81. アルマ宮編(27) ヘーゼル侯爵の一日
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
朝の光が、ムーンストーン王都のヘーゼル侯爵邸に差し込んでいた。
ミリスの父ヘーゼル侯爵は普段、ムーンストーン王立軍地方方面軍の勤務地で暮らしている。
ところが、昨日の夕方に突然王宮から、今日の御前会議に出るようにとの連絡が来た。
そこで、今日は朝早くに家を出て、馬車で数時間かけて移動し、ようやく王都の屋敷に到着したのだった。
――そもそも、私はなぜ御前会議に呼び出されたのだろうか?
軍務上の問題だろうか。
領地関係か。
息子のミリスが赴任しているアルマンディンで何かあったのか。
それとも、娘のルビーが近衛で何かあったのか。
昨夜から考えているが、心当たりがなかった。
使用人が朝食を運んでくるのを待っていると、近衛の制服を着たルビーが通りがかった。
「パパ。いたの?」
「おはよう。今着いた。
これから出勤か? 気をつけて行ってきなさい」
「おはよう。
ねえ。なんか、今日の御前会議に呼ばれたんだって?」
「ああ。そうなんだ」
ルビーはツカツカと歩いてくると、腕を組んで、怪訝な目で父を見下ろした。
「パパ、変なことしてないよね?」
「え?」
父は娘の思わぬ反応に固まった。
「そういうのホント迷惑だからやめて。じゃ」
ルビーはそれだけ言うと、踵を返して、去っていった。
部屋の扉が閉まった。
「あっ、ルビー……」
――パパは、断じて恥ずかしいことなんてしてないぞ!
侯爵は心の中で力強く言った。
◇
王宮へ出仕すると、ヘーゼル侯爵はそのまま御前会議の行われる部屋へ通された。
中にはすでに国王、アデュラリア公爵、サイデライト宰相をはじめ、数人の重臣が揃っていた。
ヘーゼル侯爵は礼をとった。
「お呼びとのことで参りました」
「ヘーゼル侯爵、急に呼び出して申し訳ありません」
宰相が言った。
「いえ。それで……何かございましたでしょうか」
「アルマンディンのことですが」
ヘーゼル侯爵は背筋を伸ばした。
「ミリスに何か?」
「いや、ミリス自身は問題ありません。問題は、ミリスの婚約者です」
「ペルラ・ベトーラ嬢ですか?」
ヘーゼル侯爵は首を傾げた。
「はい。現在、ペルラ嬢はアルマ宮に滞在しています」
「そうなのですか」
アルマ宮はアルマンディン駐留軍の本部だ。
軍人ではないペルラ嬢が、アルマ宮に何か用があるのだろうか。
というより、あそこは宿屋ではないから、滞在できるような部屋もそうそうないはずだが……。
「もう一ヶ月近くになるそうです」
「一ヶ月ですか」
まあまあ長い。
「ジュニパー総司令官殿下と一緒に」
「……殿下と?」
なぜペルラ嬢がジュニパー様と?
一緒とはどういう意味だ?
「うちのミリスは? 一緒ではないのですか?」
宰相はため息をついた。
「一緒ではないそうです」
詳しい説明を受け、ヘーゼル侯爵の顔から、だんだん血の気が引いていった。
「ちょ、ちょっとお待ちください。ミリスからは何も……」
聞いていない。
全てが初耳だった。
ミリス、本当なのか。
なぜ連絡をよこさない?
――パパが信用できないのか……?
不甲斐ない父ですまない……。
そして、ペルラ嬢。
そんなことになっていたとは……。
一体何があったんだ?
