49. バサルク王国編(29) ミリス
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
リナールの部屋から戻ると、ミリスは寝る支度をした。
星の蔦を外す。
幾筋もの銀線が、蔦のような優美な曲線を描いて網目状に広がり、ところどころに淡いミントグリーンの小さな宝石がはめ込まれている。
動かすたびに、キラキラと輝いた。
ミリスは机に置くと、ぼんやり眺めた。
王立軍で働き始めてから、ずっと身につけてきた。
駐留軍の前は王都守備隊にいた。
王都守備隊に入隊して初めて受け取った時の、胸の高鳴り。
訓練で剣が当たり、星の蔦に傷が入った時のこと。
新人の頃、失敗するたびに助けてくれた上官の、大きな星の蔦が眩しかった。
ムーンストーン王宮では、シャンデリアを反射して、きらめいていた。
舞踏会でペルラと初めて話した時は、左腕にひんやりと寄り添っていた。
ペルラとの婚約が決まって、うれしくて、ペルラの髪と同じ色のミントグリーンの宝石に交換した時のこと。
イグニスが調整して、感覚がいまだかつてなく鮮明になった時の驚き。
そして、先ほど部屋の前に置かれていた鉢を思い出した。
フェンネルの星の蔦はもう原形を失ってしまった。
フェンネルは、使節団の仕事をぶち壊し、外交関係にヒビを入れ、ペルラを怖がらせ、脅しだったとしても僕に毒を飲ませると言った。
フェンネルを切り捨てるのは簡単だ。
団長である僕が「知らなかった。フェンネルが一人で勝手にやったことだ」と言えばいい。
そして、それは僕にとっては真実だ。
ムーンストーン側にとっても、その方が都合がいいかもしれない。
だが、僕がそう言えば、フェンネルはおそらくバサルクを出られない。
フェンネルは、王太子暗殺未遂犯として確定してしまう。
そんな男の行く末など、どうでもいい――そう思えれば、どんなにラクだろう。
――だが、それがこの王立軍なのか? ムーンストーンのやり方なのか?
ミリスは星の蔦に触れた。
その冷たさが、ミリスに優しく語りかけていた。
中央貴族の自分が団長を任された意味を考えろ、と。
僕は、フェンネルを返してくれ、と交渉に立てるはずの人間だ。
誰も毒を飲んではいない。
オーニチェも無事だった。
フェンネルを問い詰めるのは、フェンネルを回収してからだ。
いや、問い詰めたって、彼は何も喋れないだろう。
それでも問うのが、自分の仕事ではないか?
彼が黙るのが仕事であるように。
◇
ミリスは寝台に入った。
誕生日に、ペルラからもらった刺繍入りのハンカチを眺める。
かつて、ペルラとの婚約話がまとまりかけたことがある。
しかし、その時のミリスは、自分の希望でアルマンディン行きを志願した。
ペルラを諦めたかったわけではない。
むしろ、諦めたくなかった。
それでも、自分の仕事の将来を考えて決めた。
そのため、その時は婚約には至らなかった。
ところが後になって、ミリスのアルマンディン赴任がムーンストーン王家の事情に都合よく作用した。
そしてムーンストーン王家が間に入り、二人の婚約を仲介することになった。
一度は二人を離したアルマンディン行きが、結局は、二人を婚約へ結びつけた。
不思議な巡り合わせだった。
◇
ミリスの頭に、今日何度も見た光景が浮かんだ。
垂れ下がった吊り橋、落とされた回廊。
大きく壊れた王宮。
――なかったことにできるだろうか? 僕に?
やるしかない。
フェンネルを生きて連れて帰る。
使節団の仕事を終わらせる。
――そして、ペルラと第三港湾の家に帰る。
ミリスは灯りを消して、目を閉じた。




