46. バサルク王国編(26) ペルラの部屋
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラが呼んでいると言われたミリスは、侍女に案内されるまま、大回廊を上へ向かった。
謁見の間へ続く分岐を通り過ぎても、侍女はさらに上へ進んだ。
ずいぶん高いところまで来た。
見上げても、もう上には一、二層しかない。
最上層は王族専用の区画だったはずだ。
――ペルラはずいぶんいい部屋にいるんだな。
その階の回廊へ入るところで、守備兵に止められた。
「剣と星の蔦をお預けください」
ミリスは言われた通りに剣と星の蔦を外した。
――バサルクでは、星の蔦は剣と同じ扱いなのか。
ミリスは、先ほど自分の部屋の前に置かれていた鉢を思い出した。
ピンクと緑が混じり合った、フェンネルの星の蔦だったと思しき物体。
星の蔦など壊せる。ムーンストーンの武器は恐るるに足らず――そういう意味だったのだろうか。
そこから少し歩くと、侍女が一つの扉の前で止まった。
扉の前に、守備兵が二人立っている。
――まるで王族の護衛配置だな……。
扉が開き、ミリスは中に入った。
「ミリス様!」
ペルラが駆けてきて、そのままミリスに飛びついた。
「ペルラ!」
ミリスは抱きしめた。
「よかった! ミリス様が無事で」
「うん。無事だよ」
――少なくとも、体は無事だ。
ミリスは微笑んだ。
ペルラが体を離した時、その両手に巻かれた白い包帯にミリスは気づいた。
「ペルラ、その手は? 傷はひどいの?」
「いえ。転んだ時に擦りむいただけです」
ペルラは体の前で両手を横に振った。
「本当に?」
擦り傷にしては、ずいぶんしっかり包帯が巻かれている。
「大丈夫です」
ペルラは困ったように笑った。
「怖い思いをしたんだって? 僕が代わりたかったよ」
「怖かったですけど、もう大丈夫です。
でも、オーニチェ様の前では、いっぱい泣いてしまいました」
「……そうなんだ」
昼間の謁見で見た、オーニチェの怒りを思い出した。
あの怒りには、それも上乗せされていたのかもしれない。
「ちょっと恥ずかしいです」
「いや、仕方ないよ。恥ずかしくなんかない。そばにいられなくて、申し訳なかった」
「ミリス様は悪くないです!
それに、オーニチェ様がずっと一緒にいてくださいました」
今日、大泣きしたペルラのそばにいたのも、ペルラを脅したフェンネルを捕らえたのも、今こうして警備をつけて守っているのも、オーニチェだった。
――認めたくないけど、今日ペルラを守っているのはオーニチェ様だな。
「そうか……オーニチェ様には感謝だな」
「はい、オーニチェ様は本当に優しいですね」
「そうだな……」
ミリスは謁見の間でのオーニチェの目を一瞬思い出し、頭を振った。
二人は食卓に座った。
「そうだ、ミリス様。夕食は食べましたか?」
「食べたよ」
「よかった! フェンネル様と話すのが忙しくて、食べる暇がないんじゃないかと心配してたんです」
「フェンネルと話す……?」
ミリスは思わず聞き返した。
「あっ、いやいや。心配してくれたんだね。ありがとう」
フェンネルはオーニチェの指示で寝かされていて、話せるような状態ではない。
それなのにペルラの認識が訂正されていないということは、オーニチェはペルラにフェンネルの処遇を伝えていないのだろう。
確かにペルラにありのままを伝えたら、今度はフェンネルの心配まで始めそうだ。
「じゃあ、食後に、このお菓子はいかがですか? とってもおいしかったんです」
ペルラは嬉しそうに、皿をミリスの方へ寄せた。
「ありがとう」
ミリスは焼き菓子を一つ手に取った。
「オーニチェ様も甘い物が好きみたいです。でも、食べるばかりで作らないそうです」
「そうなんだ」
王太子なのだから、まあ、そうだろう。
「ミリス様と一緒ですね」
「ん? そ、そうだね……」
ミリスは菓子を口へ運びかけて、ふと手を止めた。
「……もしかして、『一緒ですね』って、オーニチェ様にも話した?」
「はい」
ペルラはにっこり笑った。
――やっぱり。僕と一緒にしてすみません、オーニチェ様……。
ミリスは心の中でオーニチェに謝った。
「ミリス様にこのお菓子を届けようと思ったんですが、オーニチェ様が、ここでミリス様と会ったらいいって、呼んでくださったんです」
「オーニチェ様が?」
「はい。私がミリス様のところへ行こうとしたら、こちらの方が安全だから来てもらえばいいって」
ペルラは少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「よく考えたら、ミリス様も、この近くの部屋に移れないんでしょうか? この部屋って、特に警備をしっかりしてくださっているらしいんです」
「僕が……?」
ミリスは言葉に詰まった。
「はい」
ペルラはキラキラした目でミリスを見上げていた。
「いやあ、難しいんじゃないかな。いろいろ荷物もあるしな」
ミリスは言葉を濁した。
そもそも、この警備は、ペルラに使節団の人間を近づけないためのものだ。
ペルラの部屋のそばに自分が移るなど本末転倒である。
オーニチェが絶対に許可しない。
ここまで考えて、不意に、ミリスの頭をある可能性がよぎった。
「……その部屋の話は、まさか、オーニチェ様には?」
「その時は思いつかなくて、お話ししてないんです。すみません」
ペルラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いい、いい。大丈夫だよ。今のままで最高。話さなくて大丈夫だからね」
ミリスはペルラの手を握った。
「そうですか?」
「ああ。話さなくて大丈夫」
ペルラは少し不思議そうにしながらも、笑って頷いた。
ミリスはお茶を飲んだ。
そのとき、この茶碗をどこかで見たことがある気がした。
使節団の部屋に備え付けられている茶碗と違って、バサルク王家の紋章が描かれている。
飲み口も薄く滑らかな、上等の茶碗だ。
ミリスは思い出した。
第三港湾の家に住み始めた時、荷解き中にナズナが見つけ、ミリスが食器棚の奥にしまった茶碗と同じだった。
あれは、オーニチェの特注品というわけではなかったのだ。
王族やその婚約者にしてみれば普段使いの品なのだろう。
――だとすると、逆にあれにどんな意味が……?
「ミリス様! 見てください。この部屋、滝が見えるんですよ!」
ペルラの声で、ミリスは顔を上げた。
ペルラは立ち上がると窓際に行き、簾を上げた。
ミリスも窓のところに行った。
大きな水音が響いていた。
「滝だね……」
そう答えてはみたものの、外はもう暗く、天気の悪さもあいまって森と空の境目すらはっきりしなかった。
ペルラも外を見て、少し困った顔になった。
「あの、暗くて今はよく見えないですけど、あるんです! 昼間はちゃんと見えたんです……」
「そうなんだね」
ミリスは微笑んだ。
「心では見えるから大丈夫だよ」
ペルラはミリスを振り返って笑った。
「そうですか? 心の目で見えますか?」
「うん」
ミリスは笑いながら頷いた。
二人は肩を寄せて、暗闇しか見えない窓の前にしばらく立っていた。




