51. バサルク王国編(31) オーニチェ
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
昼前、ミリスは再び謁見の間に呼ばれた。
外は、昨日とは打って変わって、晴れていた。
ときおり入ってくる穏やかな風が、下ろされた金と水晶の簾をわずかに揺らしていた。
簾の向こうにはオーニチェがいた。
ピレイが、朝の話し合いでまとまった内容を読み上げた。
オーニチェは黙って聞き、最後に短く頷いた。
使節団としての交渉は、これでほぼ終わった。
残っているのは、フェンネルの処遇だけだった。
ミリスは頭を下げた。
「どうか、フェンネルを使節団へお返しいただけないでしょうか。また、この暗殺未遂についても、公にはせず、これ以上の責任を問わずにお収め願えませんか」
壇上でピレイが厳しい表情をしていた。
簾の向こうのオーニチェは黙っていた。
ミリスは続けた。
「フェンネルがしたことを軽いとは思っていません。ただ、結果として農薬は一度も使われず、オーニチェ様も、ほかの誰も体調を崩していません。その点を、どうか汲んでいただけないでしょうか」
しばらくして、オーニチェのよく通る声がした。
「……分かった。のんでやろう」
「オーニチェ様?!」
ピレイの驚く声が聞こえた。
「勘違いするな、ミリス。
これは、使節団の団長としてのお前の要望を受け入れたんじゃない」
――どういうことだ?
ミリスは顔を上げた。
オーニチェは静かに続けた。
「ペルラの新しい婚約へのはなむけに、フェンネルを返してやろう」
――フェンネルの命が、はなむけだと?
ミリスは一瞬、言葉を失った。
いや、どんな理由であっても、それでフェンネルが助かるならよいではないか。
ミリスは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
短い沈黙のあと、オーニチェが再び口を開いた。
「ミリス。アルマンディン駐留軍の任期は二年と聞いている」
「はい」
ミリスは再び顔を上げた。
今度は何を言い出すつもりだ?
「二年で帰れ」
簾越しに睨まれた気がした。
「そして、もうペルラをバサルクにもアルマンディンにも連れて来るな」
命令なのに、後半は嘆願するような声に変わっていた。
簾は風に揺れて細かく煌めき、オーニチェの表情は見えなかった。
「はい」
ミリスは答えた。
簾の向こうで、オーニチェは少しの間黙っていた。
「その言葉、信じていいのだな?」
ミリスは力強く言った。
「はい。お約束いたします」
――あなたの分まで、ペルラをムーンストーンで守ろう。
ミリスは頭を下げた。




