ったことも、その男がアルマ宮の仕掛けを知っていたことも、ジュニパー様のせいではない。
だが、その他の大部分はジュニパー様のせいだろう。
アニスはうつ伏せのまま言った。
「ペルラ様は?」
「部屋で寝ています。一応、侍医には見せました。驚かれただけで、どこもぶつけていませんので、早晩目を覚まされると思います」
「そうか……」
アニスは体を起こして、ソファに座った。
「まあ、ヴィレンスも座れ」
ヴィレンスは向かいのソファに腰を下ろした。
「あいつは何があってもペルラ様を離さないから、ペルラ様はどこも怪我しなかったということか。不幸中の幸いだな! いや、やっぱり、あいつに付きまとわれてる時点で不幸かな? ははは!」
アニスの乾いた笑いが部屋に響いた。
「それで、その、カシューかカシューじゃないか、わからん奴は?」
アニスはため息をついた。
「時々物音がするので、生きているのは確かです」
「まあ、下は柔らかいからな」
アニスは腕を組んだ。
あの落下機構の下がどうなっているかは知っている。
改修後に、自分も見た。
落ちれば驚きはするだろうが、死ぬような場所ではない。
アニスはソファの背にもたれて、顔を手で覆った。
「ああ……生きていても死んでも困る人間じゃないか。アルマ宮にいちゃいけないんだが」
ぼやきが止まらないアニスを、ヴィレンスは無表情のまま黙って見ていた。
「まったく……落とし穴はゴミ箱じゃないんだぞ」
とは言え、あの場でどうするのが正解だったのかと考えると、アニスにもよくわからなかった。
王族に向かって突然駆け寄ってきた男だ。その場で斬られていてもおかしくない。
しかし、あの仕掛けを知っている以上、単純に排除するのも不都合がある。
地下へ落として、とりあえず人目から隔離する。
やり方はどうかと思うが、ジュニパーの判断そのものは悪くなかった。
「ソルト伯爵を呼びますか?」
ヴィレンスが聞いた。
「待て。今呼び出したところで、何を話す?
しばらく待ってみよう。誰がどう動くのか」
アニスは片手で額を押さえた。
「それより、すぐ祝賀会会場に戻って、ミリス・ヘーゼルを引き留めろ」
ヴィレンスが黙ってアニスを見る。
「ペルラ様の迎えは明日だ。もう明日だからとか何とか言って、今夜はアルマ宮に泊まらせろ。ペルラ様に万が一何かあった場合、婚約者のミリスが近くにいた方が何かと手間が省けるからな」
「わかりました」
「ミリスがペルラ様と会うのは早くても明日だ。今夜はもう遅いからと説明してくれ」
今のペルラ様をそのまま見せたら大問題である。
「はい」
「私はペルラ様と、自称カシューの様子を見てくる」
アニスは膝に手を置き、立ち上がりかけた。
「ジュニパー様も自室に戻られています」
ヴィレンスが素早く言った。
「祝賀会終わってないのに?」
アニスは上げかけた腰を下ろした。
「はい」
「あの顔で愛想振り撒くのが仕事だぞ?」
アニスはヴィレンスに顔を近づけた。
「……ショックを受けられてまして」
アニスは目を剥いた。
「ショック? あいつがショックぅ? ショックを受けたのはペルラ様とこっちだよ」
そう言うと、座り直した。
「むしろ、もっとショックを受けた方がまともになるんじゃないか?」
ヴィレンスはアニスの言葉を無視して尋ねた。
「祝賀会会場にお戻りいただきますか?」
アニスは手を振った。
「ほっとけ!」
立ち上がると、ヴィレンスも続けて立った。
「あいつなんか、もはやどうでもいいわ! 勝手に飯食って寝ろ!」
アニスは扉を開けた。
「……私は今夜、眠れないの確定だけどな」




