8. ムーンストーン王都編④ 近衛研修
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマンディン駐留軍から、数名の軍人がムーンストーン王都へ送られていた。
目的は、近衛での研修だった。
間もなく、ジュニパー第二王子がアルマンディン駐留軍の総司令官に就任する。
それに伴い、現地で殿下の身辺警護を担当する者も新たに選抜されることになった。
フェンネル、タロウ、ジロウほか数名は、その候補だった。
彼らは全員、ムーンストーンの地方貴族出身である。
ムーンストーン王家としては、本来なら、近衛と同じように身元と忠誠の確かな中央貴族で護衛隊を固めたかったはずだ。
ところが、ムーンストーンの中央貴族で駐留軍へ入る者は極端に少ない。
いたとしても、ミリスのように幹部候補になってしまい、護衛業務に人を回す余裕がない。
そこで、中央貴族でなくてよい、ムーンストーン貴族であればよいという条件になったようである。
しかし、ムーンストーンの地方貴族は、そもそも宮廷経験が家により大きく異なっており、中には貴族とは思えないほど困窮している家もあった。
結果として、アルマンディン駐留軍が選んだ護衛隊候補は、戦闘能力こそ十分だったが、王族のすぐそばで警護するには、礼法・接遇・所作の面で課題が多かった。
そのため、近衛で研修を行うことになったのだった。
◇
近衛隊は、武術や家柄だけでなく、礼法や所作、さらに公の場へ出る王族のそばに立つ者として、容姿も選抜の対象となっている。
中央貴族の中でも、さらに選ばれし者たちが集まる場所だった。
「ここ、貴族多くない?」
タロウが近衛隊舎を歩きながら言った。
「……俺たちも貴族だぞ。なっ、フェンネル?」
ジロウが小さな声で言った。
「う、うん……」
フェンネルは曖昧に頷いた。
フェンネルは研修組の中で唯一、王立学校に通った経験があり、中央貴族にも慣れているはずだった。
それでも、このように上澄みだけとなると、緊張した。
◇
研修が始まった。
指導役はヴィレンスという、王太子専属の護衛であった。
近衛の中でも高位にあるらしい。
『星の蔦』はムーンストーン王立軍の装備品であり、ほとんどの軍人が所持しているが、ヴィレンスの『星の蔦』は細い銀線が優美な曲線を描きながら、両耳の下から首、左肩、腕を通って左手まで複雑な網目を作っていた。
これほど広い範囲を覆う星の蔦は、駐留軍では見たことがなかった。
研修は、礼法と王族随行時の所作から始まった。
研修組にとっては戦闘より大変であった。
◇
ある日、ヴィレンスが言った。
「要人護衛では、不測の事態にも備えよ」
「ハッ!」
研修組が一斉に返事をした。
暗殺、襲撃、誘拐……気を抜いてはならない。
ヴィレンスがゆっくり顔を横に向けた。
研修組もそちらを見る。
視線の先にいたのは、若い王族だった。
そして、黄色い歓声を上げながら集まってくる令嬢たちだった。
研修組がポカンと口を開けていると、ヴィレンスから次の言葉が飛んだ。
「距離を保て」
確かに危険人物が混じっていないとは言い切れない。
研修組はしばらく黙って令嬢たちを眺めた。
前任の高齢の総司令官の時には、まず起きなかった問題だった。
◇
休憩時間、タロウが言った。
「さっきのさ、殿下の顔に落書きしとけば、一発で解決するんじゃないの?」
近衛の詰所が一瞬で静まり返った。
いつの間にかヴィレンスが近くに立っていた。
「不敬罪。謹慎一日」
タロウは立ち上がると、頭を下げた。
「は、はい……すみません」
◇
翌々日の朝。
ジロウが言った。
「タロウ。お前さ、アルマンディン駐留軍の評判落とすのやめろよぉ」
「すまん」
タロウは素直に謝った。
「顔に落書きなんて、どう考えてもアウトだろ?
ここは近衛だぜ?」
「反省してる」
「服にトマトソースが散ってる、くらいにすればよかったんだよ」
ジロウがニヤリと笑った。
「お前さ!」
タロウが吹き出した。
またしても近衛の詰所に冷たい空気が流れるのを、フェンネルは感じた。
◇
フェンネルは休みの日にタロウとジロウを連れて王都へ出ることになった。
タロウは王都へ来るのが初めてだった。
ジロウも一回来たことがあるだけで、その時も駐留軍への入隊手続きのためだった。
近衛の研修で中央貴族ばかり見続けた二人は、王都の普通の通りへ出るだけでも少し安心したようだった。
フェンネルはふと思いついて言った。
「王都守備隊を見に行くか?」
王都守備隊は、近衛とは違う。
貴族を選抜して集めているわけではない。
宮廷礼法も、華麗な所作も本業ではない。
市街の巡回、治安維持、事件対応、そして必要なら戦闘。
駐留軍で見慣れた軍人社会に近かった。
不審者にならないように注意しつつ、守備隊を外から柵越しに覗く。
「あー、心が浄化される」
タロウが言った。
ジロウもうなずいた。
「俺たち、近衛の毒気に当てられてたな」
――「俺たち」にしないでくれ……。
フェンネルは内心そう思いながら、二人を見守っていた。
◇
ソルト卿がちょうど王都に滞在しており、近衛研修の様子を時々見に来ていた。
ソルト卿は、アルマンディン東部統監兼、駐留軍東部方面司令官を務める、偉い人である。
今日は、ソルト卿から話があるという。
「アルマンディン駐留軍から近衛に研修に来ている諸君!」
全員が姿勢を正した。
「くれぐれも問題を起こさないように!」
「ハッ!」
「……特にタロウとジロウ!」
ソルト卿が鋭い視線で二人を見た。
「……なんで俺らなんですか」
◇
研修期間も半ばを過ぎた頃には、タロウとジロウの口から、同じ言葉が出るようになっていた。
「アルマンディンが懐かしいよぉ」
「帰りたいよぉ」
ソルト卿は呆れてため息をついた。
「おいおい、お前たちはムーンストーン人だろう」




