74. アルマ宮編(20) 扉
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
仕事でアルマを訪れたミリスは、アルマ宮の長い廊下を歩いていた。
何度来ても、巨大な宮殿だった。
高い天井。どこまでも続く石造りの廊下。行き交う軍人や文官の姿も、この建物の中では小さく見える。
――この巨大な宮殿のどこかに、ペルラがいるんだ……。
もう一ヶ月近く会っていない。
手紙を出しても返事はなかった。
今日はアルマ宮まで来ているというのに、ペルラに会える予定はない。
廊下の奥に、総司令官執務室の扉が見えた。
以前、使節団の報告で入ったことがある。
――今すぐ、あの扉を開けて叫んでやりたい……。
ペルラを返せ! って。
だが、今の自分には、権限も理由もない。
ジュニパー総司令官殿下は、危険なアルマンディンでペルラを安全なアルマ宮に置いてくださっている。
厚意で守ってくださっている、感謝すべき方だ。
それが現実だった。
ミリスは視線を戻し、総司令官執務室の隣にある扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声がした。
部屋に入ると、机に向かっていたアニス・アデュラリアが書類から顔を上げた。
ジュニパーの副官として、アルマ宮の実務を担っている人物である。
「久しぶりだな、ミリス。座ってくれ」
「ありがとうございます」
ミリスは向かいの椅子に座った。
仕事の話が終わったところで、ミリスは口を開いた。
「アニス様。実は、ご相談したいことがあるのですが」
「何だ?」
「私の婚約者のペルラ・ベトーラが、まだアルマ宮でお世話になっています」
アニスは少し考えてから頷いた。
「ああ。そうだな」
「その理由が、第三港湾へ戻る通行許可が出ないためと聞いております」
「通行許可?」
アニスは机の上の書類へ視線を落とした。
「……まず、申請が出てないけど?」
「え?」
ミリスは思わず聞き返した。
「少なくとも、私のところには上がってきていないよ」
「誰が申請するんですか?」
「え? そりゃ本人だよね」
ミリスは黙った。
――ペルラ、絶対知らないだろう……。
「あの、代理で申請は認められますか?」
「王家が許可している正式な婚約者だから、いいんじゃないか?」
あまりにもあっさりした返事だった。
「では、僕が申請します」
「いいよ」
ミリスは少し身を乗り出した。
「それで……申請したら許可されますか?」
アニスがニヤリと笑った。
「総司令官殿下の許可が出ればな」
「…………」
アニスは、ミリスに顔を近づけるよう、手で合図した。
ミリスが身を寄せる。
アニスも少しだけ前へ出ると、声を落とした。
「今ね、君とペルラ様の書類は、すべてジュニパー様の直接決裁になってるから」
ミリスは何も言えなかった。
アニスはにっこり笑った。
さっき廊下で見た扉が頭に浮かんだ。
申請しても、結局あの扉の向こうへ行く。
「どうしたらいいでしょうか……」
アニスはため息をついた。
持っていた書類を机へ放り、椅子に深く腰掛けて足を組んだ。それから、両手を組む。
「君も中央貴族なら考えるんだな」
アニスはミリスを見た。
「君はただのミリスではない。望んでも望まなくても、ミリス・ヘーゼルにしかなれない。そうだろう?」
ミリスは黙った。
――その通りだ。
「私も同じだ。私はアニス・アデュラリアだ。アデュラリアではない私なんて、今さら考えても仕方ない」
アニスは淡々と言った。
「自分自身も、ヘーゼル侯爵家も、王子に気に入られた婚約者も――全て自分のものだ。使えるものは使えばいい」
ミリスは考えた。
――ペルラは使いたくない……。
お気に入りだとか、そんなことはどうでもいい。
一刻も早く、ペルラをジュニパーから引き離したかった。
だが、確かに自分では手に負えない状況になっている。
――父に相談するか……。
ミリスはしばらく考えてから、顔を上げた。
「ありがとうございます。考えてみます」
「ああ、そうしてくれ」
ミリスが部屋を出て、扉を閉めると、アニスはお茶を飲んだ。
ミリスは、婚約者を使ってジュニパー様を逆に利用してやろうとは考えないようだ。
――私がミリスだったら、ペルラ様を最大限に活用する……かもしれないな。
アニスは少し笑って、伸びをした。
――それにしても、もう一ヶ月か。
最近、ジュニパー様の機嫌がよくて、仕事をする側としては正直かなり助かっていた。
そのせいで、深く考えていなかったところもある。
アニスは小さく息を吐いた。
――まあ、このままじゃいけないよな。そりゃ。




