41. バサルク王国編(21) 滝
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラは窓辺の椅子に座っていた。
そこへオーニチェが入ってきた。
「ペルラ、どうだ?」
「あ、オーニチェ様!」
ペルラはにっこり笑った。
その両手には白い包帯が巻かれていた。
オーニチェは、その手をじっと見た。
視線に気づいたペルラは、少し恥ずかしそうに言った。
「包帯まで巻かなくていいと思うんですけど……なんだか大袈裟に見えちゃいますよね?」
「いやいや。大事にし過ぎということはない」
「そうですか?」
「ああ」
オーニチェは隣に座ると、微笑んだ。
それから少し間を置いて、静かに言った。
「不審者が捕まった」
ペルラの表情が強張った。
オーニチェは続けた。
「フェンネルだ」
ペルラは口を少し開けたまま、言葉が出てこないようだった。
オーニチェは優しく尋ねた。
「ペルラが荷物部屋で見たのは、フェンネルだったか?」
ペルラはうつむいて、小さく頷いた。
「はい」
目に涙が浮かんだ。
「ミリスも無事だ」
ペルラが顔を上げた。
「見たのは、コンミフォラ家の農薬だな?」
「はい」
「誰も飲まなかった」
オーニチェは穏やかに言った。
「大丈夫だったぞ」
ペルラの顔が歪んだ。
「よかった……」
涙が頬を伝った。
ペルラはオーニチェの胸元に顔を伏せ、小さく声を上げて泣いた。
オーニチェは何も言わず、その震える体を抱きしめた。
しばらく、雨の音だけが聞こえていた。
「……オーニチェ様」
ペルラは体を離すと、泣きじゃくりながら言った。
「うん?」
「どうしてフェンネル様は、あんなことをしたのでしょう……?」
オーニチェは少し黙った。
「……さあな」
オーニチェはゆっくりと言った。
「ミリスが調べてくれるだろう」
「そうですよね……」
ペルラは涙を浮かべたまま、それでも少し微笑んだ。
オーニチェはその横顔を見た。
片耳に、小さな耳飾りがあった。
赤銅色の宝石がキラリと光った。
やがてペルラが、ぱっと顔を上げた。
「そうだ!」
「どうした?」
「オーニチェ様、私、さっき発見したんです!」
「ほう?」
オーニチェが微笑む。
「見てください!」
ペルラは勢いよく窓の外を指差した。
「この部屋、滝が見えるんです!」
木々の向こうに、茶色く濁った滝が見えていた。
今日の激しい雨を集めた滝は、普段よりはるかに水量を増し、轟々と流れ落ちている。
「前に王宮にいた時の部屋からも、同じ滝が見えてたんです」
ペルラは嬉しそうに言った。
以前にオーニチェと婚約していた頃に滞在していた部屋のことだった。
濁流で喜ぶペルラを見て、オーニチェは少し声を上げて笑った。
「フフフ、よかったな」
ペルラが振り返って、頬を少し膨らませた。
「なんで笑ってるんですか?」
オーニチェは小さく咳払いをした。
「笑ってない。私も滝は好きだ」
ペルラはきらきらした目でオーニチェを見た。
「オーニチェ様も?」
「ああ。私の部屋からも見える。私も毎朝見ている」
「そうなんですね」
二人はしばらく、黙って窓の外を眺めた。
滝より向こうの熱帯雨林は雨にかき消され、よく見えなかった。
葉を叩き、枝を濡らし、幹を伝って大量の水が流れ落ちている。
雨が全てを洗い、押し流していた。
ペルラが呟いた。
「雨、すごいですね」
「ああ」
風の向きや強さに合わせ、窓に打ちつける雨粒のリズムが変わった。
「雨音が太鼓みたいですね」
ペルラは楽しそうに言った。
「そうだな。風と雨の演奏だな」
オーニチェが相槌を打った。
「森が喜んでますね?」
ペルラはオーニチェを見て微笑んだ。
オーニチェもペルラを見た。
「そうだな」
少し笑った。
しばらくして、ペルラが遠慮がちに口を開いた。
「あの……」
「どうした?」
「実は……少し、お腹が空きました」
オーニチェが目を見開いた。
「そうか! そうだよな。何も食べていないのか?」
「はい」
「…………」
オーニチェは黙った。
「夕食は出るはずだが……」
オーニチェは部屋に控えていた侍女に目をやった。
「すぐ食べられるものを、持ってきてくれ」
「はい」
侍女が頭を下げ、部屋を出ていった。
「とりあえずお茶でも飲んで待つか。
この部屋の物は確認が済んでいるから大丈夫だ」
オーニチェが立ち上がった。
ペルラも立ち上がった。
「オーニチェ様がお茶淹れるんですか?」
「だって、ペルラはその手だから無理だろう」
「大丈夫ですよ」
ペルラは包帯の手をひらひらさせた。
「いや、させられないな」
オーニチェは首を横に振った。
「そうですか? では、ありがたくお言葉に甘えて」
ペルラはオーニチェの横に立った。
「でも、オーニチェ様はお茶淹れたことあるんですか?」
オーニチェは茶葉の筒の蓋を開けた。
「あまり……ない」
二人は顔を見合わせて笑った。




