79. アルマ宮編(25) 空の色
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「ああ、通行許可のことね……」
ジュニパーは、ペルラに訊かれて初めて思い出したように言った。
「あの……どうでしたでしょうか?」
ペルラが遠慮がちに尋ねると、ジュニパーは申し訳なさそうに言った。
「ごめん……。
今日は空の色がきれいで……気づいたら夕方になってた。だから、聞けなかった」
「空の色が……」
ペルラは窓の外へ目をやった。
昨日は雨だったが、今日は朝からよく晴れていた。
「ごめんね、ペルラ」
ジュニパーはうなだれた。
「ジュニパー様は悪くないです。謝らないでください。
ジュニパー様はきれいなものがお好きですもの。仕方ありませんわ」
ペルラは微笑んだ。
ジュニパーは少し考えた後、パッと顔を上げた。
「じゃあ、埋め合わせに空を見に行こう」
「えっ?」
「特別に案内するよ。僕のとっておきの場所に」
ジュニパーは少年のように笑った。
◇
「中庭が……とっておきの場所なんですか?」
ペルラは辺りを見回した。
ここは、滞在している階にある中庭だ。
枯れ木は切られ、はじめはほとんど何もなかった庭にも、今はペルラが植えた草花が少しずつ増えていた。
「そう。だって、ペルラを感じるから。だから、とっておきの場所」
ジュニパーは中庭を見て目を細め、嬉しそうに言った。
「ここに来れば、いつもペルラに会える」
「……ジュニパー様って、不思議ですね」
ペルラは少し笑った。
「どうして?」
ペルラはジュニパーを見た。
「だって私は、目の前にいるのに……」
ジュニパーが、まっすぐペルラを見ていた。
「それだけじゃ足りないんだよ」
「足りないというのは……?」
ペルラは意味がわからず聞き返した。
「今だけじゃ足りないんだよ」
ジュニパーの彫刻のように美しい顔が、わずかに歪んだ。
「ここにペルラを焼き付けたい」
ジュニパーは目を両手で覆った。
「や、焼き付け……?」
ペルラは小さな声で繰り返した。
ジュニパーは手を下ろして、目をゆっくり見開いた。
静かにきらきら光る瞳が、ペルラを射抜くようだった。
「僕の目に……」
ジュニパーが一歩、ペルラの方へ近づいた。
「あ、あの……私、どうしたら……」
ペルラは一歩後ろへ下がりかけた。
その足が地面の小さな窪みに引っかかった。
「きゃっ」
「大丈夫?」
ジュニパーがすぐに腕を伸ばし、ペルラの体を支えた。
「気をつけて」
「ありがとうございます」
転ばずに済んだことにほっとした、その時だった。
「あっ、靴が……」
片方の靴が脱げていた。青い宝石がついた靴だ。
「ジュニパー様?」
次の瞬間、ジュニパーはペルラを抱き上げた。
「あっ、あの、歩けます」
「だって靴ないよ? 座ってて」
ジュニパーはそのままペルラを古い石のベンチまで運び、そっと座らせた。
「すみません……」
「いいんだよ。気にしないで」
ジュニパーは靴を拾いに戻った。
そしてペルラの前まで来ると、その場に跪いた。
「ジュニパー様! 土がついてしまいます。どうぞお掛けになって……」
「大丈夫、大丈夫。ペルラは座ってて」
ジュニパーは靴を持ち上げると、明るい声で言った。
「ほら! 今日の空の色も入ってるよ」
「あっ、本当ですね」
ペルラは微笑んで、頷いた。
ジュニパーはにっこり笑うと、靴を横に置いて、視線を落とした。
「この足で、いつもこの庭を踏んでいるの?」
そう言うと、ペルラの足をゆっくり手に乗せ、そっと口づけた。
「あ……」
ジュニパーはそのままペルラの足に靴を履かせた。
「どう? 違和感ない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「よかった」
ジュニパーは立ち上がり、ペルラの隣に腰を下ろした。
「空の色を見に来たんだったね」
ジュニパーは空を見上げた。
「ペルラ、上を見て」
ペルラも空を見上げた。
四方を建物に囲まれた中庭からは、空が四角く切り取られて見えた。
青と淡いラベンダー、薄桃色が、絵の具を薄く重ねたように混じり合っている。
淡く白い三日月が、その中に浮かんでいた。
「きれいですね……」
ジュニパーは空から視線を戻し、ペルラの横顔を見た。
ペルラは、微笑みながら空を見ていた。
――この空の向こうにも、空は続いている。
その下のどこかに、ミリス様がいる。




