63. アルマ宮編⑨ 総司令官執務室
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマ宮の総司令官執務室で、ジュニパーは机の向こうに座っていた。
その横にはアニスとヴィレンスが立って控えている。
「ジュニパー殿下。バサルク王国への農業資源調査使節団の任務を終えました。本日、第三港湾へ戻ります」
ミリスが頭を下げた。
「そう。ご苦労様、ミリス・ヘーゼル」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
ミリスは一礼し、扉へ向きかけた。
「あ、ミリス」
「はい」
呼び止められて、ミリスは振り返った。
「もうペルラ、いらないよね?」
ミリスの動きが止まった。
「……え?」
「ペルラも使節団の仕事、終わったんでしょう?」
「あ。は、はい……」
「アルマは安全だよ。ペルラはアルマにいた方がいいと思う」
「アルマに、ですか?」
――何の話が始まったのだろう。
ミリスは必死に考えた。
「た、確かにアルマは安全ですが……」
「今回、なんでペルラをバサルクに連れて行ったの?」
「えっ? あ、あの……」
ミリスは言葉に詰まった。
――使節団の書類には『アルマンディン駐留軍総司令官たる、ジュニパー・ムーンストーン殿下の名において』と書いてあったが?
「ペルラが危ないと思わなかったの?」
ジュニパーは美しい顔をしかめた。
「困るよ。しっかりして? 僕も全部を見ていられないんだ」
「は、はぁ……」
ジュニパーが全部を見ていないことはミリスも知っていた。
「しかも、フェンネルとかいう奴? ペルラを脅して……不愉快だ」
ジュニパーの声が低くなった。
ジュニパーはアニスとヴィレンスへ視線を移した。
「あいつが二度と僕とペルラの視界に入らないようにして」
「はっ」
アニスとヴィレンスが同時に答えた。
ジュニパーはミリスに冷たい目を向けた。
「ミリスもミリスだよ。どうしてフェンネルにそんなことを許した?」
「……申し訳ございません……」
ミリスは頭を下げた。
――それにしても、どうして自分が謝っているのだろう。
フェンネルの行動は王家の指示だったはずだ。王家と言っても、ジュニパー様は関与していないのだろうが。
少なくともミリスの指示ではないし、許可した覚えもない。
まさかあんなことをするとも思っていなかった。
「しかもアルマに来る途中で、賊が出たって聞いたけど」
「はい」
「危ないよね?」
ジュニパーがまっすぐミリスの目を見た。
「えっ? は、はぁ……」
――それを言ったら、アルマンディンの大半が危ないことになるのではないだろうか。
ジュニパーは椅子の背もたれに身を預け、足を組んだ。
「さっき、アルマに戒厳令を出した」
「え……戒厳令、ですか?」
ミリスは思わずアニスを見た。
アニスが頷いた。
「つい先ほど、アルマには戒厳令が出されました。許可のない民間人の移動は禁じられています」
――戒厳令だって? 本当に?
戒厳令とは、もっと特別な時に発令されるものではないのか。
「ペルラはアルマにいてもらう」
ジュニパーがきっぱり言った。
「アルマに……?」
ジュニパーは小さくため息をついた。
「ペルラが安全な方がいいだろう?」
「安全な方がいいですが……」
ミリスは繰り返すことしかできなかった。
「ペルラには代わりがいないんだよ」
ジュニパーの視線が、机の横へ動いた。
そこには白い石膏で作られた、左手の像が置いてあった。
ミリスもつられてそちらを見る。
――あの像は何なんだ?
ジュニパー様の執務室なのだから、何かの芸術作品なのだろう。
ミリスがそんなことを考えていると、ジュニパーが言った。
「僕はペルラを選びたい」
「……?」
ミリスはジュニパーを見た。
――今、何と言った?
ジュニパーは椅子から立ち上がった。
「結婚も、仕事も、生きる場所も選べないけど、僕はペルラを選びたい」
ジュニパーが真正面から自分を見ていた。
ミリスは息を呑んだ。
一瞬、時間が止まったような気がした。
――ペルラを選びたい、だって?
ジュニパーはしばらく立っていたが、やがて椅子へ座り直した。
「ミリス、ご苦労。帰っていいよ」
「え?」
「ミリスは第三港湾で仕事があるだろう?」
ジュニパーは穏やかに続けた。
「ペルラが安全に、不自由なく過ごせるように、僕が大切にするから。安心して」
最後に、にっこりと笑った。
「あ、あの……」
ミリスは口を開いた。
――ペルラと一緒に帰りたい。
そう言いたかったが、何からどう話せばいいのか分からなかった。
「ミリス、気をつけて帰れ」
ジュニパーは微笑んだまま腕を組んだ。
「……あ、ありがとうございます……」
ミリスは目の前の人物が王子であることを、ふいに思い出し、頭を下げた。
ジュニパーはアニスをちらりと見た。
アニスは総司令官室の扉を開けて、ミリスを見て微笑むと、手で廊下を示した。
※タイトルを変更しました。よろしくお願いします。




