66. アルマ宮編⑫ アルマの宿屋
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマには、各地からさまざまな食べ物が集まっていた。
手頃な料理が少ないのが玉に瑕だが、珍しいものには事欠かない。
せっかくだから色々な種類を食べてみようと、リナールは何軒もの店を買い回って宿へ戻ってきた。
張り切って、少し買い過ぎてしまったかもしれない。
リナールは机の上に乗り切らない料理を見回した。
――さあ、どんどん食べるぞ!
リナールが酒瓶の栓を抜いた、その時だった。
コンコン、と扉をノックする音がした。
リナールは酒瓶を手にしたまま、扉を見た。
――今?
仕事の話なら明日にしてくれ。
そう思いながら扉を開けると、予想通りミリスが立っていた。
だが、ものすごく顔色が悪い。
「リナール、少しいいかな」
「ど、どうしたんすか? 具合が悪いんですか?」
リナールは慌てて部屋へ招き入れた。
「どうぞ寝てください!」
ベッドを示す。
「いや、具合は……よくわからないな……」
ミリスは顔に手を当てた。
「吐きそうなんですか?」
「いや……たぶん、そういうのじゃない」
ミリスはベッドに腰を下ろした。
リナールはふと周りを見回した。
「ペルラ様は?」
ミリスは少し黙った。
「……アルマ宮にいる」
「なんで?」
ミリスは、アルマ宮であったことを説明した。
「ふーん……」
リナールは酒をコップに注いだ。
ミリスは何度目かわからないため息をついた。
「ジュニパー様は、ペルラ様のことがとっても好きなんですねえ」
「好きとは言ってなかった」
ミリスの目は座っていた。
「……」
リナールはミリスに酒の入ったコップを渡し、自分も一口飲んだ。
「ジュニパー様はペルラ様と婚約して、結婚すればいいのに」
ミリスは青白い顔でリナールを見た。
「……誰に何を言ってるか、わかってるのか? 酒はまだ一口目だよな?」
「わかってます、わかってますけどぉ。みんなそう思いますって」
ミリスは酒に口をつけると、吐き捨てるように言った。
「ジュニパー様がペルラと結婚できるわけないだろう」
「えっ? なんでですか? ミリス様が邪魔……じゃなくて、もし婚約者がお互いいなければ大丈夫では?」
「今、邪魔って……」
呟くミリスの目に不信の色がありありと浮かんだ。
「空耳ですよ!」
リナールは素早く、肉の串焼きをミリスに持たせた。
「ほら、これ、おいしそうじゃないですか?」
ミリスは手の中の串焼きを見つめた。
「ペルラの家は伯爵家だ」
「それが何か?」
「……王家とは釣り合わない」
「伯爵家でもダメなんすか? ホント中央貴族って奴は」
リナールは揚げた小魚を摘んだ。
「しかも、あいつはアルマンディンに来た」
「あーあ。ついに殿下のことをあいつ呼ばわり……」
リナールは酒を一口飲んだ。
「つまり、ムーンストーンとアルマンディンの統合の象徴として、アルマンディン貴族と結婚するのが定石だ」
「うんうん。とーごーのしょーちょーですよね」
「……ムーンストーンの王子とアルマンディンの貴族が結婚すれば、『私たちはひとつだ。同じ家族だ』って示せるだろう」
「なるほど、なるほど」
リナールは頷いた。
「仲良しだよ〜ってことっすね」
「まあ、そういうことだ」
ミリスはようやく串焼きを一口食べた。
「だから、あいつはペルラと結婚できない。それはあいつもよーくわかっている」
「側妃は?」
「最近は側妃って聞いたことないな」
「ふうん」
リナールはまた小魚を口に放り込んだ。
「それに、ペルラの兄上のベトーラ伯爵が承知しないだろう」
「そういうものですかねえ」
「そういう方だ」
「そんなベトーラ伯爵にも俺は認められたんだぞ、と」
「そこまで言ってない」
ミリスは苦笑した。
「あのなあ。ベトーラ伯爵は王都守備隊の副隊長だぞ」
「えっ、そんなに偉いんすか? ベトーラ伯爵家、やべえな」
リナールは団子を一つぱくりと食べた。
それからもう一本の串を取り、ミリスの口にも押し込んだ。
「じゃあ、やっぱりジュニパー様と結婚できるんじゃ?」
「ゴホッ、ゴホッ……!」
ミリスは咳き込んだ。
「リナール、僕の話聞いてた?」
「聞いてますよ」
リナールは焼きそばを食べ始めた。
「でも、結婚はできない、側妃も無理。そしたら何なんですか? ペルラ様は」
「さあ……それがわからない……」
ミリスはため息をついて、遠い目をした。
リナールは焼きそばをもぐもぐ食べながら考えた。
「あっ、俺わかりました」
「えっ?」
ミリスはリナールを見た。
口の端にソースと青海苔が付いている。
「女神っすよ」
リナールは満足そうに頷いた。
「女神……?」
その言葉と同時に、ミリスの脳裏にペルラの姿が鮮やかに浮かんだ。
紫の瞳を輝かせ、自分に向かって嬉しそうに微笑んでいた。




