43. バサルク王国編(23) 使節団
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
謁見の間を出たあと、ミリスは使節団の居住区へ戻り、リナールの部屋を訪ねた。
ミリスは、先ほど謁見の間で見聞きしたことをリナールに話した。
リナールは、使節団の居住区の封鎖から異常を察していたのか、大きな驚きは見せなかったが、徐々に顔色が悪くなるのがわかった。
「予想以上の事態っすね……」
リナールが少し苦しそうに呟いた。
ミリスが尋ねた。
「フェンネルは、リナールたちと一緒じゃなかったのか?」
「王宮の部屋を手分けして種を探してたんです。途中から一人ずつ別の部屋を見てました」
「そうか」
それなら、フェンネルが途中でいなくなっても気づかなかっただろう。
ミリスは少し考えてから、リナールを見た。
「フェンネルが王太子のオーニチェ様の食事に毒を入れようとしていたという話を、どう思う?」
「どうっていうのは……」
「本当だと思うか? ということと……」
ミリスは言葉を切った。
「……リナール、お前もか? ということだ」
リナールは壁にもたれかかると、体を折り曲げて、大笑いした。
「はははは!」
ミリスは黙ってリナールを見た。
なぜ笑うのか理解できなかった。
「俺も失敗だな」
リナールは壁にもたれたまま、目を伏せて、誰にともなく、呟いた。
「失敗……?」
ミリスは聞き返した。
しばらく間があった。
リナールがミリスを見た。
「俺には、今日、本当は何があったのかまではわからないです。でも、オーニチェ様がフェンネルを見せてきたなら、そうなんだろうなあと思いますよ」
「そう思うか?」
「だって、こんなことになって、バサルクも困ってると思いますよ。わざわざ嘘をでっちあげる意味がないんじゃないっすか」
「そうだな」
ミリスは小さく頷いた。
リナールは壁から身を離した。
「あと、何でしたっけ? 俺も農薬を持ってるかってことですか?」
「持っているというか……」
「……じゃなくて、王太子暗殺の命令を受けているか、ってことですか?」
「そうだ」
ミリスは頷いた。
「俺は、暗殺の命令は受けてないです」
「暗殺の命令は……?」
激しい雨が、蔓を編んだ壁にじわりと染み込んできていた。
「俺が受けた命令は、フェンネルが暗殺に失敗した時に報告しろ、です」
ミリスはしばらく黙った。
「それで……報告したのか?」
「してないっす」
リナールはあっさり言った。
「してない?」
自分はまだ救荒種を見つけられず、フェンネルは任務に失敗し、リナールは命令された報告をしていないというのか。
「だって、報告したら嫌なことになりそうじゃないですか?」
リナールはにっこり笑った。
「嫌なこと……」
ミリスはぼんやり繰り返した。
「ミリス様もわかるでしょ?」
リナールは少し声を落とした。
「失敗した奴がどうなるかなんて」
リナールの言いたいことは想像できた。
フェンネルがムーンストーンによって処分されるということだろう。
しかし、ミリスには実感が湧かなかった。
ミリスの父はムーンストーン本国の地方方面軍、妹のルビーは近衛におり、またヘーゼル侯爵家の親族にもムーンストーン王立軍に勤めている者が多かったが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。
「そんなことが……? 見たことがあるのか?」
リナールはきっぱり言った。
「見たことはないです」
「そうか……」
リナールはミリスを見た。
「失敗の報告は、フェンネルをさらに支援するためだということですか?
俺は報告した方がいいんでしょうか?」
「いや、待て。わからない……」
リナールは頭を掻きむしった。
「ああ、わからない!
わからないっす!
でも駐留軍のことだから当然そうかな、って思ったんです。
俺がアルマンディンに長く居過ぎたんでしょうか?」
自分を除けば、ヘーゼル侯爵家の家門に、アルマンディン駐留軍の者がいないことを、その時ミリスは思い出した。
駐留軍は、王立軍の中で最も多い人員を抱える組織であるのに。
「王立軍の規則では、そんなことはありえないはずだが……」
ミリスは言葉を濁した。
任務に失敗する度に軍に処分されていたら、軍は成り立たないのではないか?
とは言え、リナールの方が駐留軍の現場にいた経験ははるかに長かった。
リナールの勘を完全に否定するのも難しい。
しばらくして、リナールが尋ねた。
「フェンネルは今、生きてるんすよね?」
「ああ。オーニチェ様はそう言っていた」
リナールは少し笑った。
「運がいい奴っすね」
そう言うと、目を閉じた。
「でも、あいつ、この先アルマンディンに帰って、生きていけるのかな?」
リナールは目を開けて、ミリスをじっと見た。
「ミリス様の言うように……生きていけるのかな?」
ミリスも確信は持てなかった。
自分の考えが正解か確かめるために、フェンネルの命を賭けられない。
ミリスが何も言えずにいると、リナールはうつむいた。
少しして、リナールは顔を上げた。
頭の後ろで手を組んで、天井を見上げた。
「全部なかったことにできれば、もしかしたら許してもらえるかもしれないっすね」
「全部、なかったことに……?」
ミリスは面食らった。
突拍子もない考えに思えた。
頭を抱えるミリスをよそに、リナールが言った。
「でも、これじゃあバサルクは全然こりてないでしょうねえ」
「こりる、というのは?」
「フェンネルの仕事は、救荒種と金の記録を出させるための見せしめだったんです」
ミリスはリナールを見た。
「そういうことなのか?」
「はい。バサルクだけじゃなくて、アルマンディン貴族への見せしめでもあります。救荒種とか、金の記録とか、まだ隠してる奴らに」
ミリスはうつむいた。
「そうか……僕は使節団長なのに、何もわかっていなかったのだな」
「気にすることないっす」
リナールはあっさり言った。
「フェンネルも俺も、ミリス様に言わなかったんです」
「それは、同じことだろう?」
「いや、違います」
リナールは首を横に振った。
「ミリス様には知られるなと命令されていたんです」
リナールは顔を上げて、優しく微笑んだ。
「ミリス様と……俺たちは違うんです」
「違う、とは?」
本当に答を求めているのか、自分でもわからなかった。
考えるより先に、乾いた口が動いていた。
「やる仕事が違うんす」
リナールは淡々と言った。
「もし、暗殺に成功していたら……」
ミリスはゆっくり尋ねた。
「その時も、私には秘密だったのか?」
リナールは肩をすくめた。
「さあ。それを決めるのは、俺とフェンネルじゃないっす」
外はどんどん暗くなってきており、リナールの表情はほとんど見えなくなっていた。
ミリスは窓辺に歩いて行った。
雨は相変わらず強く降っていた。
やがて、小さく呟いた。
「……私たちは、ここに何をしに来たのか?」
リナールが部屋の灯火をつけた。
「うーん、何でしょねえ」
リナールも窓辺に来ると、ミリスの隣に立って、外を見た。




