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68. アルマ宮編(14)昼休み

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

第三港湾の司令部で、ミリスは机に広げた書類に目を通していた。


向かいではグレンが別の書類を確認していたが、顔を上げて壁の時計を見た。


「そろそろ昼休みにするか」


「は〜い」


リナールが書類を片付けながら、ミリスに訊いた。


「そういえば、ペルラ様は帰ってきたんすか?」


ミリスの手が止まった。


「まだだ」


「もう一週間ですか?」


グレンが腕を回した。


「一週間か。長いな。普通、戒厳令なんて数日で終わるものだが」


「僕も、こんなに長くなるとは思っていませんでした」


ミリスは小さく息を吐いた。


「と言っても、アルマの戒厳令を第三港湾からどうこうすることはできないからなぁ」


「そうですよね」


「次にカウプテ様が来た時に、相談してみたらどうだ?」


「はい、そうします」


ミリスがうなずく。


――北部統監のカウプテ様なら何かツテがあるかもしれない。そうであってほしい。


リナールが言いにくそうに、しかしはっきりと言った。


「あの〜実は、俺も婚約者と連絡取れないんですよ」


「えっ?」


ミリスとグレンが同時にリナールを見た。


どういうことだ?


「ここ一、二年」


「ええっ?!」


二人の声が、もう一度きれいに重なった。


「なんでそんなに放置してたんだ?」


ミリスが思わず尋ねると、リナールは首をひねった。


「もともと年一回、実家の家族が会うくらいだったので……」


「え? 年一回?」


「はい。去年会えなかったのはたまたまかなって思ってたんですけど、今年も会えなかったらしいんですよね」


「誕生日とか、季節の挨拶とか、舞踏会とか、建国祭とか、お茶会とかは……?」


「年に一回、夏至祭だけですね」


「そういうものなのか?」


同じムーンストーン王国内でも、北の方は王都とはずいぶん違うようだ。


「俺たち地方貴族は、そんな中央貴族ほど結婚に命かけてないんで」


リナールは腕を組んで、ミリスを見た。


「じゃあ、相談するな」


ミリスは立ち上がった。


早く食堂に行かないと混んでしまう。


「うそ、嘘です! 見捨てないでください」


リナールは慌てて両手を振った。


「俺達も『いの』くらい、かかってます」


「……」


ミリスは無言でリナールを見た。


「婚約者の家、二個隣の村なんですよ。すごい遠いんです」


リナールは必死に訴えた。


「なるほど……?」


ミリスはもう一度座ると、一応うなずいた。


二個隣の村。


言葉だけなら、それほど遠いようには聞こえない。


だが、リナールが「すごい遠い」と言うのなら、きっと遠いのだろう。


「それで、これってもう婚約はなくなったんでしょうか……?」


「そんな地元の事情までわからないぞ」


ミリスは正直に答えた。


そうとしか言いようがない。


「ですよねえ……」


リナールは少し考えると、何かを思いついたようにミリスを見た。


「そういえば、ミリス様とペルラ様は、どうやって婚約破棄したんですか?」


ミリスは固まった。


「……え?」


数秒置いて、ゆっくりリナールを見る。


「……もう一度言ってくれる?」


確かに、ペルラは以前にオーニチェとの婚約を解消したし、自分もペルラと婚約する前に別の婚約を解消した。


――まさか、リナールはその話を聞きたいと言っているのだろうか?


「いや、もう一度言わせない方がいいぞ」


グレンが止めた。


「あ、あのっ、そういうことじゃなくて」


リナールが慌てる。


「そういうことじゃなくて? どういうこと?」


ミリスはにこりと笑った。


「手続き的な……」


「……」


ミリスは背もたれに寄りかかり、目を閉じた。


結局、婚約破棄の話じゃないか。


「ミリス、しっかりしろ!」


グレンの声で、ミリスは目を開け、まっすぐ座り直した。


「僕たち中央貴族は、リナールとは違って、婚約や結婚には王家の許可が必要なんだ。婚約を解消する時にも、その手続きがあるんだよ。

あとは、両家で爵位や財産の取り決めがある。

わかったかな?」


ミリスは貴族らしい微笑を浮かべた。


「説明がなんか刺々しいっすね」


「……」


ミリスの頬が引きつった。


「経験者だから詳しいと思ったのに、あんまり参考になりませんねえ」


リナールはため息をつき、グレンを見た。


「グレン様は経験者じゃないですよね?」


「私は婚約破棄どころか、まだ婚約もしたことないぞ」


「アルマンディン貴族ですねえ……」


一般に、アルマンディン貴族は、ムーンストーン貴族より婚約する年齢が遅い。


グレンがリナールに尋ねた。


「リナールの周りで、婚約中に連絡が取れなくなったって人は他にいないのか?」


「たぶんいない……と思います」


「なんでそんなに曖昧な返事なんだ?」


「五年くらい帰ってないから、よくわからないっす」


「五年も?!」


ミリスが驚いて声を上げた。


グレンは落ち着いていた。


「アルマンディン駐留軍に来たムーンストーン人あるあるだな」


「あるあるなんですか?」


「地方出身者はな。一度こっちで仕事に就くと、なかなか帰らない奴もいる」


――五年か。


ミリスは思わず考え込んだ。


アルマンディンでの仕事が嫌なわけではなかった。


もともと望んでアルマンディンに来たのだ。


――それでも、僕は二年でムーンストーンへ帰る。


オーニチェと約束した。


そして、王都へ戻って、家の者たちを招いて結婚式を挙げる。


正式にペルラと結婚するのだ。


ミリスは決意を新たにした。


「それで俺、どうしたらいいですかねえ」


リナールが言った。


「とりあえず、一度帰国して会いに行くしかないだろう」


「ですよねえ……」


リナールは立ち上がった。


「あ〜、面倒くさいなあ」


「面倒くさいって言うな」


ミリスも立ち上がった。


さすがにそろそろ食堂に行かないと、行列がすごいことになってしまう。


「あっ、そうっすよね〜」


リナールはミリスの顔を見た。


「ミリス様は、もっと面倒くさいのと戦ってるんですもんね。すみませんでした」


リナールは真面目な表情で軽く頭を下げると、先に部屋を出て行った。

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