44. バサルク王国編(24) 鉢
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
リナールとの話を終えると、ミリスは部屋を出た。
隣にある自分の部屋へ戻ろうとして、足を止めた。
扉の前に、大きな陶器の鉢が置かれていた。
「……何だ、これ?」
リナールの部屋へ入る前には、こんなものはなかった。
ミリスは鉢に近づいた。
中には、ピンクと緑が複雑に混じり合った、得体の知れない物体が入っていた。
柔らかそうな塊の表面には、小さな青い宝石がいくつか浮かんでいる。
ミリスはしばらく眺めたが、何なのか全くわからなかった。
回廊の角には、いつものようにバサルクの守備兵が立っていた。
使節団居住区の部屋の出入りが全て見える位置だ。
ミリスは角まで行った。
「すまない。私の部屋の前に鉢が置いてあるのだが、あれは何だろうか?」
「わかりません」
「誰がここに持ってきた?」
「見ていません」
これ以上、答えるつもりはないようだった。
埒が開かないので、ミリスはリナールの部屋に戻り、リナールを鉢の前に連れてきた。
リナールは中を覗き込んだ。
「何すか? これ」
「わからない。僕が聞きたい」
「ミリス様の夕飯じゃないっすか?」
ミリスは黙ってリナールを見た。
「出前取りませんでした?」
「……お前な」
リナールは鉢の前にしゃがみ込んだ。
「何かちょっと臭いし……腐ってる?」
やがて立ち上がると、ミリスの耳元に顔を寄せた。
「腐った飯でも食ってろ、ってことですかね〜? 王太子、怖いっすね!」
ミリスは目を見開いた。
「……そうだ。それだよ!」
「え?」
ミリスは声を潜めた。
「これをここへ置けるのは、バサルクの人間しかいないよな」
守備兵は明らかに知らないふりをしている。
見ていないと言っているが、あの位置にいる兵に気づかれず、こんな大きな鉢を運べるわけがない。
ミリスは鉢の前にしゃがんだ。
「何か意味があるはずだ」
リナールも、もう一度しゃがんだ。
「意味っすか? 夕飯以外に?」
「……お前は夕飯から離れろ」
「腹減ったんすよ」
ミリスは返事をせず、鉢の中を覗き込んだ。
ピンクと緑が入り混じった物体の表面で、宝石の青色が少し濁って見えていた。
もう少しきれいな青色を、どこかで見たような気がする。
「……フェンネルの星の蔦の宝石は何色だった?」
「他人の色なんて見てませんよぉ」
青い宝石が灯火を反射して、キラリと光った。
「フェンネルの髪と目の色は青だよな……」
「そうですけど。いや、でも、これが星の蔦……?」
二人は黙って、鉢の中を見下ろした。