――申し訳ない……。
さらに、もう一人の人物が、ヘーゼル侯爵の脳裏に思い浮かんだ。
――ベルデ様……。
ペルラの兄、ベルデ・ベトーラ伯爵。
王都守備隊の副隊長を務めている。
侯爵の顔から、さらに血の気が引いた。
「ベトーラ伯爵ベルデ様にはこちらから折を見てお話しするので、どうかご内密に……」
「ベトーラ家のことはどうでもいいから。言わないから」
国王は、ベルデのことを思い出したのか、わずかに顔を引きつらせた。
「えっ?」
――どうでもいいことはないと思うが……。
陛下はどういうおつもりなのだろう。
「それよりジュニパーをどうにかしてくれ」
ベルデの話を打ち切るように、国王はぐっと身を乗り出した。
「は、はあ……どうにか、とは??」
国王は眉間を押さえた。
「このままだと今後ジュニパーの縁談を組む時、差し支えるじゃないか」
「あ、ああ、なるほど。そうですよね……すみません……」
ヘーゼル侯爵は思わず頭を下げたものの、頭の中には疑問がグルグルと渦巻いていた。
――なんでウチが謝ってる?
ペルラ嬢をアルマ宮に滞在させているのは自分ではない。
ミリスですらない。
「それでだ」
国王は続けた。
「ヘーゼル侯爵家から抗議が来ていることにすれば、ジュニパーも無視できず、ペルラ嬢をミリスの元に帰すだろう」
「抗議?!」
ヘーゼル侯爵は今日一番の声を上げた。
「……と副官のアニスが手紙に書いている」
国王は手元の紙に目を落とすと、小さい声で続けた。
「いえいえいえ。王家に抗議はちょっと……滅相もない……」
朝、ルビーに言われた言葉が頭に浮かんだ。
『パパ、変なことしてないよね?』
――もちろん、パパは変なことを絶対にしないぞ!
ヘーゼル侯爵が必死に首を横に振っていると、アデュラリア公爵が静かに言った。
「では、『抗議を検討している』でいいんじゃないですか」
国王はアデュラリア公爵を見た。
一拍置いて、国王が明るい顔になった。
「おっ。君、いいこと言うね~。それでいこう」
ヘーゼル侯爵を除く一同が頷いた。
「えっ? えっ? えっ?」
ヘーゼル侯爵は、国王とアデュラリア公爵の顔を交互に見比べた。
「ヘーゼル侯爵家は、現在の状況について王家への抗議を検討している――うん。これなら嘘ではない」
国王は満足そうに頷いた。
「今この瞬間、検討していますからねぇ」
宰相も深く頷いた。
ヘーゼル侯爵は納得できず口をパクパクさせたが、周囲の重臣たちは、もう話がまとまったという顔をしていた。
「よし。では、その線で、アニスに返事をしておくように」
国王が重臣たちに言った。
「えっ? その線とは?」
「安心してください。アニス様なら、後はうまくやってくれます。
今日はもう帰っていただいて結構です」
宰相が微笑んだ。
「ヘーゼル侯爵、お疲れ様でございました」
「ちょっ――」
御前会議は次の議題へ移った。
◇
廊下へ出されたヘーゼル侯爵は、しばらく呆然と立っていた。
お断り申し上げたはずなのに、今や、ヘーゼル侯爵家は王家への抗議を検討していることになっていた。
「なぜ……?」
泣きたかった。
だが、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。
取り急ぎ、ベルデ様に、説明と謝罪に行かなくてはいけない。
ベルデ様は、妹のペルラ嬢を目に入れても痛くないほど大事にしている。
「はぁ、行きたくないなぁ……でも、すぐ行った方がいいよな?」
幸か不幸か、王宮と王都守備隊の本部は近い。
先延ばしにして、余計に大変なことになったら困る。
ヘーゼル侯爵が王宮の隅で青くなっていると、御前会議を終えた国王たちが向こうから歩いてきた。
「ガハハ! もう、毎回毎回。ジュニパーには困るわ!」
国王の大きな声が廊下に響いた。
「わしと違って、配慮ってモノに欠けとる!」
「陛下、声を抑えてください」
アデュラリア公爵がたしなめた。
「誰も聞いとらんて!」
ヘーゼル侯爵は、とっさに柱の影に隠れた。
――私は壁。私は柱。
アデュラリア公爵と目が合った。
「…………」
「…………」
ヘーゼル侯爵は黙って頭を下げた。




